【探究と方法1】ニューロ・ダイバーシティを育てる(法政大学学長 田中優子)

総合的な深い学びを重ね、先行き不透明な時代を生きる。子供も大人も同じ課題に向きあっている。方法の学校・イシス編集学校の学びは年齢を問わない。ニュースも教室の声も教科書も全てを情報と捉え、生き生きと動かす方法=編集力を研鑽する。新連載「探究と方法」では、「問い」に始まり発想・思考・表現力を徹底的に「稽古」するユニークな同校での学びを経て、各方面で活躍する面々が、新学習指導要領が重視する「探究」とその「方法」をテーマに、いまの教育課題を突破する見方やヒントをお伝えする。初回の担当は、江戸文化の研究で知られる田中優子・法政大学学長。

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能力のダイバーシティ

今年刊行される共著が2冊ある。1冊は松岡正剛さんとの対談本『江戸問答』(岩波新書)。もう1冊は池上英子さんとの共著『江戸とアバター 私たちの内なるダイバーシティ』(朝日新書)だ。7年目に入った大学総長という仕事ともあいまって、この両方の著書で私は、人のもっている才能がどのように育っていくのか、独自の能力を育成し伸ばすためにはどういう方法が最適なのか、という問題に直面していた。

そのような折に、それらの課題をかすめるインタビューが実施され、1月上旬から順次、「遊刊エディスト」で公開された。このインタビューで私が迷いながら話したこと、自分には解決できていない、と感じていたことがある。「独自の高い感性や、その人なりの個性的な表現力は、どうすれば磨けるのか」である。

教育界で私がそんなことを言えば、「芸術家であふれても経済は発展しないでしょ」などと揶揄されそうである。しかし昨今の大学はこぞって、「自分の頭で考えること」「主体性」「独自性」「表現力」「想像力」「柔軟性」が重要だと言っている。

さらに企業の求める今後の能力の中には、「自由な想像力」「柔軟性」という項目が必ず挙がっている。つまり「みんな同じじゃ困る」ということなのだが、その本音はシリコンバレーの企業のように、秒分単位で新しいことを発明できる人が欲しい、ということなのだ。

私はグローバル企業を巨大化させるための人を育てるべきだと言っているわけではない。しかしその一部を成しているかもしれない能力のダイバーシティが必要だ、と思っている。つまりこの社会には、多様な能力のネットワークが早急に要るのである。そうでないと、あらゆる危機に対応できない。

池上英子さんとの2018年のシンポジウムを契機に、私はニューロ・ダイバーシティに関心をもち続けている。ニューロ・ダイバーシティとは、神経の多様性のことである。つまり感じ方の多様性で、いわゆる健常者を意味する「定型発達者」に対して、自閉症や発達障害者がその範囲に入る「非定型発達者」を論じる際に言われる言葉である。

ニューロ・ダイバーシティとはそれらを「障害」「症状」として見るのではなく個性としてありのままに見ようとする思想である。そこにギーク(卓越した知識をもつ人)さえも現れる。

衝撃を受けたのは、「インプットモードまで考慮してこそ、ニューロ・ダイバーシティだ」という池上さんの言葉であった。今の教育はアウトプットにしか注目していない。そこしか見ていないので卓越したアウトプットを導き出せない。しかし重要なのは「どう感じているか」の違いだから、それを捉えられれば特性あるインプットモードをもつニューロを組み合わせ、育て、新しいアウトプットを生み出せるのではないだろうか?

直観や決断を生むもの

同じようなことを考えさせられたのが、写真家・十文字美信さんと江戸絵画コレクター・加納節雄さんのアルス・コンビナトリアPROJECTであった。何と何を組み合わせたらすごいことが起こるのか、方法の言葉だけでは説明できない。加納さんは、ギリギリまでやって最後は直観、あるいは最初に直観があってギリギリまで詰める。それがダメだったら次々に変えていって最後は決断するという。ではその決断をする時の能力はどこから出てくるのか。どこで鍛えられたのか。『江戸問答』では、「知識や名誉ではなく、深く身体感覚に埋め込まれているものが、江戸絵画によって呼び起こされている」のではないか、と推測した。加納さんの身体感覚が他とは異なるニューロである可能性を感じている。

私はさらに、アルス・コンビナトリアPROJECTのように、今後も多様な能力の組み合わせが定型発達者の想像を超えた創造や発明や発想をもたらす可能性があるのではないか、と考えている。

まずはっきりしていることは、インプットモードを捉えるのは入試ではない、ということだ。入試は定型発達のアウトプットをどれだけ数多く記入できるか、で測る。インプットと何ら関係がないために、非定型発達者も偏差値の高い大学に入ることがある。しかし入った後に特性あるインプットが無視されるので、特性は育てられない。大規模教育では困難であろう。

小グループで違いを活かす

しかしもしイシス編集学校でそれができたら、独自のイシス・モデルが生まれることは間違いがない。2015年に私はデンマークのロスキレ大学を訪れロスキレ・モデルというものを目の当たりにした。1960年代の学生運動から生まれた大学である。

キャンパス内にはキッチンやフリースペースをもつ「ハウス」と呼ばれる拠点が点在し、1ハウス約60人ずつの学生が数名ずつ配置される教員(スーパーバイザー)とともに小グループをつくり、語らい、学び、議論しながら、1学期ごとのプロジェクト学習を行っているのである。

イシスは大学の設置基準の規制も基準協会の評価も受けない。保護者からの就職圧力もない。江戸時代の私塾のように、「あなたは何をどう感じているのか」「どのように生きようとしているのか」という対話や議論を基軸にインプットを把握し、ニューロ・ダイバーシティの社会に位置を占める可能性がある。

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【遊刊エディスト】

昨年9月にスタートしたイシス編集学校によるソーシャルメディア。イシス編集学校の稽古のプロセスや学び手のプロフィール、編集術、編集工学のコラムなどが日々更新されている。田中優子氏のインタビューも全文掲載中。

【アルス・コンビナトリア】

17世紀のドイツの哲学者・数学者のライプニッツによって提唱された概念。アート・オブ・コンビネーション(=結合術)のことで、異なるカテゴリーを組み合わせて新たな価値を生み出す方法を指す。「アルス・コンビナトリアPROJECT」は松岡正剛によって命名されたもの。

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【田中優子先生プロフィール】

法政大学社会学部教授、国際日本学インスティチュート(大学院)教授。2014年度より法政大学総長。専門は日本近世文化・アジア比較文化。『江戸の想像力』で芸術選奨文部大臣新人賞、『江戸百夢』で芸術選奨文部大臣賞・サントリー学芸賞。松岡正剛氏との共著『日本問答』、その他著書多数。イシス編集学校では守・破・離・風韻講座を修了。世界読書奥義伝[離]では、最優秀賞にあたる「典離」を受賞。

【イシス編集学校】

校長は松岡正剛氏。文中で言及されている「特性あるインプット」をイシスでは個々人がもつ「注意のカーソル」として重要視する。また、「イシス・モデル」の可能性として示された小グループ教育は、10人程度の仮想教室による編集稽古として実施されている。

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