【宮口幸治教授】認知機能を見極める

児童精神科医として医療少年院や病院に勤務してきた立命館大学産業社会学部・宮口幸治教授の著書『ケーキの切れない非行少年たち』が、話題を呼んでいる。「見る力」や「聞く力」などの認知機能が弱く、支援が必要にもかかわらず行き届いていない「気付かれない子供」がテーマだ。「彼らを救えるのは学校しかない」と話す宮口教授に、学校や教師ができることを聞いた。(全3回)

この特集の一覧

支援が行き届かない子供たち
――著書が各方面から反響を呼んでいるようです。

現在の発行部数は40万部を超え、50万部に届きそうな勢いです。想像以上の反響に、正直驚いています。教育関係者にとどまらず、これまで新書を手に取ったことがない層にも読まれているようです。実は、コミック化する方向で話も進んでいます。

この書籍の最大のテーマは、支援が必要にもかかわらず行き届いていない子供をいち早く見つけ、支援体制を整えることです。それができるのは、学校しかないと私は考えています。

そのため、本書は社会に彼らの存在を伝えるとともに、学校の先生に向けてのメッセージを込めた内容となっています。

――宮口先生は立命館大学に赴任する以前、精神科医として精神科病院や少年院に勤務されていたそうですね。

著書が話題を呼ぶ宮口教授

大阪の公立精神科病院に児童精神科医として勤務し、それ以降は法務技官として少年院や女子少年院に勤務してきました。現在も医療少年院に非常勤で勤めていて、発達障害や知的障害がある非行少年の支援をしています。

学校現場に足を運ぶ機会も増えました。小中学校を対象に、困っている子供のケース事例を先生方に出してもらい、理解を深めたり対応を考えたりする「学校コンサルテーション」での助言や、学校からの依頼を受け教育相談なども行っています。

『ケーキの切れない非行少年たち』は、そこで出会った子供たちのことを踏まえて、学校や大人ができることをまとめました。

図形の模写もできない少年
――著書では「認知機能」に着目し、子供の非行や生きづらさについて解説していますね。

認知機能に着眼したきっかけは、少年院で出会った少年が描いた1枚の絵です。

私の赴任した少年院には窃盗や恐喝、強制わいせつ、傷害、殺人など、さまざまな罪を犯した少年が送り込まれていました。私は彼らの治療を担ってきました。

赴任当初、これまで勤務していた病院でも使っていた『Rey複雑図形の模写』という課題を、少年の1人に出しました。少し複雑な図形を提示し、それを書き写すという単純なものです。しかし、彼が淡々と描いて私に見せた絵は、いびつにゆがみ、示した図形と同じものには到底見えません。彼にはこの世界がこんなにゆがんで見えるのか、と衝撃を受けました。

この少年だけではありません。立方体を模写できない、ケーキに見立てた丸い円を3等分することができない、単純な計算問題ができない、簡単な短文を復唱することができない――。犯罪に手を染めた少年の多くが、中高生になってもそのような状態だったのです。

――つまり、そうした認知機能の問題が、犯罪に関連しているということなのでしょうか。

そうです。

認知機能とは記憶や知覚、注意、言語理解など、幾つかの要素が含まれた知的機能のことを指します。人間は五感を通して外部環境から情報を入手し、頭の中で整理します。それを基に計画を立てて生活するわけで、認知機能は生きるために必要不可欠なものとも言えます。いわば、全ての行動の基盤になる力です。

認知機能が弱いと、見る力や聞く力など、情報を集める能力が通常の人と比べて弱くなる傾向があります。その結果、人の話す内容を正確に聞き取れずに指示と違うことをしてしまったり、人の言動を歪曲(わいきょく)して受け取ってうまくコミュニケーションが取れなかったりする。その結果、生活上で不便なことが数多く発生します。

こう話すと発達障害を思い浮かべる人が多いですが、認知機能の弱さは発達障害に限った特性ではありません。時折、特別支援教育の対象から漏れてしまう軽度の知的障害や、明らかな知的障害ではないものの状況によっては支援が必要な「境界知能」の子にも、このような問題は見受けられます。

そして、そうした子供たちの多くが「厄介な子」「問題児」と大人たちに捉えられ、適切な支援を受けられていない現状があります。

少年院は「反省以前の少年」ばかり
――適切な支援を受けられないと、そうした子供たちはどうなってしまうのでしょうか。

大人たちが理解してあげないと、当事者の子供はますます生きづらくなります。日常生活をうまく送れないことが原因で、いじめや虐待の被害者になりやすかったり、非行に走ったりする子供は少なくありません。

少年院で出会った少年たちとの出会いが、認知機能に着目するきっかけとなった

私が少年院で出会った非行少年たちもそうでした。そうした生きづらさに学校では気付いてもらえず、最後に行き着いた少年院でも理解してもらえず、非行に対する反省ばかりを求められていました。

このような状態の子供たちに、「被害者の気持ちをおもんばかれ」などと従来の矯正教育をしても、ほとんど意味はありません。そのため、同じ過ちを繰り返して、少年院に戻ってくる子もいました。つまり、私が少年院で出会ってきたのは「反省以前の少年たち」だったのです。

ただ誤解しないでいただきたいのは、「犯罪をする人間はみんな認知機能が弱い」「認知機能が弱いと必ず非行に走る」と言っているわけではありません。あくまでそのリスクが高まるという話で、注意深くケアをしてあげる必要があると警鐘を鳴らしているのです。

