【井本陽久】子供は勝手に「伸びていく」

私立栄光学園中学高校(神奈川県鎌倉市)の井本陽久教諭が主宰する私塾「いもいも教室」。中学生を対象に都内や横浜市内などで開催し、教科学習を超えて生徒一人一人の「考え方」や「感じ方」に焦点を当てた学びを展開する。不登校など困難を抱えた生徒も「頭の中は、いもいものことが99.9%」と話すなど、人気は高い。なぜ、子供たちは「いもいも教室」で輝けるのか、学校現場の課題とともに人気の理由を探る。(全3回)

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ありのままの子供の姿を認める
――「いもいも教室(いもいも)」はどのような子供が通っているのですか。

学校に普通に通っている子もいれば、学校に行っていても面白くないと思っている子や不登校の子もいます。既存の教科の枠を越えて思考する力を育み、自分で考えることの楽しさを感じてもらえるような授業を展開しています。

特徴は、たくさんの大人がいること。立ち上げた頃は私を含め大人は2人だけでしたが、いつの間にかボランティアがどんどん増え、今では十数人規模になっています。見学に来てファンになってくれて、そのまま居つく人もいます。

いもいもの大人たちは、子供のありのままの姿を認め、その子の全てを面白がり、受け入れます。子供が自分自身で考えたこと、自分のやり方でやることをとにかく喜ぶ。そんな空気に浸った子供たちは、こんなにも変わるのだなと、日々驚きの連続です。

――学校になじめなかった子供の居場所にもなっているのですね。
いもいも教室では、子供が自分の思考に基づき試行錯誤できる学びを実践する

そうです。学校には「他人に迷惑をかけてはいけない」という、見えないルールが存在します。例えば一斉に同じことをする時間に、他の人と違ったことをしている生徒は迷惑と見なされてしまう。もちろん、「迷惑」と感じる意識は教師間だけでなく、子供の間にも伝染していきます。

また、学校は優劣を基準に評価をする場所なので、どうしても「駄目な子」「駄目じゃない子」という見方になってしまう。

そんな環境からはみ出したり、ずれたりする子は本当に苦しい思いをしています。いもいもに来る子にも、そんな状況に置かれている子は少なくありません。

いもいもでは「奇跡」が起きる
――そんな風に苦しんでいる子供たちがいもいもに来ることで、どのように変わっていくのでしょうか。

例えば、ある日、気持ちのコントロールがうまくできない子に、スタッフ皆が教室の外で付きっきりで対応していたことがあります。無事、保護者に引き渡した後、体験入塾の親子がいたことを思い出して慌てて教室に戻ると、生徒たちがその親子を囲んで、塾や授業内容の説明をしていたんです。

いもいもでは、教室でその子が暗い顔になっていたら、すっと誰かが横に来て、その子に寄りかかりながら居眠りを始めることもあります。

いずれも私たち大人が指示をしたわけでなく、子供たちの自己判断に基づいた行動です。そうやって自分の意思で動ける子たちが、学校に行けなかったり、先生から毎日怒られたりと、問題児扱いされているんです。

――学校で見せる顔と、いもいもで見せる顔が違うんですね。

肝心なのは、視点だと思うんです。現状、その子が精神的に落ち着くなど状況が変わっているわけではありません。でも、「ありのままの子供の姿を受け入れる」環境があると、周囲の生徒も前向きな視点で考え、行動できるようになる。子供は自分のありのままを尊重される環境にいることで、相手のありのままを受け入れられるようになるのだと思います。

いもいもでは日々そんな場面を目の当たりにできます。これこそ、子供たちがそれぞれの方向に伸びていっている姿、そのものです。そんな奇跡みたいな体験を、学校の教室でもできればいいんですけどね。

学校の「正しい」を問い直す
――いもいもには、教師も見学に来ているんですよね。反応はどうですか。
現代の子供の生きづらさについて指摘する井本教諭

先日見学にいらした、ある公立小学校の先生は「この子たちが自分のクラスにいたら大変だなと思いました。でも本当にみんな魅力的で、こんな魅力的な子に大変だと感じてしまう学校は変わらなければ駄目だと思いました」と話してくれました。その言葉はとても心に残っています。

いもいものような環境を学校が用意できればいいですが、現実的には難しいですよね。少なくとも、今の学校にある「正しい」や「当たり前」を問い直さなければならないと思います。そうしないと子供をどんどん傷つけるだけです。現状の学校に疲弊して、傷ついている子供は本当にたくさんいます。

特に、ここ最近は子供のあらゆることを「評価」する仕組みになっています。昔は勉強ができるか、できないかくらいでしたが、今は友達がいるとか、部活に入っているとか、委員会はどうとか、自分の全てが評価・数値化され、可視化されている。子供は本当につらいと思いますよ。

AI時代の到来で、個人の持つオリジナリティーや創造力が大切だと言われます。一見、状況が変わりそうに感じますが、私は優劣をつける基準が変わるだけで、学校は今までと違った基準で子供たちに優劣をつけ続けるのだろうなと思います。結局、その子の持っているものや、その子自身なんて全然見ていません。

子供は勝手に伸びていく
――学校はどうしてそのような場所になってしまったのでしょう。

学校に子供を預けると、その能力を伸ばしてくれるという固定概念が社会にはあります。はっきり言いますけど、学校が「伸ばす」ことなんてできません。子供たちが勝手に「伸びていく」だけなのです。そのことに気付けていない人が多すぎます。

「子供は勝手に伸びる」と話す井本教諭

「何かを身に付けさせる場所」という固定概念があるから、指標となる評価が必要になる。そして、評価できるようなものしか見なくなり、正解を出せるか否かだけを見てしまう。果たして人間の能力が、「ABC」や「123」などで評価できるでしょうか。

冷静に考えてみると、この数式を解けるかどうかよりも、どうやって考えるか、取り組むかの方が、その子の人生にとってよほど重要です。

教育の本来の目的は、この子の何かを伸ばそうとか、変えようとかいうものではないんです。教師の視点で言えば、どの子を見てもいとおしいな、魅力的だなと感じ、その子のありのままを受け入れることこそが教育だと思います。一人一人の教師が心からそう思える。それこそが学校本来の姿ではないでしょうか。

(板井海奈)


【プロフィール】

井本陽久(いもと・はるひさ) いもいも教室主宰、栄光学園数学教員。栄光学園中高、東京大学卒業後、数学教員として母校に赴任。「鍵メソッド」と呼ばれる独自の幾何教授法や、思考力を重視するアクティブラーニング型授業に約20年前から取り組み、全国の教員や教育関係者が見学に来る。栄光学園の教員でありながら、児童養護施設での学習支援や海外での教育支援にも継続的に関わり、2016年からは私塾「いもいも」教室を主宰。同氏に密着した書籍「いま、ここで輝く。超進学校を飛び出したカリスマ教師『イモニイ』と奇跡の教室」(おおたとしまさ著、エッセンシャル出版社)が出版されたり、週刊誌「AERA」巻頭特集で紹介されたりなど、幅広く注目を集めている。

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