【心理的安全性】教室の安心と不安

「心理的安全性」とは、「サイコロジカル・セーフティ(psychological safety)」を日本語に訳した心理学用語で、グーグル社が2015年に約4年かけて自社内での研究を発表した結果、近年ではビジネスシーンでも注目を集めるようになった。この「心理的安全性」は、学校の中ではどのよう捉えることができるだろうか。組織開発ファシリテーターとして、長年にわたりビジネス現場や教育現場の組織開発を手掛けてきたナガオ考務店代表取締役・長尾彰氏に聞いた。(全3回)

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「心理的安全性」とは何か?
――「心理的安全性」とは一体何でしょうか。

僕は「心理的安全性」は、人と人との関係性の捉え方の問題と考えています。誰かから誰かへ、一方的に与えられるものではありません。つまり、「あなたに心理的安全性を授けよう」と、授けられるものではないのです。

心理的安全性という概念を最初に提唱したのは、ハーバード大学で組織行動学を研究している、エイミー・C・エドモンドソン教授です。エドモンドソン教授は心理的安全性の定義について、1999年に発表した論文「Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams」の中で「チームにおいて、他のメンバーが自分が発言することを恥じたり、拒絶したり、罰を与えるようなことをしないという確信を持っている状態であり、チームは対人リスクをとるのに安全な場所であるとの信念がメンバー間で共有された状態」と述べています。

「心理的安全」の反対は、「心理的不安」です。この2つは、セットで語られるべきものだと思います。心理的安全は、心理的不安を取り除くことで生まれるもの。しかし、人が何に対して不安を感じるかは、人それぞれですよね。だから、何を不安に思うかをお互いに理解することで、おのずと不安にならないことを選ぶようになるはずです。つまり、お互いのことをよく知ることで生まれる「関係性の状態」の話なのかもしれません。

情報の非対称性が不安を生む

別の視点から考えると、心理的安全・心理的不安は、集団における「情報の非対称性」という言葉でも説明することができます。人と人との関係において、お互いが知っていることの内容やレベルが一緒であれば、見えている景色がだいたい同じなので、心理的に安心できます。一方で、片方だけがよりたくさんの情報を持ち、お互いの情報が非対称になると、情報の少ない方は目隠しされているような状況なので、心理的不安が生まれます。

自身も小学生時代に担任との関係性から不登校になったという長尾氏

多くの公立学校の教室で、35~40人1クラスの学級運営が成り立つのは、情報の非対称性がベースにあるからだと感じます。つまり、先生が子供よりも圧倒的に多くの情報を持っているから、授業が成り立っているのです。

しかし、昨今のオンライン社会においては、先生と子供の情報の非対称性が損なわれ始めています。ネットで調べれば何でも出てくるし、子供同士の個別のやりとりについては、先生と子供の情報の非対称性が逆転していることもあります。「教室で起きている出来事なのに、先生だけが知らない」といった状況も生まれる。そうなると、先生側の不安が募るでしょう。

――集団の中で、情報の対称性を常に担保するのは難しいのでは。

情報の非対称性から生まれる不安を解消していくには、自分の中の不安をオープンにできればよいと考えます。つまり、不安に思ったことを素直に、正直に開示していくことです。「こんなことを言ってどう思われるか不安だ」と思うこともあると思いますが、勇気を出して言うことで自分の不安を解消していくことができます。

過度な役割意識も不安につながる
――心理的不安は、教員にも生まれるのですね。

子供だけのものではなく、大人や教員にも生まれます。大人と子供、先生と子供という関係性においては、「こうでなければいけない」という思い込みから生まれる不安も多くあります。

例えば、「子供になめられてはいけない」と思っていると、「なめられているかもしれない」と感じた瞬間に不安が生まれます。案外、大人の不安は、そういった過度な役割意識や「こうでなければならない」という思い込みから生まれるものが多いのかもしれません。

「先生だからこうしなきゃいけない」「大人だからこうするべき」という役割意識を手放して、子供を不完全なものとして扱わず、たとえ未熟さを感じたとしても一人の独立した人間として敬意を持つことができれば、不安をオープンにしていくことができると思います。

お互いに対する敬意と尊重の念が大切だという

自分のクラスが騒がしくなったとき、「他の先生はどう思うだろう」という不安が生まれることもありますよね。「あのさ、みんながこうやって騒いでいると、他の先生に後で何か言われないかなって、先生は不安なんだよね」と子供たちに言うのは、かなり勇気がいるでしょう。しかし、そう打ち明けることができれば、子供たちは「先生がぶっちゃけてくれた」とむしろ安心することもあると思います。

「教員はこうあるべき」とか、「なめられてはいけない」という思いが強ければ、なかなかこんなことは打ち明けられないですよね。こういう本心をオープンにしていくためには、「先生だから」という役割意識を少し緩めて、自分自身も子供たちも、一人の人間として対等に尊重する気持ちが必要です。

心理的安全は人と人との関係性の問題ですから、お互いに対する敬意や尊重の気持ちがお互いの不安を解消し、心理的安全性を高めていくためのベースになると僕は考えています。

心理的安全性と学習効果
――心理的安全性は、子供たちのどんなメリットにつながりますか。

心理的安全性が確保されていると、「授業に集中するための心理的な準備が整う」という効果が期待できると思います。学びに対する準備、「レディネス」という言葉で表現できます。

例えば、対人関係などで何か不安があれば、授業の内容よりもそっちのことで頭がいっぱいになってしまうでしょうから、学習効果は下がります。余計なことを考えなくて済むようになれば、授業の内容がすっと頭に入ってくる状況になると思います。

――授業の内容が分からないことに対する不安や「恥ずかしい」という気持ちもなくなりますか。
長尾氏は「エア社員」というユニークな肩書で全国の企業に籍を置く

「分からないことが恥ずかしい」という感情は、一概に悪いものではないと思います。それは、「何を学ばせたいか」という先生の意図や目的次第ではないでしょうか。「恥ずかしい」という気持ちを、「もっと学びたい」という原動力に変えていくやり方もあります。

心理的安全性は、「分からないことが恥ずかしい」という気持ちを解消するためのものではありません。何でも話せることが、心理的安全性につながるとも思えません。「恥ずかしいと思うことは当たり前さ」というような余白を残すくらいの状態の方が、僕は心理的に安全だと感じます。

(先を生きる取材班)

【プロフィール】

長尾彰(ながお・あきら) ナガオ考務店代表取締役、(一社)プロジェクト結コンソーシアム理事長、茂来学園大日向小学校理事。日本福祉大学卒業後、東京学芸大学で野外教育学を研究。冒険教育研修会社、玩具メーカー、人事コンサルティング会社を経て独立。企業、団体、教育、スポーツの現場など、約20年にわたって3000回を超えるチームビルディングを実施。現在は複数の法人で「エア社員」の肩書のもと、事業開発やサービス開発、社内外との横断プロジェクトを通じた組織づくりをファシリテーションする。著書に『宇宙兄弟「完璧なリーダー」は、もういらない。』『宇宙兄弟 今いる仲間でうまくいく チームの話』(ともに学研プラス)がある。


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