【1人1台時代】前原小前校長、松田孝氏の実践哲学

GIGAスクール構想が打ち出されたことで、児童生徒用コンピューターの「1人1台」が現実になろうとしている。そんな中、早くから1人1台やプログラミング教育の可能性に注目し、校長として取り組んだのが東京都小金井市立前原小学校の前校長、松田孝氏だ。昨年3月に校長を辞職後は起業し、各地の教育改革の支援に駆け回っている。近く、前原小での教育実践をまとめた著書『学校を変えた最強のプログラミング教育』(くもん出版)を2月28日に出版する松田氏に、教育の未来を聞いた。

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プログラミングで「砂場遊び」のような学びへ
――GIGAスクール構想によって「1人1台」の環境が全国の小中学校で当たり前の姿となりますが、どう捉えていますか。

最高だと思います。私が前原小にいた3年間で最もエネルギーを注いできたのは、1人1台の環境づくりです。これに奔走した3年間だったと言っても過言ではありません。それが、2023年度までに高速通信ネットワークとともに、全ての小中学校に整備されるわけです。

ただ、問題は1人1台が実現した後にどう使っていくか。もし、これまでのアナログ環境下で構築された教科教育の指導法や、従来の学習場面に当てはめた活用にとどまるなら、GIGAスクール構想が目指す公正に個別最適化された学びやSociety5.0に必須のコンピテンシーを育み、何よりも子供たち一人一人の個性を磨くことはできないと思います。

ICTの活用には、「Adaptive」「Assistive」「Active」という3つの機能があります。これらの機能を徹底的に活用して、新しい学びの学習場面をどう創り出すかを突き詰めなければいけない。従来の学習場面に当てはめたICT活用は、Society3.0の社会に適合するための授業実践と本質的には変わりません。

プログラミングが教育を変える可能性を見いだした松田氏(松田氏提供)

ICTを活用した授業場面の例として「社会科の授業で動画を見せることができる」などと言う人がいますが、それでは教師の指導を動画に置き換えているだけにすぎません。

1人1台で動画を見るのであれば、子供一人一人が自分のペースで動画を見て、分からない場面を再生したり、マルチウインドウで気付いたことをどんどんメモしてクラス内で共有したりできるようにする必要があります。

そうすることで、学びの質が全く違ってくるのです。例えば、マルチウインドウを使って、授業支援システムの「schoolTakt(スクールタクト)」の一覧機能でそれぞれの気付きを共有する授業展開などの、ICTを徹底的に活用して初めて構想できる指導法であって、学習展開です。いや、日常的にICTを活用していれば、子供が勝手にこのような活用を始めます。前原小がまさにそうでした。

――4月からはついに、小学校でプログラミング教育が必修化されます。

私は、新学習指導要領にあるように、プログラミングを各教科の中でやることには反対です。

そもそも、学習指導要領の情報教育分野において、中心的な役割を果たしてきたメンバーの一人は、講演でA分類「A学習指導要領に例示されている単元等で実施するもの」を最初に行うのは無理であると断言して、ぜひC分類から学習することを明言していました。子供たちがトライ&エラーを繰り返したり、自由に聞き合ったりしながら創造していく必要があるのに、教科の中に位置付けられると、授業の狙いに向かって内容を理解するためのツールになってしまうからです。それでは全然面白くないし、何も変わりません。

アクティブ・ラーニングや問題解決学習についても、同じことが言えます。設定されたゴールに向かって話し合いをさせたところで、知識を豊富に知っている子供や発言力のある子供が中心になるのは目に見えています。

そうではなくて、「砂場遊び」のように、自由に遊んだり試したりしながら、「これは面白いな」って気付いたことをその場にいる仲間と共有していく。その上で、自分自身をメタ的に振り返ることができれば、誰かに教わらなくても学びとして成立します。

私がプログラミング教育で目指したのは、学校をそういう場に変えることだったのですが、日本の学校教育には教科に基づいて内容理解を重視する授業観が長く根付いてしまっていて、そう簡単には変わりませんでした。

でも、プログラミングは違います。自分の表現したいことをプログラムするのに正解はなく、多様性が尊重され、試行錯誤することが当たり前です。だからお互いに聞き合ったり、教え合ったりする場が自然とひらけるのです。

学校は子供の未来に責任を果たせているか
――学校や教師がなかなか変われないことに対して、どんな危機感を抱いていますか。

著書でも強調したのですが、学校は子供たちの未来に対して責任を持つべき教育の場です。それは誰もが認めることだと思いますが、現実の学校は、果たしてその使命を果たしていると言えるでしょうか。

「学校は子供たちの未来に対して責任を果たしているか?」と問う松田氏(松田氏提供)

すでに、今の子供たちの日常生活は、フィジカル空間とサイバー空間が一体となっています。それなのに、「デジタル機器は悪い影響を与えるから規制しよう」なんて言う人がいる。むしろちゃんと理解させて、正しい使い方である情報モラルや健康への影響などを学ばせないといけないのに。

今、学校に通っている子供たちが生きていく未来とは、「Society 5.0」です。学校もそこに向かっていかなければ駄目なのに、ICT環境が脆弱(ぜいじゃく)な上に、同僚性を重んじる教員文化や保護者の意識などの問題も絡み合って、なかなか変われないでいる。

誰かが悪いのではなく、みんなが真面目で一生懸命だから変わらないとも言えます。戦後のアナログ環境下で、各教科の教育研究が築き上げた指導法の完成度の高さと完結性に、いまさらながら感心させられます。そして、その指導法が今も確実に再生産されているのです。

