【AI時代の教育を探る】単元学習短縮でSDGs探究実現

人工知能(AI)時代を迎え、教育に求められる質が大きく変わろうとしています。【AI時代の教育を探る】は、変化し続ける教育現場の最前線を報告する企画です。

中教審が教育課程の基幹となっている標準授業時数の見直し論議に着手した。教員の働き方改革が問われる一方、EdTechの活用で効率的に知識・技能を習得する可能性が広がり、授業の質的な改善が大きな課題として浮上してきたことが背景にある。こうした変化を示す先行事例が、東京都千代田区立麹町中学校(工藤勇一校長)が経産省の「未来の教室」実証事業として取り組んできたAI教材、キュビナ(Qubena)の活用だ。2年目の実証事業では、数学と英語の単元学習の短縮化で生み出された授業時数のうち15時間分を使い、国連の持続可能な開発目標(SDGs)をテーマにした探究授業が行われた。その最終発表会から教育改革の現在位置を確かめてみたい。

(編集委員 佐野領)

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年間授業時間「70時間くらい余る」

麹町中学校では、昨年度にEdTechベンチャー企業COMPASS社が開発したキュビナを数学に導入し、1年生では授業時数62時間分の単元学習が34時間で修了した。今年度には英語にも導入。結果は集計中だが、授業時数の2-3割程度を効率化できたという。

考察を発表する生徒たち

工藤校長は「通常の授業では生み出せない時間が数学と英語から生まれた。数学は、一番遅い子だって授業時数の半分ぐらいのスピードで進むから、まともにやったら年間70時間くらい余る。その時間を使って、SDGsの探究学習ができたのはよかった」と話す。

キュビナのようなEdTechを活用して知識・技能の習得を効率化し、授業時数の在り方を見直す流れは、もはや止めようがないようにもみえる。

この探究学習では、SDGsの目標17項目のうち教育を取り上げた。生徒たちはまず、カードゲームなどを通じてSDGsに対する問題意識を高め、国連児童基金(ユニセフ)の「世界子供白書」による基本データやインターネットリサーチを通じて仮説を立てた。

続いて、市場調査ツール「グーグル・サーベイ」(Google Surveys)を使い、ナイジェリア、フィリピン、ウガンダといった発展途上国の人々にインターネット経由で直接アンケート調査を実施。さらに、生徒たちは統計の手法を学び、アンケート結果を分析。それを仮説と比較して考察を深め、自分たちなりの解決策を提案した。

最終発表会では、生徒たちが示した解決策に対して、「未来の教室」実証事業を運営してきた官公庁やコンサルタント会社の外部識者が審査員となってコメントをつけ、生徒たちが応答した。中学2年生の探究授業としては、かなり濃密な内容と言えるだろう。

学びの目的は「思考プロセス」

最終発表会でウガンダの教育問題を取り上げた中学2年生の生徒グループは、事前のリサーチの結果、教育の障害として「第一次産業で働いている人が多く、収入が低いために学校に行けないのではないか」との仮説を立てた。一方、アンケート調査に「どんな電子機器を普段使っていますか」との質問項目を加えたところ、携帯電話と答えた人が75.9%に上った。

アンケート結果を報告する生徒たち

こうした調査結果を受け、「低収入は低学歴、低学歴は低収入という悪循環が生まれている」ことが問題だと考察を進め、解決策として「悪循環を断ち切るために、スマートフォンによる無償の教育システムを提供する」という結論を導き出した。

こうした生徒たちの学習成果に対し、審査員たちは手厳しいコメントを寄せた。浅野大介・経産省教育産業室長は「無償で提供するのは、最初はいいかもしれないが、やがて続かなくなる。先のことを考えないといけない」と辛口で語った上で、「だが、携帯電話の普及をつかんだことは大きい。例えば、スマートフォンで教育システムを提供するときに、広告で自動的に収入が入る仕組みを考えるとか、さらに現実的な解決策に近づくことができるかしれない」とアドバイスした。

神野元基・COMPASS社ファウンダーは「75.9%の人が携帯電話を持っているということは、残る24.1%の人は携帯電話を持っていないのだから、その人たちにはスマートフォンによる無償の教育システムは届かない。データの裏側には、この解決策で救えない人や満足させられない人がいることを忘れないでほしい」と、生徒たちに想像力を働かせるよう促した。

この探究授業を企画した狙いについて、神野氏は発表会終了時のあいさつで「今回の授業で身に付けてほしかったのは、思考プロセス。問題があったときに、どういう順番で考え、どうやってみんなで結論を出すのか。基本を学び、アンケートの調査項目を考え、調査結果から何かを読み取り、考察して、結論づける。これは、どんなことをやっても同じ。このプロセスをどうか覚えてほしい。そして、何かの結論に達したときに、本当にそれが結論になっているのか、また同じプロセスで考え抜いていく。それを伝えるのが、この授業の目的だった」と説明。

