インクルーシブ教育の実践 「ICT」とは、何の略称か

共生社会の形成に重要な鍵となる、インクルーシブ教育システムの構築。障害のある児童生徒と障害のない児童生徒が共に教育を受けられる環境づくりを目指すものだ。弊紙では、これらシステムの推進に現場がどう取り組むべきか、東京学芸大学教育学部特別支援科学講座の奥住秀之教授にインタビューし、1月3日の電子版で報じた。本特集では「インクルーシブ教育の実践」をテーマに、ICTを活用して取り組みを進める学校の事例を伝える。


新指導要領の全面実施へ

奥住教授は先のインタビューで、インクルーシブ教育と新学習指導要領との関連について、「これまでは『通常の学級で学ぶ児童生徒は障害のない子供を基本とする』という考え方が一般的だったが、新学習指導要領ではこの見方を180度改め、『発達障害を含め、障害のある児童生徒が通常の学級に在籍しているのが当然だ』という認識が前提になっている」と語った。

この前提に基づき、子供一人一人が異なる問題を抱え、それぞれに特性や得手不得手があるとして、多様性のある子供同士が学び合える環境をつくるのがインクルーシブ教育だ。

そうした中、東京学芸大学附属小金井小学校では、「ICT×インクルーシブ教育」を研究テーマに新たな取り組みを進めている。「国立大学の附属校であっても、困難を抱える子供は一定数いる」という前提での研究だ。

同校は文科省「学習上の支援機器等教材活用評価研究事業」「発達障害の可能性のある児童生徒に対する教科指導法研究事業」の指定を受け、研究を重ねてきた。また、「ICT×インクルーシブ教育」では独自に公益法人の研究助成を受けている。アドバイザーを務めるのは、神奈川県教委障害児教育課の指導主事や同県立養護学校の校長などを歴任し、「特別支援教育における教育の情報化」を専門に研究する帝京大学の田村順一教授だ。

ICT、何の略?

同校が研究の重要なツールとする「ICT」。学校現場ではこれを「『いつも・ちょっと・トラブル』の略だ」とする声が上がることがある。「せっかく子供たちが授業に集中できていたのに、動画が止まってしまい集中がとぎれた」「1人1台タブレットを導入したのはいいが、細かな不具合への対応に追われた」など、ICTを使っていると何らかのトラブルを経験することがあるのだろう。

一方、附属小金井小では、ICTを「いつも・近くで・助けになる」の頭文字だと捉えて研究を進めている。ICTを活用して個別の困難さを支援しようという姿勢だ。

アドバイザーの田村教授は「外国に一人ぼっちでいる状況で、手元にタブレットがあるとイメージするとよい」と説明。「ちょっとした弱みを補うための手段であって、学びの目標ではない。無理に使うことが先行すれば、教員にも子供にも負担になる」と指摘し、「日常の授業をしっかりと作り上げた上で、どのようにしてICTを活用するか、必要な情報の流し方をどうコントロールするかが重要だ」と語る。

ICT活用の実践例

同校がICTを活用している事例は多岐にわたる。個別支援では、AI対話ロボットの音声読み上げ機能を活用し、音読が困難な児童や、漢字の書字が困難な児童を支援している。

また、コミュニケーションや語彙(ごい)力に課題のある児童の支援では、AIスピーカーやAIロボット、オンラインチャットツールなどにより、会話や口頭での発表がサポートできるよう、研究を重ねている。

このほか、教室からの飛び出しがあったり、登校に困難があったりする児童に対しては、AIスピーカーやネットワークカメラを活用して遠隔授業支援をしている。

こうした支援に欠かせない特性の把握と個別支援計画の作成に、同校では都教委が作成した「読み書きアセスメント」を活用している。都教委から委託を受けた尚絅学院大学の小池敏英教授(当時は東京学芸大学教授)の研究室で開発され、小学校版は2017年3月、中学校版は18年3月に、マニュアルと説明DVD、アプリケーションCDが都内公立学校に配布されたものだ。

配布を受けていなくても、マニュアルは都教委のウェブサイトで、アプリケーションは東京学芸大学のウェブサイトで、それぞれダウンロード可能だ。知的発達の状態を把握する知能検査とは違い、読み書きに特化してそのスキルが年齢相当かどうか把握できるツールで、アプリケーションに結果を入力すると検査結果が得られる。

附属小金井小で特別支援コーディネーターを務める佐藤牧子養護教諭は「アセスメントの実施で、困難を抱える子供がどの学年にも一定数いることが明らかとなった」と話す。とはいえ、当初は支援を必要とする子供が特別に授業でパソコンを使える状況に、「『1人だけずるい』と言われる」「『障害がある』と思われるのでは」といった不安を抱かせていたという。その課題が、1人1台パソコンの導入で解消された。

学級全体の指導では

1人1台パソコンの導入の成果はそれだけにとどまらなかった。困難さのある子供だけではなく、アセスメントで支援の必要がないとされた子供にとっても、それぞれが抱えている課題の克服につながったという。

学習者用デジタル教科書・教材を活用した附属小金井小の国語科の授業

例えば、同校が18年度から活用している学習者用デジタル教科書・教材では、国語の授業で読み上げ機能を使うようにしたところ、同じスピードで読み上げられているにも関わらず、文章を聞き終わるタイミングがバラバラになっていた。その理由は「それぞれが、分かりにくいと感じた箇所を繰り返し聞いていたから」だったという。従来型の読む授業では、そうした箇所はやり過ごされていたのだろう。

また、教科書の本文箇所を抜き出せる「マイ黒板機能」を活用したところ、書字をしたりノートにまとめたりするのが苦手な子供も丁寧に仕上げられるようになった。グループ内での共有機能や大型スクリーンに反映させる機能を使えば、人前で発言するのが苦手な子供も考えを表現しやすくなるなど、細かな苦手意識の克服につながったという。

同校で「ICT×インクルーシブ教育」研究の中心を務める国語科の鈴木秀樹教諭は「ICTによって、自分に合った学びを子供自身が獲得できるようになることが重要だ」と語る。

デジタルか、アナログか

一方で田村教授は、自身が教職大学院で学生を指導する経験から、「学生は、子供が不規則にする発言に対応できず、取り上げないままにしてしまう。しかし、実はそうした不規則な発言を授業に生かす技術こそ、アナログだが授業を大いに活性化させる手法だ」と指摘する。

その上で、「『デジタル化を進めて、授業中黙ってパソコンに向かうのが望ましい』などと見誤ってはならない」と警鐘を鳴らす。

加えて、「インクルーシブ教育を『障害のある子供も受け入れてやろう』といった『上から目線』な捉え方で見る人もいるが、そうではない。誰をも例外とせず、仲間同士の多様性を認め合うことだ」と述べ、「ICTはそのためのツールに過ぎず、全てをデジタル化すればいいというものではない」と語る。

2月29日には「GIGAスクール時代のICT×インクルーシブ教育」と題した成果発表会が都内で開かれ、同校の研究成果が広く公開される。詳細は、専用ウェブサイトで確認できる。

(小松亜由子)

【追記】

2月29日に開催される予定だった成果発表会は、新型コロナウイルス感染症(新型肺炎)の拡大防止と参加者の健康・安全のため、中止となりました。


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