【探究と方法2】国語教育を変える「思考プロセスの自覚」(金蘭千里中高国語科教師 川野貴志)

新学習指導要領が重視する「探究」とその「方法」をテーマに、方法の学校・イシス編集学校の学びを経て各方面で活躍するメンバーがいまの教育課題を突破する見方やヒントを伝える連載「探究と方法」。第二回、金蘭千里中高国語科教師の川野貴志氏が担当する。

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国語教師は国語の勉強をしたことがない

国語教育には、定番のアポリア(難題)がある。国語の教員の多くは、学生だったときに国語が得意であったのに、国語の勉強をしたことがほとんどない。苦手な友人に「どうやったら得意になれるのか」と尋ねられても、明確に答えられたことはない。「勉強しなくても点数が取れるから助かる」くらいに考えていたまま教員になって、「国語ができない子をできるようにする」というミッションと本格的に戦わなければいけなくなるのだ。

自分がどうやってできるようになったのか、その方法が分からないのだから難題だ。何かを生徒に暗記させれば解決する話ではない、生徒がものを読んでいるときの頭の動かし方に関わらなければいけないのだと考え続けていたところで、松岡正剛『知の編集術』を読んだ。

頭の中の情報を動かす行為を全て「編集」と呼び、徹底的に向き合ってきた人がいることを知り、自分が求めている国語教育の解決策がここにあると直感した。イシス編集学校に入門したのは2009年4月のことだ。

探究的な授業と教師の素養

「学衆」と呼ばれる編集学校の受講生は、初級コースの講座の中で、「コップの使い方をたくさん挙げましょう」「オリジナルのことわざを作りましょう」といったエクササイズをこなしてゆく。想定された正解のある課題ではないので、実にさまざまな発想から回答が寄せられるのだが、師範代と呼ばれる編集コーチは、どんな回答が寄せられても動じずに、とても上手に学衆を褒めてゆく。これでみんな参ってしまう。

師範代が褒め上手である秘密は、受講者から寄せられる回答を、ただ「何を書いたか」で評価するのではなく、「どのように考えたか」を逆算して受容してみせているところにある。編集コーチを養成する「花伝所」という講座で、師範代候補生はまず、回答から回答者の思考プロセスを読み解き、それを受講者に明示的に言葉でフィードバックすることをたたき込まれる。これこそ、現在の教育現場の最前線に立つ教育者に、もっとも求められる素養ではないだろうか。

詰め込み式の受験を通過してきた現在の教育者にとって、探究的な授業の展開に当たりもっとも戸惑うことの一つが、決まった正解のない空間の中で、どのように生徒の評価をしてゆけばよいのか、ということだろう。

実は百人百様の答えを寄せられたとしても、その一人一人に「あなたはこのように考えたからこんな答えが出てきたのだね」と方法的な言葉で返事をしてゆくだけで、とても充実感のある学びを提供できるのだ。

多くの人間にとって、自分自身がどのような経路で考えたのかはブラックボックスになっている。思考プロセスを自覚できるように導くことは、人間が自分自身の思考を柔軟にコントロールできるようになる第一歩なのだ。どんな考え方も受け付けられる教育者だけが、変化や多様性に戸惑わない強靱(きょうじん)な思考を育てることができる。

これは、ただ「いいね」とゴーサインを繰り返すこととも異なる。狭い考え方を強要するよりははるかにましだが、「いいね」だけでは生徒の探究的な姿勢を強化していくには及ばない。

授業に編集的な瞬間が訪れる

ひとりの生徒が、一見見当外れな答えを発言すると、教室がどっと沸く。そんなときに「編集的教員」は教室で師範代になり、その答えがどんな機序で生み出されたのかを読み解いてみせ、その発想の正当性を保証してやり、それはヘンテコな答えなどではなく、創造的なアウトプットだとたたえてやる。沸いていた教室は少しだけ静まりかえり、変人扱いされていた生徒に、ちょっとだけリスペクトが寄せられる。授業に「編集的な瞬間」が訪れる一コマだ。

実際、編集学校には、かつて学校で異端扱いされていた経験がある人も多く、自分の「角度のついた」発想を喜んでもらえることに感激する人ばかりだ。学校の教室は、もはや「先生が想像する正解を当てるゲーム」を終えなければならない。

実は国語の時間に「読解力」を育んでいく上でも、生徒自身が「読む」という頭の中での行為を分節化できるようになることは、絶対に欠かせない手続きである。「活字を順番に見る」ときに、頭の中でどんなことが起こっているのか、そこに自分で注目することが、全ての始まりになる。

師範代を養成する「花伝所」のプログラムは、たかだか数カ月の長さしかない。しかしながら、日本の教員が多様な思考プロセスを受容する姿勢を体系的に学ぶには、十分な時間なのだ。

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【花伝所】

イシスでは、[守][破]のコースを修了すると師範代として伝える側にロールチェンジをするための[ISIS花伝所]というコースがある。コーチを育成する講座である。入門すると学習者の回答から方法を取り出す訓練を徹底して行う。

【リバース・エンジニアリング】

工学的に分解、解析を行い、その動作原理や構成要素を明らかにすることを指す。本文で「どのように考えたかを逆算する」ことをイシスでは思考のリバース・エンジニアリングと捉える。花伝所で鍛錬する根幹の一つ。

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【川野貴志氏プロフィール】
川野貴志(かわの・たかし)

金蘭千里中高国語科教師。2009年イシス編集学校入門。守破離、花伝所、風韻講座を修了。イベント[ISIS FESTA]では探究学舎の宝槻泰伸、教育改革実践家の藤原和博との対談で、イシス側の登壇者として丁々発止の教育論戦を繰り広げた。

【イシス編集学校】

校長は松岡正剛。イシス編集学校の「イシス(ISIS)」は、「Inter-active System of Inter Scores」の頭文字をとった略称。新しい価値の創出には異なるスコア同士を掛け合わせることが不可欠だ。イシスは、その方法を相互にアクティブに学習していくシステムである。相互に交わし合うことで、探究への好奇心を引き出すところにその特徴がある。

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