思考プロセスの重要性を説明する神野元基・COMPASS社ファウンダー

続いて「でも、一番大事なのは、プロセスを勉強することではない。なんで興味を持ったのか、というところにある。一人一人が興味を持ったことを、思考プロセスを使って考えていってほしい。興味を持ったことをもっともっと深く考察し、自分なりの解決策を出してくれたら、すごくうれしい」と述べ、キュビナを開発した起業家として、課題解決型学習のポイントを話した。

外部専門家の協力が不可欠

この探究授業では、生徒たちは英語を含めたコミュニケーション能力を磨き、アンケートの設問や集計の作業を通して数学的な知識やテクノロジーの扱い方を学んだ。

探究授業のツールとして大きな役割を果たしたグーグル・サーベイは、米グーグルが有償提供する最新のマーケティング・テクノロジー。ユーザーの位置情報を活用して、インターネットがつながっていれば、世界中どこにでも市場調査ができる。使いこなすには調査手法と統計の基本的な知識と一定の英語力が必要になる。

木川俊哉・COMPASS社未来教育部部長は「最初の段階では、ひとつひとつの小さな目標を明確にしながら頑張っていったが、アンケート結果が返ってきて、生徒たちに火が付いた。あとは自動的に生徒たちが自走していった」と、授業の過程を説明した。キュビナを開発する以前から、COMPASS社が都内で運営する学習塾などで教えてきたキャリアを持つベテランだ。

こうしたテクノロジーを活用した授業には、外部専門家の協力が欠かせない。木川部長は「授業内容は先生たちと相談しながら決めていった。でも、内容的に高度な部分もあるので、現実にこれをサポートなしで先生がやることは不可能だと思う。先生には時間がないから、最新のテクノロジーや統計調査の手法を自分で学ぶことは難しい。そういう時間的な制約も含めて、外部の人間がサポートする必要がある」と話す。

実りある探究学習を実践するには、地域や企業、保護者など学校外の協力をいかに得ていくのかが鍵になる。「チーム学校」が求められる流れもはっきりしてきた。

授業時数をどう考える?

EdTechを活用して知識・技能習得を効率化し、生み出した時間で探究授業を深めていくという考え方は、経産省の「未来の教室」実証事業が2年前から取り組んできたミッションだった。実証事業をリードしてきた浅野室長は発表会終了後、「時間を有効活用しよう。すごく単純だが、これが狙いだった。すべての議論がキュビナ×麹町中学校の実証事業から始まった」と、2年間の成果を強調。

続いて「個別最適化を言い始めたら、もう標準授業時数という概念自体がナンセンス。学校現場の負担を減らすためにも、標準授業時数は単なる参考であって、もはや標準ではないということをはっきりと大胆にいうべきだ」と述べた。新学習指導要領が目指す「公正に個別最適化された学び」を徹底するには、標準授業時数で規定されたカリキュラム・マネジメントの在り方そのものの見直しが避けて通れない、との指摘だ。

また、今後の取り組みについて、浅野室長は「探究的な学びのテーマをどうやって広げられるか。SDGsを軸にして、中高生がどれだけ自由にものを考え、世界の課題への入り口をつかめるか。そのためにSTEAM教育の考え方で、プロジェクト・ベースド・ラーニング(PBL)のプログラムをどれだけ作れるか。STEAMライブラリーを早く作れるか。GIGAスクール構想で個別最適化に向けた1人1台パソコンが実現するいま、これらが次の勝負になる」と説明し、探究学習のコンテンツ作りが喫緊の課題になるとの見方を示した。

発表会の最後に生徒たちに話す工藤勇一・千代田区立麹町中学校校長

一方、発表会終了後に取材に応じた工藤校長は、AI教材と授業時数の関係について、「減らした授業時数は、新たな授業をやるのではなく、そのまま授業を減らすべきだ」との持論を展開。「日本の授業時数は、そもそも多すぎる。学校だけじゃなくて、民間の塾に通っている子供が多いのだから、トータルで考えなければいけない。日本の子供たちは勉強時間が長すぎると思う」と説明した。

さらに、探究学習についても「私が疑問を持っているのは、多様な教育を全ての子供に同じようにやろうとすると、それが画一的な教育にみえるということ。多様な子供たちに個別最適化された教育をすることによって、多様な人材が生まれる教育をしてほしいと思っている。そうであるならば、この探究授業も、全員がやる必要はないんじゃないか」と述べた。

教育改革の流れを俯瞰(ふかん)すると、教員の働き方改革や児童生徒1人1台パソコンの実現という当面の方向は定まってきたようにみえる。だが、そのゴールに設定されている公正に個別最適化された学びの実像と、それを実現する学校現場の姿は、まだまだ描ききれていないようだ。


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