車いすから描く未来の教育 「仮面女子」猪狩ともかさん

パラリンピック東京大会の応援大使を務める、アイドルグループ「仮面女子」の猪狩(いがり)ともかさん。2018年に起きた不慮の事故以降も、車いすで活動を続けている。20年を迎えた今、パラリンピック東京大会の本番に向けて、子供たちに伝えたいメッセージや、自身が思い描く「多様性を認め合える社会」の在り方などについて聞いた。


障害を言い訳にしない

「脚が動かなくなっても、車いすに乗りながらやりたいことはたくさんあります」――。2018年4月、不慮の事故により車いす生活を余儀なくされた猪狩さんは、事故からわずか1カ月後、ブログを更新し、「車いすのアイドル」として活動を継続すると宣言した。

その年の8月にはステージに復帰。現在は仮面女子の一員としてステージに立ちながら、パラリンピック東京大会の応援大使を務めるなど、アイドルの枠を超えて活躍する。

いよいよ今夏に迫ったパラリンピック東京大会に向け、猪狩さんは「選手の皆さんの活躍ももちろん楽しみですが、パラリンピックを通じて皆さんがバリアフリーについて考え、障害のある人に対する意識が変わるきっかけになればいいなと思います」と期待を込める。

最近は、応援大使としてパラリンピック関連のイベントやテレビ番組に出演し、パラスポーツ選手に会うことも多い猪狩さん。情熱を持ち、ひたむきに競技と向き合う選手たちとの出会いは、自身の刺激になっていると話す。

「皆さん、思っていた以上にストイック。まったく障害を言い訳にしていないんです。先日は、手の力だけで富士山に登った選手が、『障害のせいにして何もできないのはつまらないじゃない』と言っていた姿がとても印象に残りました。私はしょうがないなと思って諦めることも少なくないのですが、『負けないように頑張ろう』と選手の皆さんとお話しをするたびに思えます」

パラスポ体験で価値観育む

猪狩さんが積極的に参加している活動の一つが、子供たちに向けたパラスポーツの体験イベントだ。昨年3月、小中学生を対象に都内で開催されたイベントでは、子供らに交じって車いすバスケットボールや、座った姿勢でプレーするシッティングバレーボールなどを体験した。

イベントにおいて猪狩さんは、参加した生徒たちに向けて、「人は自分がその立場にならないと分からないことが多い。この体験を通して少しでも障害のある方や、パラスポーツへの理解を深めてほしい」と熱いメッセージを送った。

そんな猪狩さんだが、ハンディキャップがある当事者として、子供たちとどんな思いで向き合っているのだろうか。

児童生徒がパラスポーツを体験することは有意義だと話す

「目隠しを体験した生徒さんが、『これから視覚に不自由な人がいたら助けようと思う』と言っている姿を見て、とてもうれしかったですね。その思いが最初の一歩であり、非常に価値のあるものです。子供の頃から、障害のある人を含め、いろんな人がいると知っておくことが、多様性を受け入れるきっかけになると思います。そのためには、子供のうちからさまざまな人と接することが大切ではないでしょうか」

その点で、パラスポーツを体験することは非常に有意義だとし、「実際に体験したり、触れ合ったりしないと分からないことだらけ。私自身も車いすで生活するようになってから、日々新たに発見することばかりです。パラスポーツの体験イベントでは、スポーツの面白さを体感できたり、選手の人と触れ合ったりできる。子供たちが多様性を知るきっかけとしては、絶好の機会だと思います」と語る。

パラスポ体験を必修化してほしい

猪狩さんは子供の頃から12年間、スイミングスクールに通い、学生時代はソフトテニス部に所属するなどして、スポーツを楽しんできた。一方でパラスポーツには通常の競技と違った面白さや難しさがあり、新鮮な気持ちで取り組めるという。

