【入試改革】それでも「書く力」は必要だ 安西祐一郎氏に聞く

来年度に始まる大学入学共通テストで、英語民間試験の活用延期と、国語と数学の記述式問題の導入見送りが決まり、大学入試の在り方を改めて見直す文科省の検討会議がスタートした。一連の大学入試改革を含む高大接続改革を主導した中教審の元会長、安西祐一郎・日本学術振興会顧問(元慶応義塾長)は「養うべきは『書く力』だ。論旨明確に思考して、相手の立場を考慮して、論旨明確に表現する。子供たちが少子化時代に生きていくには、これを身に付け、メタ認知能力を高めなければいけない。書く力の育成によって、それができる」と説明。「この実現を目指したのが高大接続の三位一体改革であり、大学入試改革はその一部だ。この論点が飛んでしまってはいけない。未来に生きていく子供たちに、いま何ができるかを考えてほしい」と話した。安西氏へのインタビューを通じて、迷走する大学入試改革の出発点を確かめ、議論の方向性を考えてみたい。

(編集委員 佐野領)


主体性ある人間を育てるのが原点

今回の大学入試改革を含む高大接続改革は、2014年12月に中教審がまとめた答申『新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について』(高大接続答申)が起点となっている。当時、中教審の会長を務めていた安西氏は、特別部会の部会長も兼ね、答申の取りまとめにあたった。

「教育や学びを考えるとき、私にとっては2冊の著書が原点になる」と、安西氏は話し始めた。1冊目は『問題解決の心理学』(中公新書、1985年)だ。

「本の趣旨は主体性。30代の終わりに出版した。自分が何かをしたいという『希望』や『願望』、特に『目標』が人間を動かす。自らの目標を腹の底から持てるかが、自分の力を発揮する一番の大本にある、ということだ」

2冊目には『教育が日本をひらく グローバル世紀への提言』(慶応義塾大学出版会、2008年)を挙げた。

「人間は誰でも、生まれながらにして、さまざま能力を持っている。経済的地域的な環境や、障害の有無に関係なく、人として生まれた赤ちゃんは多彩な能力を持つ。その能力を発見し、磨いていくことが『学び』であり、それを助けるのが教育だ。そうやって人間は自分の人生を創り、人や社会に尽くしていく。同時に、人間は食べていかなければいけない。いろいろな人に助けられながら、自分も人を助けながら、自分で生きていく。これが2冊目のテーゼになっている」

この2つの考え方を合わせると、福沢諭吉(1835~1901)が『瘠我慢の説』(やせがまんのせつ)の冒頭に記した「立国は私なり、公にあらざるなり」という考え方に通底すると、安西氏は説明する。

「国が『やれ』と言うからやるわけじゃない。ある程度の年齢になれば、親が『こうしろ』というからやるわけじゃない。親の言うことは参考になるけれども、結局のところ、自分がどうするかだ。突き放しているように聞こえるかもしれないし、『そんなこと言っても、やっていけない子もいっぱいいるんだよ』と言う人もいるだろう。でも、やっぱり自分で生きて、みんなで助け合って社会を作っていかなければならない。そこに教育の原点がある」

飛んでしまった高大接続改革論議

高大接続改革とそれに伴う大学入試改革も、そうした教育の原点の延長線上にある、と安西氏は話す。昨年からの混乱をどうみるのか。

「中教審の高大接続改革の答申は、みんなで決めたことだけれども、一行ずつ読んでみると、私が言った感覚はそこに入っている。経済格差、地域の違い、障害の有無に関わらず、教育を享受できなければならない、ともはっきり書いてある。そうした高大接続改革の全体的な議論が飛んでしまって、“大学入試騒ぎ”になってしまっているのは、本当にどうかなと思う」

インタビューの数日前に、高大接続答申を読み直したという。

「答申には大学入試という言葉はほとんど出てこない。入学者選抜と書いてある。改めて『ああ、そうだな』と思った。入学者選抜の意味は『大学側が責任を持って入学者を決めてください』という意味だ。大学入学共通テストだけではなくて、『二次試験をしっかり考えてくださいね』ということが当然入っている。ところが、一次試験だけが批判の対象になっている。そこも大変おかしい」