――前原小では、それをどうやって変えていこうと試みたのですか。

ICTで新しい教育をやろうと言い出した校長に対し、教員の中には当初、反発や戸惑いもありました。そんな中、私は「目指すベクトルさえ逆を向いていなければ、どんどん自由にやってほしい」と毎年言い続けてきて、結果的に教職員がついてきてくれました。

「子供が変わった」という手応えを実感できたから、こんな校長の方針にも納得してくれたのだと思います。実際、後で教員にアンケート(教員組織所属意識尺度:早稲田大学河村茂雄教授考案)を取ってみたら、教員自身の自主向上性の指標、すなわち、「自ら学び続ける力」が高まったことが裏付けられました。

学校では今、やたらとPDCAサイクルを回すように求められています。私はこれが大嫌い。教員は真面目だから、年度当初に教育課程を編成したら、それを1年間、丁寧に実行して、次年度に向けては形式的な年度末評価をとって多少の工夫改善で、踏襲することに慣れてしまっている。

今の変化の激しい世の中で、果たしてそんな悠長なことをしていていいのでしょうか。そもそもPDCAサイクルは品質管理の手法で、これを学校経営に取り入れようとしたってうまくいくはずがない。そんな風に思っていたところ、米国空軍のジョン・ボイド大佐が考案した「OODA(ウーダ)ループ」という考え方と出合い、共感しました。

「OODAループ」は、「Observe(観察)」「Orient(情勢への適応)」「Decide(意思決定)」「Act(行動)」の頭文字をとったもので、「その場その場で状況を見極めて、判断して行動せよ」ということを意味します。

民間でも、アジャイル開発が主流のIT企業を中心に、プロジェクトをスピーディーに修正して進めていくのが当たり前になってきている。それを学校でもできたらと思うのですが、多くの教員はこうした活動に慣れていないから、きっと猛反発を食らうでしょうね。

前原小での集大成と新しい挑戦
――学校現場から離れて会社を立ち上げましたが、これからどんなことに挑戦していくのですか。

日本の教育制度はなかなか変わりません。だけど、学校現場で行われている教育を実質的に変えることはできる。教育を変えたいと思っている人たちが、その思いを実現できるように応援したいと考えています。

それと同時に、学校ではない学びの場をつくりたいとも思っています。幕末から明治にかけて、日本は外国からの干渉を受けながらも大きな変革を成し遂げました。日本が独立を保ち、近代国家に生まれ変わることができたのは、江戸時代の藩校や寺子屋、私塾で人材が育成されていたからです。

そういう学びの場が、今こそ必要です。イメージ的に近いのはコワーキングスペースで、空間を提供して、そこにお金を払って学びに来る。誰かが教えるようなことはせず、学びたい子供がやって来て、自分で学んだり、お互いに教え合ったりしていくわけです。

例えば、「IchigoJam BASIC」を自学しながら、そのときどきの過程でさまざまなSTEAMの領域について調べてみる。ロボットのセンサー制御のプログラムを作りながら、赤外線について調べる。赤外線は目に見えないのですが、スマホのカメラをかざすと見えます。

その過程で「なぜ、紫外線センサーはないのか?」「赤外線センサーが示す数値の意味は?」などに気付きます。一人一人の子供が「IchigoJam BASIC」をコアに自分で学び、進める中で、一人一人の興味関心でSTEAMに関わる内容をまた自学していく。これこそが真のSTEAM教育の姿だと考えています。

――今度出版する著書は、どんな人に手に取ってもらいたいですか。

この本は、前原小での3年間の実践を通じて、子供が学ぶ姿から「教育とは何か」を考え抜いた、ある意味で哲学書だと考えています。ですから、教員に限らず、保護者や教育に関わる全ての人に読んでもらいたい。

2月28日に発売される松田氏の新著『学校を変えた最強のプログラミング教育』(くもん出版)

一方で、この本は経営書でもあります。校長としての学校経営という、ちょっと特殊な領域ではあるけれど、民間企業に勤めている人にとっても、きっと参考になると思います。

そもそも、この本を出すことになったのは、出版元であるくもん出版の研修会に講師として呼ばれ、プレゼンテーションをしたのがきっかけです。

参加した社員から「自分のこれまで抱いていた教育のイメージとは全然違っていた」「自分たちが変わらなければいけない」といった反応があって、この気付きをもっと広めたいと、出版企画が動き出しました。

私にとっては、前原小での挑戦の集大成でもありますが、新しいチャレンジに向けたスタートを記した本でもあります。ぜひともお読みいただき、読者の教育を巡るさまざまな「観」のパラダイム転換に向かう刺激となれば望外の幸せです。そして「学校は子供の未来に責任を持つ教育を展開する場」という命題が、皆さんにとって真(しん)であることを願っています。

今後、読書会も開催しながら、全国の方々とつながっていきたいと考えています。

(藤井孝良)

【プロフィール】

松田孝(まつだ・たかし) MAZDA Incredible Lab代表。2016年4月~19年3月まで、東京都立小金井市立前原小学校校長として、1人1台環境によるICT教育やプログラミング教育を全国に先駆けて実践し、注目された。著書に『小学校の「プログラミング授業」実況中継』(共著、技術評論社)『プログラミングを学ぶ前に読むアルゴリズムえほん』(監修、フレーベル館)など。2月28日に新刊『学校を変えた最強のプログラミング教育』(くもん出版)を刊行予定。

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