「推し」の競技は「ボッチャ」。ジャックボールと呼ばれる的球に、自分のチームのボールをどれだけ近づけられるかを競うゲームで、投げ方を工夫したり、戦術的に投げる場所を変えたりと、体だけでなく頭も使いながらプレーする点がポイントだ。

パラスポーツの魅力について語る猪狩さん

「ルールは単純ですが、頭脳が求められます。ただボールを近づけるだけではなく、相手のボールをはじいたり、あえて遠くの方に投げて後から近づけてみたり。そういう駆け引きが面白いですね」

猪狩さんはパラスポーツの体験を学校の必修科目に取り入れてほしいと言う。

「パラスポーツを体験した後の子供たちが、当事者の気持ちを理解しよう、想像しようとしていた姿が印象的でした。少しの変化でもいいから、そのきっかけになるはずです」

変に気を使ってほしくない

猪狩さん自身、アイドル活動のみをしていた頃よりも、出会う人の幅が広がったという。

例えば、障害をテーマにしたNHKのバラエティー番組『バリバラ』では、ダウン症や高次脳機能障害など、さまざまなハンディのある当事者たちと共演する。障害も個性も実に多様な人たちとの交流について、戸惑いは全くなかったという。

「気を付けていることといえば、変に気を使わないことくらい。誕生日を尋ねるくらい気軽な感じで、『どこが悪いの?』『いつからけがしているの?』などと質問する方がいいんじゃないかと考えています。『これを聞いたら駄目かな』とビクビクしながら接するよりも距離が縮まるし、壁も感じないようになります」

猪狩さん自身は、車いすで生活するようになってから、周囲とのコミュニケーションで目に見えない壁を感じることはあったのだろうか。

「私自身も障害について質問されるとき、『聞いていいのか分かりませんが』『不快になったら申し訳ないのですが』と前置きされることが多いですね。配慮してくださっているのでしょうが、もっとざっくばらんにコミュニケーションを取りたいなと思うこともあります。個人差はあるとしても、当事者の多くが『もっと気楽に質問してもらっていいのに』と思っているんじゃないでしょうか」

障害ではなく個人と向き合う

猪狩さんは「被害妄想もあるのかもしれない」と前置きした上で、周囲の視線について感じることを次のように話す。

障害に対してもっと気楽に質問してほしいと明かす

「例えば、外に出て誰かと目が合ったときに『あ、車いすの人だ。見ちゃいけない』って感じで、目をそらす人が多い気がします。もちろん、見ず知らずの他人ですから、愛想よくする必要はないのですが、そんなことがあると正直、壁を感じてしまいます」

一方で最近、こんな体験もあった。

「同じようなシチュエーションで海外の方と目が合ったとき、ニコッと笑ってくれたんです。すごくうれしかったですね。文化の違いだとは思いますが、私にとってはそのスマイルが、『外に出てもいいんだよ』と認めてくれたように感じました」

障害を意識し過ぎたり、過剰に配慮し過ぎたりする行為が、見えない壁となってコミュニケーションの邪魔をしてしまう。猪狩さんは、実社会のそんな一面を指摘する。

「障害がある、ないに関係なく、その人と向き合うことが大切。そんな価値観は子供の頃から育まなければ、定着しないのかもしれません」

当事者目線で生活を発信

猪狩さんのブログやSNSでは、アイドル活動についての投稿だけでなく、車いす生活で不自由に感じたことや、便利だったアイテム、サービスなどについての投稿も目立つ。

例えば、雨の日の駐車場。都内近郊のパーキングのほとんどは屋根が設置されておらず、車いすで乗り降りしていると、どうしても雨にぬれてしまうとつづる。

また、車いすで搭乗した飛行機の感想や、旅行で訪れたバリアフリーのホテルの便利さなども細かく記録している。

先日の投稿では、イベントで着用した振り袖を紹介。背面部分はチャック、足元は靴の上からかぶせるだけのシューズカバーになっていて、車いすに座ったまま着付けができる便利な仕組みを解説している。

