「卒業証書は手渡し」千葉・市川市の休校判断に苦情なし

政府による全国一斉休校の要請に国会審議やネット上では不満と反発が根強いが、新型コロナウイルス(新型肺炎)の感染者が一足先に確認された千葉県市川市では、政府の休校要請に先駆けて独自判断で2週間の一斉休校を決め、学校から保護者に事前メールを送って、ほとんど苦情がないまま休校期間を乗り切ろうとしている。近く行われる卒業式では、保護者が式場で見守る中、児童生徒一人一人に学校長が卒業証書を手渡す予定だ。教員は学習進度にあわせた教材を事前配布した上で、家庭訪問などを通じて教え子たちの動静に気を配り、ネット環境を利用したデジタル教材やLINEを通じた学習支援教材も活用している。3月10日には春休みまでの休校延長を決める一方、卒業式と入学式、修了式や始業式を対面で実施することを確認した。一斉休校と向き合う市川市の取り組みと首長の判断を紹介する。

(編集委員 佐野領)


一斉休校は市教委のアイデア

市川市で新型コロナウイルス感染への懸念が一気に高まったのは、2月25日、千葉県が同市内のスポーツクラブを感染者3人が利用していた、と発表したときから。間もなく、このスポーツクラブの利用者に市内の学校に勤務する教職員が含まれていることも分かった。

市教委の動きは早かった。翌26日には、市内の小学校39校(児童数2万1937人、義務教育学校を含む)と中学校16校(生徒数9463人、同)などの一斉休校に向け、臨時校長会を開いて学校現場の意思統一を図った。

村越祐民・市川市長は「私としては、休校措置はやりたくなかった。小学6年生、中学3年生にとって卒業前の大切な時期。一生の思い出を作るときに『学校にくるな』というのは、非常につらい判断だった。しかし、一斉休校は、教育委員会の現場から出てきたアイデアだった」と明かす。

市当局と市教委は、限られた時間の中で、周到な準備を試みた。村越市長が27日午前10時に記者会見を開き、2月28日から3月12日まで2週間の一斉休校を発表することになった。それに先立ち、市教委は26日午後に開いた臨時校長会の席上、学校から全ての保護者に直接メールで連絡するよう申し合わせ、同日夜には各学校から一斉休校と児童生徒へのケアについて説明するメールを保護者に送付した。

「一斉休校にほとんど苦情がこなかった」と話す村越祐民・市川市長

市教委教育センターによると、同市の小中学校では今年1月、「Windows7」のサポート終了に合わせて学校用のパソコン設備を刷新。同時に2月からデジタル教材を授業に取り入れる準備を整えたばかり。その一環として、学校が保護者のメールアドレスを把握し、緊急連絡に使える体制ができていたことが奏功した。

「一斉休校という大きな決断を発表したのに、市川市の場合、ほとんど苦情がこなかった」と、村越市長は振り返る。政府が一斉休校の要請でさまざまな批判を受けているのとは対照的だ。その理由について、村越市長は「市教委がボトムアップでもんできたアイデアで、校長会を開いて学校現場の意思を事前に確認したことが大きい。さらに、市長が発表する前に、学校から保護者に連絡したのも正解だった。まだ国の要請が出る前の段階で、市当局と市教委が自分たちで判断して決めたのが良かった」と話す。

デジタル教材・LINE「できることは何でも活用」

村越市長が記者会見を開いた2月27日、市内の小中学校では、翌28日に始まる一斉休校の準備に追われた。前日の臨時校長会では、休校期間中、教員が家庭訪問などを通じて子供たちのケアを続ける方針が決まり、各学校の教員たちは大急ぎで家庭学習用の教材を2週間分用意して児童生徒に配布した。休校明けには補習授業も検討している。

デジタル教材の準備も並行して進めた。2月から授業用に導入した小学生用「ジャストスマイルドリル」と中学生用「ドリルパーク」を家庭学習用に利用できるよう保護者に通知。家庭のパソコンからログインすれば、教員が児童生徒の学習進度をみながら課題を出せる態勢をとった。

さらに、3月1日にはLINEが市川市に本拠を置く学習塾、市進学院などと共同開発した中学生用学習支援教材を市川市向けに無料提供することになり、英語の問題と国語・数学・社会・理科の授業の動画がスマートフォンで利用できるようになった。市役所業務の電子化で共同事業を進めているLINEに、村越市長が声をかけ、同社が休校開始からわずか2日間でサービス提供にこぎつけたものだ。