続いて、高校教育と大学入試の問題を挙げた。

「世界の中での日本という時代背景が強まり、デジタル化など技術革新によって変化の速度が速くなる中、子供たちは自分の能力を磨いて、新しい時代に対応し、みんなと一緒に社会に貢献していかなければならない。そのために必要な学びが本当に高校でできているのか、という疑問がある。答申は、高校教育と入学者選抜は関係している、との論調をとった。高校教育は、今のままで良いのか。それとも、良くないのか。または、高校教育には関係なく、大学入試だけを考えればいいのか。今回の経過で、こうした高校教育の議論が出てこないのは気掛かりだ」

『書く力』が主体性を養う

現在の高校教育に対する疑問は、高大接続答申の全体を貫く問題意識と言ってもいいだろう。子供たちが新しい時代に対応していくために、どのような資質・能力の育成が必要なのか。安西氏は『書く力』の大切さを強調する。

「私は高校の英語教育で『書く力』を養うべきだと思っている。これは日本語も同じ。言葉の教育は『話す』よりは、やっぱり『書く』が大事だ。その『書く力』は、そんなに長い文章じゃなくていい。はっきり論旨明確に思考して、自分の考えを文字にする。ただし、その文字は相手の立場に配慮した表現でなければならない。それで論旨明確に表現していく。これができるかどうかが問題だ。これは日本語でも英語でも変わらない」

日本人にとって英語は外国語だから、論旨明確に表現すると言っても、日本語と英語でレベルが違うのは当然だという。

インタビューに応じる安西祐一郎氏

「『読む』と『書く』の違いは、主体性を持てるかどうかの違い。どういう単語、どういうフレーズを使えば相手にしっかり自分の考えが伝わるか。『書く』ときは、自分で考えなければいけない。『読む』場合は、出ているものを受け取る」

「もちろん、『読む力』がいらないと言っているわけではない。『読む力』は大事だが、同時に『書く力』を養うことが、自分で主体性をもって表現していく力を付けることになる。これを日本語でも英語でもやることが大事だ」

高校で『書く力』を養うためには、前段となる中学の英語では文法が大切になる。ただ、文法はつまらなくて生徒が嫌になるので、授業方法に工夫をする。今年4月から外国語が教科となる小学校高学年では、英語が嫌いにならないように、人とのコミュニケーションやゲームなどを通じて英語を学ぶ楽しさを知ってほしいという。

「小学校は楽しく、中学校は文法を学ぶ。高校は少しでもいいから書く力を身に付ける。大学では英語でいろいろな経験を積む。世界の中での日本というバックグラウンドに立って、英語をできるだけ使いながら自分の専門を勉強していく。そういう姿勢を身に付ける。ここで大学入試の英語がハードルになる。答申がこの問題を考えるきっかけを作ったのは良かったと思っている」

メタ認知は「情報を鵜呑みにしない力」

予測できない未来を生きていくために、子供たちは主体性を持つことが大切で、そのために『書く力』を養うことが必要だと、安西氏は繰り返し指摘する。情報科学・認知科学の第一人者でもある安西氏によると、論旨明確に思考し、相手への配慮をしながら、自分の考えを論旨明確に表現する能力は、メタ認知能力とも密接に関わっている。

「メタ認知は大変大事な課題。この能力をどうやって身に付ければいいか。端的に言えば、情報を鵜呑み(うのみ)にしないことだ」

学校や職場で同調圧力が強い日本で「情報を鵜呑みにしない」のは、結構しんどい。

「情報を鵜呑みにする方が楽。友達の輪にも参加できる。むしろ情報を鵜呑みにしないと、あいつは変な奴だ、逆らってばかりいる、となる。そこを乗り越えないといけない」

では、情報を鵜呑みにしない力をどうやって身に付けるか。

「メタ認知能力の身に付け方には、実は決定打はない。人間には思考のバイアス(Thinking Biases)がかかるからだ。小中学校では、みんなで議論しながら学ぶ協調学習がずいぶん入ってきている。これはメタ認知を養う方法のひとつだ。自分の意見に対して、仲間が何を言ってくれるか。自分じゃ気付かないことを言ってくれる。そこが大事になる。でも、この協調学習が高校にはなかなか入らない。『そんな勉強をやっても、入試に役立たない』と言われるから。ここでも大学入試の問題になる」