障害のイメージを変えたい

猪狩さんが仮面女子のオーディションを受けたのは21歳。アイドルとしては少し遅めのスタートだった。それ以前は小学校の栄養士を目指し、専門学校に通っていたという。

「専門学校時代、病院や高齢者施設などいろんなところへ実習に行きました。その中で学校が一番楽しかったんです。子供が大好きで、栄養士の前は保育士になりたいと思っていました。小学校の栄養士なら、勉強してきた栄養学も生かせるし最高の仕事だと思っていました」

しかし、次第に「人を元気付けたい」との思いが湧き上がってきて、憧れだったアイドルを志すようになる。そして、仮面女子のオーディションに合格。アイドルとして、新たな道を歩み始める。

そんな猪狩さんが事故にあったのは、下積み時代を経て正式メンバーとしてステージに立ち始めてから、わずか1年後のことだった。強風で倒れてきた看板の下敷きとなり、脊髄損傷による両下肢まひと診断された。

車いす生活になってから、およそ1年半――。アイドル活動の中で、どのような戸惑いや困難があったのだろうか。

「事故前はライブでの活動が仕事のほとんどを占めていましたが、現在は1割くらいです。リハビリや筋トレに費やす時間が圧倒的に多いですね。今の悩みは体力が全然戻らないこと。いつもより少しでも長く稼働していると、気持ち悪くなって寝込んでしまいます。自分の体ですが、まだよく分からないことだらけです」

そう話す猪狩さんだが、テレビやSNS、今回のインタビュー中も、ネガティブな言葉や弱音はほとんど出てこない。理由を聞くと、「アイドルだからです」と言う。

「アイドルはキラキラした部分を見せる職業だと思うので、マイナスな部分はファンの方に見せたくないんです。私が明るく表に出ている姿を見て、障害がある人へのイメージが変わればいいなとも思っています」

障害を負ったことによる変化について、次のように心のうちを明かす。

「ブログで車いす生活になると打ち明けたとき、こんなに反響があるなんて夢にも思いませんでした。今は、個人のお仕事もたくさんいただいています。もちろん、けがをしたこと自体はよかったなんて言えませんが、けがをしたからこそいただけたチャンスや出合いは大切にしていきたいですね」

車いすのアイドルではなく…

猪狩さんが思い描く「多様性を認め合える社会」とは、どのようなものなのだろうか。

「端的に言えば、障害のある人もない人も関係がない社会でしょうか。テレビドラマでいえば、あえて車いすユーザーや障害のある人にスポットを当てた内容ではなく、普通のラブストーリーやコメディーの中に、当たり前のように車いすユーザーが出てきたり、障害のある人が出てきたりする。それが私の思い描く理想の社会です。そんなドラマがどんどん増えて、見た人たちもそれを当たり前に思う。そうなれば理想の社会を創り出せる気がします」

そんな理想の社会を思い描く猪狩さんに、これからどのような活動をしたいか聞いてみた。

「車いすのアイドルとしてではなく、『アイドル・猪狩ともか』として必要とされるようになりたいですね。今は、障害があるから呼んでいただけるお仕事が多い。もちろんそういったお仕事も大切なのですが、バラエティーやお芝居など、いろんなジャンルに呼んでいただけるタレントになりたいです。猪狩ともかという個人として、活躍できるようになったらいいなと思います」

障害の有無に関係なく、一人一人が個人として受け入れられたり、必要とされたりする社会。それこそが「多様性を認め合える社会」なのだと猪狩さんは言う。
最後に、学校教育に寄せる期待を語ってもらった。

「子供時代からいろんな人と接して、社会にはさまざまな人がいると知っていれば、多様性を認め合える、優しい心を持った人間になれると思います。学校の先生には、子供たちがそのような環境に飛び込めるようサポートしていってほしいです」

(板井海奈)


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