LINEみらい財団によると、市川市向けの「休校学習サポート@市川市」には、3月11日現在、市内の中学生数の6割を超える6277人が登録している。LINEの休校サポート教材は現在、全国で利用できるよう無料公開されており、13万1982人が登録しているという。

市教委教育センターの早川淳子所長は「休校期間中のケアは、全ての児童生徒を対象に、家庭訪問なども含め、教員が対応するのが基本。パソコンやタブレットは全ての児童生徒が持っているわけではないので、デジタル教材の役割は、あくまで教員によるケアの補完と位置付けている。ただ、緊急事態なので、できることは何でも活用しようと考え、授業用のデジタル教材を家庭学習で利用できるようにした」と説明する。

こうしたデジタル教材の活用について、保護者からは「子供が楽しそうに使っている」「いい教材を提供してくれて感謝している」といった声が各学校に寄せられているという。

当初から「卒業式は絶対やる」と決めていた

市川市の一斉休校には、このほかにも大きな特色がある。学年末の大切な時期だけに、「卒業式と修了式は絶対にやろう」と、当初から決めていたことだ。3月12日に予定した中学校の卒業式を16日に変更して、実施する。

村越市長は「来賓の祝辞は止めていい。感染防止のために在校生も参加しなくていい。ただ、卒業生と保護者はきちんと式場に顔をそろえ、校長が一人一人の卒業生に卒業証書を手渡ししてほしい。保護者はそれを見守りたい。これを大事にするのが、保護者の要望だ」と指摘する。市長自身、小学6年生の子供を持つ父親でもある。卒業式の実施について、市教委の判断も同じだった、という。

もうひとつの特色は、小中学校、特別支援学校だけではなく、公立の幼稚園や学童保育、放課後保育クラブなど児童生徒が集まる全ての施設を休校・休園にしていることだ。複数の子供が集まる施設を全て閉める判断は、政府の要請よりも厳格で、北海道など他の自治体にもあまり例がない。「一部の施設を開けたら、そこに児童が集まるのだから、学校を閉める意味がなくなってしまう」(村越市長)との判断だ。

こうした独自の一斉休校について、市川市と市教委は3月10日、「教職員の中で発熱者などの増加は見られず、学校・幼稚園における集団感染は回避されたと考えている。しかしながら、市内の感染者の増加傾向も続き、警戒を緩めることはできない」として、一斉休校を春休みが始まる3月25日まで継続すると発表した。休校の長期化で子供の自宅待機が困難になる家庭が出てくることから、13日から25日まで、やむを得ない事情のある家庭に限って、小学生を対象に、各学校で一時預かりを実施する措置も決めた。

小中学校の卒業式と各学年の修了式は「休校中とはいえ、子供たちの気持ちを考えると、クラスメートと再会できないまま進学や進級することは、教育的配慮からも回避すべき」だとして、感染防止策を講じた上での実施を改めて確認した。仮に新年度に休校が継続されている場合でも、入学式と始業式は実施するとしている。

村越市長は「公教育が関われないことにどこまでチャレンジできるか、市教委のメンバーとよく語り合う」と話す。「教育長は義務教育に含まれない幼児教育を重視して、小学校につなげることを考えている。市内には特色のある夜間中学もある。今後は義務教育学校をもっと増やして、市立高校も持ちたい。小中高の一貫で、障害があろうとなかろうと、どんな子供も受け入れ、地元から社会に役立つ子供を育てたい。そんな夢を一緒に話し合うのは楽しい。そういう市当局と市教委の信頼関係が元々あったので、一斉休校を先駆けて判断できた」と背景を説明する。

そうした信頼関係があっても、首長の判断は重い。国の要請や他の自治体の前例がほとんどない段階ならば、なおさらだ。「一斉休校の決定にあたって、担任の先生が家庭訪問する、という説明が最初にあった。『それだったら、大丈夫』と思った。デジタル教材やLINEの協力はとてもありがたい。けれども、先生と児童生徒が直接触れ合い、薫陶の機会をどう担保するかが、やはり大事だと思う。それが担保されている限り、期間を区切った休校は、子供の感染リスクを避けるために、賢明な判断じゃないか、と考えた」

こう語る村越市長は「次の難しいポイントは、春休みが明けたとき。始業式をやって、普通の状態に元に戻っていけるのか、今の悩みどころだ」と述べ、表情を引き締めた。


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