知的障害について知らない教師
――支援が必要な子は、具体的にどうすれば判別できるのでしょうか。

まず知的障害について正しく理解する必要があります。昨今は発達障害と比べて、知的障害をよく理解している先生が少なくなっています。

一般的には、IQ70未満の子供を知的障害と見なし、特別支援教育の対象としています。一方で、発達障害の場合、IQは関係ありません。

今、支援が行き届いていないのはIQ70~84の「境界知能」に当てはまる子供たちです。知能が低いのに何の配慮もされず、学校でも一律に他の児童生徒と同じ教育を受けています。

「IQ70未満を知的障害と見なす」という基準は、1970年代以降に主流になりました。米国では50年代には「IQ85未満」と定義されていましたが、該当する人があまりにも多いため、現在の基準に落ち着いたという経緯があります。時代によって定義が変わったとしても、境界にいる人が生きづらさを抱えている事実は変わりません。

「知的障害」と聞いてどのような姿を思い浮かべますか。

――意思疎通が難しかったり、授業にも明らかについていけなかったりするような姿でしょうか。

そう思いがちですよね。世間では「怖い」「かわいそう」など偏ったイメージを持つ人が多いですが、それは全くの偏見です。

まず、知的障害者の8割以上が「軽度」と呼ばれるものです。軽度の人たちは普通に会話もできますし、一見すれば日常生活も問題なく送れています。

問題は、何か困ったことがあったとき。想定外のことが起こると思考が止まったり、パニック状態になってしまったりするのです。普通の人なら気にならない、ちょっとした変化や違和感に敏感に反応し、うまく対応できないことがたくさんあります。

認知機能は学びの基礎
――子供だとなおさら分かりにくい場合があるのでしょうか。

認知機能は学びの基礎だと指摘する

専門的な話になりますが、「境界知能」の知能のピークは、小学6年生から中学3年生だと言われています。

ですから、幼少期に頑張って勉強すれば、いわゆる有名私立学校に入れる子供もいます。ただ、定義上はそこから伸びないので、適切な支援を受けられなければ授業にもついていけず、友達ともうまくコミュニケーションが取れない状況に陥ります。その結果、ドロップアウトしてしまうケースは、数多く見受けられます。

――そんな子供たちをどのように見つけることができるのでしょうか。

聞く力や見る力などの認知機能は、全ての学びの基盤になるものです。認知機能に注目して子供たちの能力を見極め、気になる子供がいたら適切に支援していく体制を整えるべきです。

現在の学校教育は、小学校に入学するや否や、国語や算数などの教科を学びます。ですが、聞く力や見る力が弱い子供にとって、そうした学びはどうでしょうか。教科学習の土台となる聞く力や見る力がない彼らにとって、黒板を写したり、数を数えたり、先生や友達の話を聞いたりする学びには、苦しさしかないはずです。

今の学校には、児童生徒の認知能力を見極め、ケアが必要な子を支援する体制やシステムがありません。本来ならそこが学びの出発点であるにもかかわらず、大きな問題だと感じています。

褒める教育で子供を救えるのか
――著書の中で、褒めるだけの教育について苦言を呈されています。

私が小中学校で定期的に参加してきたコンサルテーションでは、困っている児童生徒のケースを先生方に出してもらい、グループで対応を考えてもらいます。

最後に支援案を発表してもらうのですが、必ずと言っていいほど「子供の良いところを見つけて褒める」「子供の話を聞いてあげる」といった意見が出ます。また、「自尊感情が低いので、上げるための支援が必要だ」などの意見が出るのも、お決まりです。

もちろん褒めることは大切です。ただ一口に「褒める」と言っても、誰がどのタイミングでどんな言葉を掛けるかが重要となります。「ほめ殺し」という言葉があるように、むやみに褒めても意味はなく、テクニックが必要なのです。

学校の先生と話をしていると、「とにかく何でも褒めればいい」という風潮になりつつあるように感じます。ただやみくもに褒めても、子供たちの心が動くわけはありません。

また、「話を聞く」という支援に関しても、勉強ができずに劣等感を抱いている子に「勉強ができなくてつらいんだね」と声掛けをしても、根本的な解決にはつながりません。

「褒める」ことや「話を聞く」ことは根本的な解決策ではなく、ただ問題を先送りにしているだけでしょう。もちろん、そうした手法が必要な場面があるのも確かですが、根本的な解決策にはなっていないことを念頭に置き、使うべき場面が来たら適切に使うのがいいと私は思います。

根本的な原因を取り除いてあげたり、軽減させたりすることでしか、そうした子供たちを救うことはできないのです。

聞き手:板井海奈、写真:小形一平(500G)


【プロフィール】

宮口幸治(みやぐち・こうじ) 立命館大学産業社会学部・大学院人間科学研究科教授。医学博士、日本精神神経学会専門医、子どものこころ専門医、臨床心理士、公認心理師。京都大学工学部卒業、建設コンサルタント会社勤務の後、神戸大学医学部医学科卒業。大阪府立精神医療センターなどを勤務の後、法務省宮川医療少年院、交野女子学院医務課長を経て、2016年より現職。児童精神科医として、困っている子供たちの支援を教育・医療・心理・福祉の観点で行う「コグトレ研究会」を主宰し、全国で教員向けに研修を行っている。著書に『性の問題行動をもつ子どものためのワークブック』(明石書店)、『不器用な子どもたちへの認知作業トレーニング』『コグトレ みる・きく・想像するための認知機能強化トレーニング』(以上、三輪書店)、『1日5分! 教室で使えるコグトレ 困っている子どもを支援する認知トレーニング122』『もっとコグトレ さがし算60 初級・中級・上級』『1日5分! 教室で使える漢字コグトレ小学1~6年生』(以上、東洋館出版社)、『ケーキの切れない非行少年たち』(新潮社)など

この特集の一覧
関連記事