【井本陽久】不思議な職業「教師」とは

私塾「いもいも教室」で、試行錯誤する学びをプロデュースする井本陽久教諭。「子供がかわいくてしかたがない」と楽しそうに話す井本教諭は、どのような教師観に基づき教壇に立っているのだろうか。30年間の教師人生を振り返りながら、今の時代に求められる教師像を語ってもらった。(全3回)

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どの子もいとおしい
――良い教師とはどのような教師だと思いますか。

どの子を見ても、心からいとおしく思える教師だと思います。そしてその意欲を持って教師を続けていれば、そうなれるものだと思います。

教師は、自らの行動を正当化しやすい立場にあります。「生徒のため」という大義名分があれば、多少理不尽に怒ったとしても、周囲からは「しょうがないよ」という目で見てもらえます。

しかし私自身は、どこかで「どんな怒りも正当化できない」とちゃんと感じていて、どの子を見ても、そのままでいとおしく感じられるようになりたいと思っていました。

――新任の頃から、そんな風に達観視して考えられていたんですか。
よい教師について語る井本教諭

いえいえ、今もまったく達観していません。自分の中の価値観や恐怖心が、子供のありのままの姿を見る目を曇らせると知っているので、そうしたものを手放せるようになりました。子供たちのおかげで自分を束縛するとらわれから解放されて、自由にしてもらっています。

「子供はありのままで完璧だ」と、頭で分かっているだけでは、ふとした瞬間に「これをしておかなければ将来不安だ」「これをしたらこうなってしまう」といった不安が、全てを覆ってしまいます。

それこそが、余計な価値観の正体です。私は30年かけて少しずつそれを取り除きながら、素直に生きられるようになってきました。

ジレンマを抱えて自問自答を
――現代の教師はどのような課題を抱えているでしょうか。

目的を持って生徒を見てしまうとコントロールしようとしたり、支配しようとしたりしているように写ります。一方で、コントロールしようとして、うまくいくことはほとんどありません。このジレンマを抱えながら、教師としてできることは何かを問い続けることが大切だと思います。

冷静になれば、子供たちの能力を伸ばすことができると考えることがとても傲慢(ごうまん)だと分かるはずです。

例えば「この方法で生徒の偏差値をこれだけ上げました」と主張する教師がいるとします。でも、成績それ自体は、冷静に考えれば、不確かなものです。その子の才能やその他いろいろな要素の一部ではあるかもしれませんが、全部ではない。成績を上げたと言っている教師ですらも、なぜその子が伸びたかなんて本当は分かっていません。

だから今一度謙虚になって、自分のできることの範囲を冷静に見つめ直すべきです。

――そう考えると、教師とは不思議な仕事ですよね。
「子供がかわいくてしょうがない」と笑顔を見せる

はい、本当に不思議な職業です。

生徒との出会いは縁だと思います。だから生徒の成績が上がったり、下がったりすることを含め、それを教師自身のせいだと思うこと自体がおこがましいと思います。もっと、生徒それぞれがすでに持っているものを信じるべきです。

教師が唯一できることといえば、「つぶす」ことでしょう。本当は伸びていくはずだった子供たちを否定することで、つぶすことはできます。

教師が、成績などを尺度に「成果を出そう」と考えてしまったら、学校はおかしなことになってしまう。生徒の成長は、教師の影響だけではありません。こんな当たり前で簡単なことを今の学校現場は忘れてしまっているように思います。

若い教師の心を折らないように
――井本先生の目に、若い教師はどのように映っていますか。

数年前、とあるイベントで若い教師や教師志望の方と話す機会がありました。どの若者も子供たちのことを心から思っていて、子供たちのことが大好きなんです。その姿を見たとき、教育改革なんて声高に叫ぶよりも、彼らがこのテンションのまま教師になって、その思いをぶつけ続けてくれれば、改革なんて必要ないんじゃないかと感じました。

でも残念ながら現実は違う。そうした人たちも、現場に長くいると、学校や職員室の空気を読むようになり、子供をコントロールしようとする方へと変えられていくのです。

この問題は本当に根深いと思います。だって、われわれは今の若い世代に、「自分の考え方で行動しては駄目」という教育を施してきたわけです。大人になっていきなり「自己判断が大切」と言って、それに順応しろというのは酷な話です。

一つ提案するのであれば、若い先生方にはコミュニティーを探してほしい。学校の外に、子供を中心に教育を考えたい人たちが集まる場所を探し出して、気持ちが折れないようにしてほしいのです。

――一方で管理職など、ベテランの先生の役割についてはどう考えますか。
子供のありのままの姿を受け入れることの大切さを説く

学校が大切だと信じて疑わない価値観を今一度問い直してもらいたいですね。

子供たちは一人一人違います。そんな簡単なことを知らない人はいないはずなのに、なぜ学校は全ての子供に同じ方法で、同じことをさせようとするのか。一人一人にカスタマイズした教育などと言われていますが、それすらも私には子供をコントロールしようとしているように見える。一人一人違うから、一人一人が持っている特性そのものが価値なのです。上に立って学校を率いている人が、その価値に気付けるかどうかが、学校教育を変える鍵だと思っています。

子供は天使
――井本先生にとって、子供とはどんな存在でしょうか。

人生において、私を自由にさせてくれる存在です。どんな時も、無条件でかわいいんです。

マザー・テレサがかつて、「息絶えそうな一人一人を前にしたとき、その中にイエスさまが見える」と話していました。彼女は献身や犠牲ではなく、目の前の人がただいとおしくて手を差し伸べている。すごく幸せなことじゃないかと感銘を受け、私自身の教師としてのあり方のベースになっています。

緊張している子がいれば萎縮を解いてあげたいし、暗い顔をしている子がいれば笑わせてあげたい。そして感動や発見を通じて、「プルッ」とさせたい。本当にそれだけなんです。

30年たっても、子供たちと一緒にいると本当に楽しい。私にとってはみんな、天使ですね。

(板井海奈)


【プロフィール】

井本陽久(いもと・はるひさ) いもいも教室主宰、栄光学園数学教員。栄光学園中高、東京大学卒業後、数学教員として母校に赴任。「鍵メソッド」と呼ばれる独自の幾何教授法や、思考力を重視するアクティブラーニング型授業に約20年前から取り組み、全国の教員や教育関係者が見学に来る。栄光学園の教員でありながら、児童養護施設での学習支援や海外での教育支援にも継続的に関わり、2016年からは私塾「いもいも」教室を主宰。同氏に密着した書籍「いま、ここで輝く。超進学校を飛び出したカリスマ教師『イモニイ』と奇跡の教室」(おおたとしまさ著、エッセンシャル出版社)が出版されたり、週刊誌「AERA」巻頭特集で紹介されたりなど、幅広く注目を集めている。

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