【葉一氏】授業動画は邪道なのか

教育系YouTuberとして、8年前から小中高生に向けて授業動画を配信している葉一(はいち)氏。チャンネル登録者数は78万人(1月31日現在)を超え、SNSを中心に「学校の授業より分かりやすい」など賛辞の声が上がっている。授業動画を投稿し始めたきっかけとは何なのか、授業づくりはどのような視点で進めているのか。思い描く理想の教育とともに話を聞いた。(全3回)

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きっかけは学習塾の月謝事情
――なぜYouTubeで授業動画を配信するようになったのでしょうか。

子供たちが「誰でも」「どこでも」「好きな時間に」学習できる、新しい教育のスタイルをつくりたかったからです。

授業動画を配信し始める前は、塾講師をしていました。そこで初めて学習塾の月謝事情を知り、こんなに高額なのかと驚きました。私自身は子供時代、学習塾に通ったことがなかったのです。

塾講師の経験がきっかけでYouTuberになった葉一さん

家庭の所得格差のせいで、塾に通える子と通えない子がいることに、どこかモヤモヤ感を抱えながら勤務していました。その思いが、自分のやりたい教育について深く考えるきっかけとなりました。

そんなある日、何気なくYouTubeを見ていて、「ここで授業動画を配信すれば、誰でも無料で見られるんじゃないか」と思い、投稿を始めました。それが8年前です。

――その頃、授業を動画で配信する人は、ほとんどいなかったのではないでしょうか。

そうですね。配信を始めた当時は、YouTubeも今ほど多くの人に使われていませんでしたし、もちろんYouTuberなんて言葉も浸透していませんでした。ですからそこで授業をするなんて人は、ほとんどいませんでした。

今でこそチャンネル登録者数は76万人、動画本数は3100本ほどになりますが、ここまでくるにはそれなりの苦労がありましたね。

板書が問題プリントに
――どんな授業動画を配信しているのですか。

小中学生を対象に、国語、算数・数学、理科、社会など、教科書の内容に沿った授業動画をメインに配信しています。その他には、高校受験対策や高校数学の授業動画も配信しています。

授業動画のオーソドックスなスタイルは、ホワイトボードを問題プリントに見立ててポイントとなる部分を空欄にして板書し、解説をしながら穴埋めをしていく形です。

板書の内容はホームページ上からダウンロードでき、印刷して問題プリントとして活用できます。子供はそのプリントを手元に置いて動画を見ながら問題を解いたり、自分で問題を解いた後に動画を見て間違えた部分だけを復習したり、それぞれのニーズに沿って活用しています。

――なぜ、そのようなスタイルをとっているのですか。

学校の授業だけでは理解しきれない子、勉強が苦手な子でも分かるようにするためです。

塾講師時代の経験を踏まえると、そういった子は教師の説明を一度聞くだけでは、「理解できた気」になってしまいがちです。そのため、動画自体を問題集にして、何度も繰り返し学べる形式にすれば効果的なのではないかと考えました。

子供は手を動かす時間がなければ、なかなか自分の学びに落とし込めません。カメラの向こうの子供たちを授業にどう巻き込めるか、子供たちにどう寄り添えるのかという点にこだわりました。

受け手側を考えた動画つくり
――その他に工夫されている点はありますか。

授業動画では余計なことをしゃべらないようにし、画面に映すものも私の手元のみで極力姿が入らないようにしています。子供たちの集中を遮る原因になりかねないですし、動画を一時停止して板書を見たいときに、私の姿が邪魔してしまうかもしれないからです。授業内容と関係のない要素は極力取り除いて、子供たちが学びやすい動画にしたいと考えています。

授業スタイルには並々ならぬこだわりを持つ

授業動画の主役はあくまで子供たちで、彼らが必要としているのはホワイトボードの内容です。ですから「YouTuber葉一」個人として有名になりたい、目立ちたいという気持ちは一切ありません。私のつくる授業動画がいかに子供たちの学びを手助けできるか、日本の教育にどのような波及効果を与えられるかを意識していきたいのです。

――子供たちはどのような使い方をしているのでしょうか。

当初はどちらかと言えば勉強が苦手な子をイメージしていたのですが、今では進学校を目指している子も視聴するなど、裾野が広がっています。

その他には不登校や院内学級など、通常の教室で学べない子たちも活用してくれているようです。

上位ポイントだけは必ず伝える
――動画のコメント欄やSNSを見ていると、「学校の授業より分かりやすい」といった声も見受けられます。どのように受け取っていますか。

ありがたいことですが、学校で行われるリアルな授業と、余計な要素をそぎ落とした授業動画では、後者の方が伝わりやすいのは当然です。

それを差し引いても、子供たちが分かりやすいと言ってくれるのであれば、「この動画ではこれを伝えたい」という上位ポイントを自分の中で明確化して、伝えようとしているからでしょうか。

例えば、各動画には必ず学ぶ内容に沿ったタイトルをつけています。また、授業では最初に「今日は〇〇を学習する」と宣言し、ポイントを整理してから、例題に移ります。どんな授業も「今何をやっている時間なのか」を示すことが、分かりやすい授業づくりの第一歩なのではないでしょうか。

私も教育学部を卒業し、教育実習にも行ったので分かるのですが、学習指導案にはまるで台本のように教師の発話や子供たちの返答が書き込まれています。でも、実際の授業では想定通りにいきません。だから細かい問い掛けに気を回すよりも、子供たちに伝えなければいけない上位ポイントをしっかり示すことの方が大切だと考えています。

「邪道だ」という厳しい声も
――教育関係者からはどのような反応がありましたか。

開始当初は、まだYouTubeが学習ツールとして認知されていなかったこともあり、厳しい意見もかなりありました。「邪道だ」「教育を汚すな」などと書かれたメールが毎日のように届きましたね。

ですが、当時は若かったので「いつかこの動画が必要とされる時代が来る」「ここで自分の描く教育をやめてしまってはいけない」と使命感や反骨精神をバネに、ここまで進んできました。

今では学校で講演したり、実際に授業をしたりする機会も頂けるようになりましたが、それでも私に不信感や嫌悪感を抱かれている現場の先生はいます。

でも、私自身は学校の先生方をサポートしたいという思いも強く持っています。授業動画は教育の主役になれませんし、なってはいけないものです。学校や塾の授業のサポート教材にすぎないと考えています。

動画で教師をサポートしたい
――では、学校と授業動画の共存もあり得ると。
動画で教師をサポートしたいと明かす葉一さん

そうですね。先日、神奈川県の高校で、私の動画を使って授業をするイベントを実施しました。

そこでは、教科書の例題などの基本的な内容は、授業動画を見て学び、その上でリアルな教室では応用問題を解いたり、ディスカッションをして思考を深めたりすれば有意義ではないかとの意見が出ました。そうすれば、先生の業務の軽減にもつながるはずです。

どの先生にも「もっとこんな授業をやりたい」という意欲や情熱はあるはずなのに、いろいろな業務に忙殺されて、すり減ってしまっている現状があります。その部分を授業動画でサポートできないものかと、可能性を探りながら活動しています。

(板井海奈)


【プロフィール】

葉一(はいち) 東京学芸大学を卒業後、営業職、塾講師を経て独立。2012年にYouTubeチャンネル「とある男が授業をしてみた」を開設。小学校3年生から高校3年生対象の授業動画や、学生の悩み相談にこたえる動画を投稿している。チャンネル登録者78万人(1月31日現在)、再生回数は2億回を超える。著書に『合格に導く最強の戦略を身につける! 一生の武器になる勉強法』(KADOKAWA)などがある。

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