【脳科学と教育】開一夫・東京大学教授インタビュー

教育現場で脳科学の知見を活用する動きが広まっている。脳科学によって、教育にどんな可能性が開かれるのか。工学的なアプローチから「赤ちゃん」の認知のメカニズムに迫ってきた開(ひらき)一夫・東京大学教授は、昨年から神奈川県横須賀市の三浦学苑高校で、授業を受けている生徒の脳の血流量をリアルタイムで計測する研究を行っている。開教授に、ICTの活用が学びにどのような影響をもたらすのかを聞いた。


本質は発達の中にある
――工学的に人間の認知を解明するために、特に「赤ちゃん」を対象に研究されていますが、それはなぜですか。

20年ほど前、科学技術振興事業団(現科学技術振興機構)の「さきがけ研究21」という若手研究者向けの研究グラント(競争的資金)に、「ロボットを赤ちゃんの発達モデルに用いる」というアイデアを応募し、採用されたのがきっかけです。ロボットを人間の発達モデルに用いることは、当時としては世界的に見ても画期的だったと思います。

「赤ちゃん」を対象にした認知発達の研究で知られる開教授

今、人工知能(AI)が人間の能力を追い越すシンギュラリティー(技術的特異点)が訪れるのではないかと騒がれています。現在は機械学習の研究が進み、コンピューターの処理能力も飛躍的に向上していますが、まだシンギュラリティーまでには相当の隔たりがあると感じています。

だからこそ、本質は発達の中にあるのではないかと考えています。例えば、子供が一つの言葉を覚えるとき、機械学習のように膨大なデータを読み込んでいるわけではありません。親や友達との会話だったり、テレビの映像だったり、そういった環境の中で言葉を習得しているはずです。これをロボットに置き換えるならば、データの量よりも、「何をデータとして与えるか」が重要だということです。

――今の子供は、スマートフォンを使ってインターネット上の膨大な情報に触れています。こうした環境は教育にどんな影響を与えるのでしょうか。

視力の低下や運動不足の心配は別として、私はスマホやタブレット、コンピューターは制限をかけずに使わせていいと思っています。一方で、それらのICT機器を使えば頭が良くなるかといえば、そうではないということも心にとどめておくべきでしょう。

スマホやタブレットは紙や鉛筆と比べ、メディアとしても特殊だと思いますが、デバイスの開発過程を振り返ると、タッチパネルのように、紙や鉛筆のような感覚で使えるようになると普及する傾向があります。

では、紙・鉛筆とデジタルデバイスの決定的な違いは何か。それは、簡単に他者とシェアできるかどうかです。昔みたいにノートの貸し借りをしなくても、黒板の板書を写真に撮って簡単に共有できる。その分、他者とのソーシャルなインタラクションは減っているとも言えます。

それから、「覚えなくなっている」ということは確実に言えるでしょう。でもそれは、文字が発明されたときから、すでに起こっていることです。人類の長い歴史から見れば、文字が登場したのはつい最近のことです。それまでは覚えないといけないことは口承で伝えられていましたが、時代とともにそういった能力は必要とされなくなってきています。

そういう時代の中で、スマホやコンピューターが学校に入ってきたときに何が起こるか。想像力を働かせてほしいのですが、1人に1台ずつコンピューターを渡しさえすれば、学力が上がるといった短絡的な話ではないということです。

ICT化の一番のメリットは、ログを取れるようになることだと思います。それまでの紙と鉛筆では、最後に出てきた答えしか確認できなかったのが、ICTでは答えにたどり着くまでの過程や、普段どんな勉強をどのタイミングでどれくらいしているかなどが分かります。そうしたログのメリットを高校生に適用しようとしているのが、三浦学苑高校での研究です。

ログを取ることで授業が変わる
――三浦学苑高校では、どのような研究に取り組んでいるのですか。

生徒と教師の頭に装置を取り付けて、授業中の脳の血流量を測定しています。近赤外線分光法(NIRS)といって、皮膚の外側から光を当てて、内部から戻ってくる反射光によって血流量を測定するのです。

三浦学苑高校で始まった脳の血流量を測定する実証研究

それでどんなことが分かるかというと、生死の判定はもちろん、その人が起きているかどうか、考えているかどうか、平常と違うかどうかなどを見られます。この脳の状態と、スマホやタブレットを使った学習のログを同時に分析すれば、例えばワークシートにただ漫然と書いているだけなのか、それともしっかり考えて書いているのかも分かります。あるいは、問題に対してその生徒が余裕で答えられたのか、難しいと感じながら解いたのかも分かるわけです。

研究は、政府のSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)として進めているものと、科学技術振興機構のCRESTの枠組みで進めているものがあります。前者は実際の教室の授業で、後者は統制した環境で、私たちが作成した問題を生徒たちが解く過程を研究しています。その成果はまだ発表していないので、ここでは話せませんが、かなり面白いことが分かってきたのは確かです。

――脳科学で得られた知見によって、教育はどう変わるのでしょうか。

例えば、現状の入試は膨大なコストをかけて難しい問題を作成・出題し、志願者を選別しています。しかし、それはあくまでも点数に基づく選別であって、本当の意味での学力を測定しているわけではありません。

例えば、センター試験の国語では、作品を読む前に問題文と選択肢を確認することが鉄則とされています。つまり、志願者は入試問題の傾向を分析し、それに対応した解き方を獲得すれば、かなりの高得点を取ることができるのです。

英語の試験では、よく文章の一部が空欄になっていて、そこに入る単語を入れる形式の問題が出ます。それだって、英語のネーティブの人のように、前後の文脈を読み取って答えられる生徒はほとんどいません。多くは、暗記した文法と選択肢を見比べながら解答しているはずです。そういうトレーニングをしていては、英語がいつまでたっても上達するはずがないのは当たり前だと言えます。

学校の授業や入試で本質とずれたことが行われていて、生徒の学力が入学時と卒業時でそれほど変わっていないのだとすれば、学校教育の存在意義とは何なのでしょうか。授業を通じて、生徒の本質的な学力を伸ばすことが学校の責任のはずです。テストでは測れない、本当の学力の伸びが分かるようになれば、入試や授業の在り方も変わってくるでしょう。

今、教師が置かれている状況は大変です。そうした中で、ログをもっと気軽に活用できるようになれば、テストに費やしていたコストやエネルギーを探究的な学びに費やせるようになります。仕事が楽になり、なおかつ楽しくなるのではないでしょうか。

(聞き手・藤井孝良)


【プロフィール】

開一夫(ひらき・かずお) 東京大学大学院総合文化研究科広域システム科学系教授。専門は「赤ちゃん学」発達認知神経科学、機械学習。工学的アプローチから乳幼児の発達メカニズムの解明や人間へのロボットやメディアが与える影響などについて研究する。著書に『赤ちゃんの不思議』(岩波新書)、『ソーシャルブレインズ』(東京大学出版会、編著)など多数。研究成果を踏まえ、監修した絵本として『もいもい』などがある。

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