【恩師に贈る言葉】 信じてくれてありがとう 「教師の日」広報大使、増田有華さん

私を信じてくれてありがとう――。10月5日のユネスコの「世界教師の日」にちなみ、子供たちが教師に日頃の感謝の思いを伝える催しが広まっている。昨年、「教師の日」広報大使に就任した元AKB48メンバーでタレントの増田有華さんは、教師への感謝を直接伝えることが大切さだと話す。増田さんにとって、教師はどういう存在だったのか。闘病生活を続ける恩師とのエピソードや学校教育への思いを語ってもらった。


特別なプレゼントより言葉のプレゼント
――「教師の日」広報大使を引き受けたきっかけは何ですか。

私の両親は2人共、体育の教員でした。父は今も、特別支援学校で教えています。叔父や叔母も教師をしていて、叔父は校長です。祖父もかつて教育の仕事に携わっていて、いわゆる教師の家系に育ちました。「教師の日」広報大使を引き受けたきっかけは、私にとって学校の先生が身近な存在だったからというのが大きいですね。

――去年の10月5日に、東京都中野区の宝仙学園中学校・高校で任命式が行われ、そこでは生徒が先生に花束を贈る催しもありました。

任命式ではスピーチをさせていただいて、先生方も生徒たちも私の話にすごく熱心に耳を傾けてくれたのはうれしかったです。

「教師の日」広報大使として活躍する増田さん

実は、広報大使のお話をいただくまで、そもそも「教師の日」があることを私自身知りませんでした。こうしたイベントを通じて、いろんな人に「教師の日」の存在を知ってもらえればと思います。

――もしも増田さんが生徒だったら、「教師の日」にどんなことを企画しますか。

今は、インターネットやSNSでやり取りをすることが増えて、人と直接会って話をする機会が少なくなってきましたよね。何か特別なプレゼントをするというよりも、言葉のプレゼントが一番いいと思います。相手の目を見て、直接言葉で感謝を伝えるのもいいですし、最近はめっきり減りましたけど、手紙を書くという、昔ながらのアナログな方法も心に響くのではないでしょうか。

そう思ったのも、中学校の恩師が今、多系統萎縮症という筋肉がどんどん動かなくなる病気にかかっているからです。とてもお世話になったのに、私は感謝の言葉をちゃんと伝えられていないんです。

「そったん」が夢を応援してくれた
――その先生はどんな教師だったんですか。

曽谷浩史先生という方で、国語の教師で野球部顧問、学年主任。口癖は「いつも全力投球」。まさに熱血教師を絵に描いたような人で、生徒からは「そったん」と親しみを込めて呼ばれていました。

私とは誕生日が偶然同じで、音楽ではMISIAさんが好きという共通点もありました。私にとっては、友達ではないけれど、何でも信頼して話せる身近な大人といった感じでした。

AKB48に入ることを最初に伝えたのもそったんです。そのときは「夢を全力投球で追いかけろ」って応援してくれました。当時はただ活発で、歌を歌っていきたいという夢を持っているだけの女の子だった私を、そったんはまるで自分の子供のように愛してくれました。

私は勉強が苦手だったのですが、そったんのおかげで国語はすごく好きになりました。そったんの授業は全然堅苦しくなくて、いつも面白い話をたくさんしてくれました。生徒を決して否定せず、褒めて伸ばしてくれる先生で、私の作文もよく褒めてくれました。書く楽しさ、話す楽しさを、そったんから教わったように思います。

その後、上京して高校生になったある日、ふと、そったんに会いに行こうと思ったんです。ところが連絡をしても一向に返事がなくて、おかしいなと思っていたら、奥さまから連絡があって、病気のことを教えてもらいました。生徒よりも元気だったそったんが病気だなんて、最初はまったく信じられませんでした。

増田さんは「感謝の言葉はすぐに直接伝えてほしい」と話す

思い切って会いに行くと、もう話もできない状態で、私がひたすら一方的に話し続けました。ほとんど反応がない中で私が「ありがとうね、そったん」と声を掛けると、目がきらきらしたように感じました。

そったんに私の気持ちが伝わったかどうかは分かりません。もっと早く、元気なうちに、たくさん話しておきたかったと後悔しました。そのときほど、感謝の言葉は思ったときにすぐ伝えることが大切なんだと痛感したことはありません。

「私を信じてくれてありがとう」
――増田さんにとって、学校の先生とはどういう存在ですか。

振り返ると、私は本当に先生に恵まれていました。優しく支えてくれる先生もいたし、ちゃんと叱ってくれる先生もいた。親身になってくれる先生も。だから今、お世話になった先生たちに「私を信じてくれてありがとう」と伝えたいです。

学校の先生は、子供たちにとって一番身近な大人じゃないですか。そんな身近な大人に信じてもらえたということが、今の自分自身の生き方につながっていると思うんです。

中学生や高校生のころの私は、いわゆる「問題児」だったと思います。言いたいことを平気ではっきり口にするし、やんちゃもしていました。14歳でAKB48に入り、大阪から上京して両親と離れて生活することになったので、反抗期を学校に持ち込んでしまった感じですね。