安西氏によると、メタ認知能力は、高大接続改革が取り組んできた課題や生徒の学習到達度調査(PISA)2018で問題となった読解力の低下とも密接に関わっている。

「PISAの読解力は、単に読むだけではなく、自由記述まで含まれる。情報を鵜呑みにしないことは一番大事。その上で、論旨明確に思考したものを記述しなければならない。これはどうやってやるのか。世の中にあふれている情報を鵜呑みにしないで、どういう情報を信頼すればいいのか。ちゃんと自分でつかまなければいけない。つまり、メタ認知能力が問われている。それを高校で教えてもらいたい」

どういう情報を信頼すればいいのか。それを見分けるメタ認知能力の育成が必要とされる背景には、少子化がある。現在の18歳人口は118万人。昨年の新生児は90万人を割り込んでおり、18年後の18歳人口は90万人未満になる。

「何が起きるかというと、第一に、一人一人がはつらつと働くことが大切になる。第二には、どうしても外国の人が日本に入ってくるから、その人たちと一緒に仕事したり生活をしたりする時代になる」

記述式問題を受験者55万人に課す意味

少子化と教育の問題を考えていくとき、結局、大学入試に突き当たると、安西氏は続ける。

「固い岩盤のように出てくるのは、大学入試の問題だ。私は学歴格差問題はあると思う。高学歴の親の子供は高学歴になりやすい。それは社会の二極化を招き、社会の不安定性も増す。子供が減っていく中で、誰もが生き生きと自分の人生を歩んでいくことが、その人にとっても、地域あるいは日本にとっても大事。そのためには、自分の能力を自分で磨き、自分で食べられるようになって、社会にも貢献していく。そういう力を子供たちが見つけていける教育の場を用意しなければいけない」

「でも、現実を見てみると、やっぱり高校3年生は受験勉強をやっている。教育の現状が時代に合わなくなってきている。じゃあ、どうすればいいのか。それで考え抜いた末に、高大接続答申が出た。それがダメで代案があるというなら、教えてほしい」

大学入試に『書く力』を問う記述式問題の導入を提唱したのも、高大接続答申だ。

「なぜ、55万人が受験する大学入試センターの一次試験に、記述式を検討することになったか。それは55万人全員に記述する力を、ある一定のレベルで身に付けてほしいから。これを骨抜きにすると、本当にバラバラになってしまう」

「それぞれの大学が二次試験で記述式問題をやればいいとの意見がある。けれども、全ての大学にその能力があるわけではない。それなのに、大学側が二次試験でやることになったら、記述式の定義がバラバラだから、完全に抜け道になってしまう。それぞれの大学が勝手に『これは記述式問題です』と言えばいいだけになる」

昨年12月に来年度の共通テストでの記述式問題の実施見送りが決まった。▽採点ミスの可能性をゼロにできない▽自己採点の不一致を大幅に改善することは難しい――などが理由だ。

「採点しやすいように条件を付けた記述式問題であっても、『書く』を入れるだけで、高校教育は変わる。記述式問題の導入をいったん決めたことで、すでに多くの高校ではいろいろな勉強を始めた。ちょっと問題を変えるだけで勉強内容が変わってくることは、はっきり示されていると思う」

「未来に生きる生徒たちを思ってほしい」

今年末には、文科省の「大学入試のあり方に関する検討会議」で大学入試改革の新たな方向性が打ち出される見通しだ。大学入試改革の混乱が容易に収まらない状況で、現場の教師たちはどのような心構えを持てばいいのか。

「現場の先生方には、元気を出してもらいたい。生徒たちの未来を思う。そこから始まるのではないか。主体性が問題なのだから、大学も、高校も、校長先生も、自分で考えてちゃんとやれば、それでいい。これから世界の中の日本、そこで生きていく子供たちがどういう力を身に付けていけばいいのか、ちゃんと考えてみれば明らかなはず。自分たちの都合よりも、未来に生きていく生徒たちに何ができるか考えてほしい。それが『できない』『やらない』というところに本当の課題があるはずだ」

最後に、大学入試改革の先行きを聞くと、安西氏はこう答えて、笑顔をみせた。

「ある人が『スイッチバック』と言っていた。『スイッチバックだけど、必ず山に登るんだ。登れる』と」


関連

あなたへのお薦め

 
特集