特に、当時通っていた高校の担任の先生には、いろいろと迷惑を掛けてしまいました。仕事が忙しくて、学校行事に参加できなかったり、授業についていけなくなったりしたこともありました。そんなときも、担任の先生は叱るべきところはきちんと叱った上で、「大丈夫だよ、君ならできる」と励ましてくれました。そんなふうに信じてもらえたからこそ、最後まで学校に通い続けられて、卒業できたんだと思います。

頑張りすぎず、人に頼る勇気を
――今、学校は働き方改革やいじめへの対応など、さまざまな課題を抱えています。これらの問題について、どう思いますか。

父も今、学校の仕事が大変そうです。とにかく人手不足で、仕事量が多くて手が回らないのだと話していました。父にはいつも「頑張りすぎないでね」と言っているのですが、心配です。

父の話などを聞いて少し気になっているのは、先生同士の交流が少ないということ。忙しいからだとは思いますが、もう少しお互いにコミュニケーションを取れたら、頼ったり手伝ったりして、助け合えるのではないかなと感じることがあります。人を頼ることができたら楽になる面もきっとあると思うので、頑張りすぎず「手伝ってほしい」と言える勇気を持ってほしいなと思います。

去年、神戸市の小学校で教師が教師をいじめていたニュースを見て、本当に驚きました。そんな教師が子供たちに「いじめはダメ」と教えられるわけがありません。そんな教師の下にいれば、いじめはダメなことだと思わない子供も増えていくでしょう。そういう負の連鎖が始まってしまうことだけは、絶対に避けないといけません。

でも、私にとってのそったんのように、多くの先生は、生徒の成長をまるでわが子のことのように喜んでくれる人たちのはずです。子供が成長する大切な瞬間に立ち会えるのは、やっぱり教師という仕事の醍醐味(だいごみ)だと思います。生徒を時には厳しく叱り、時には優しく見守り、寄り添ってくれるような、そんな先生が増えてくれたらいいですね。

学校には柔軟さが欠けている
――増田さんから見て、今の学校に欠けているものは何だと思いますか。

増田さんが感じる今の学校に欠けているものとは

今の学校は柔軟性がないと思います。厳しすぎる校則が問題になっていますが、あまりにもルールで縛りすぎると、子供の個性がなくなってしまいます。パーマや茶髪もその子の個性です。それを子供の頃に否定されたら、一生引きずってしまう。ある程度自由を認めて個性を尊重する柔軟さを持てば、みんな穏やかに過ごせるんじゃないかなと思います。

私は中学生のころ、スカートを短くしていて、生徒指導の先生がスカートの長さを測る私専用の割り箸を持っていたほどでした。「一応、お前のために測るけど、次からちゃんとしろよ」と、厳しくは言われなかったけど、くぎを刺されたことは何度もあります。当時の私は反抗期だったので、学校が厳しい規則を設ければ設けるほど、それを破ろうとしました。子供って、そんなものですよね。

だから、例えば週に1日だけ自由な服装で登校していい日を作れば、他の日は制服をちゃんと着てくるんじゃないでしょうか。学校は社会のルールを学ぶ場でもあるので、ルールで8割縛られるのは仕方がないとしても、残りの2割くらいは自由があってもいいと思うんです。

それから、先生と生徒が一緒に話したり、遊んだりする時間をもっといっぱい作れたらいいのにと思います。私がもし学校の先生になったら、子供に寄り添ってあげて、ゲームが好きな子とは一緒にそのゲームで遊んじゃうような先生になりたいですね。

――読者にメッセージを。

これまでの社会や学校では、作られた道の上を歩いていくようなイメージだったと思うんです。これからはそうじゃなくて、「自分で新しい学校をつくってやるぞ」というくらいの意気込みを持った先生が出てきたらうれしいですね。そんなパンチの効いた先生が増えれば、日本が変わっていくと思います。子供が変わって、大人も変わって、日本全体が明るい方向に変わっていく。だから、先生には頑張ってほしい。・・・と言いつつ、絶対に頑張りすぎないでくださいね。

私も広報大使として、教師の魅力を社会に伝え続けていきたいと思います。とはいえ、学校を卒業してからずいぶんたつので、今の学校がどうなっているのか知らない部分もたくさんあります。だから、これから現職の先生にどんどん会って、教育現場の今を教えてほしいですね。

(藤井孝良)


【プロフィール】

増田有華(ますだ・ゆか) 1991年、大阪府生まれ。2006年にアイドルグループAKB48のオーディションに合格し上京。人気メンバーの一人として活躍し、12年にAKB48を卒業。現在は歌手、女優、タレントとしてさまざまなメディアで活動の幅を広げている。2019年10月から「教師の日」普及委員会の「教師の日」広報大使に就任。教師の魅力を社会に発信している。

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