【大前流 教育改革案】「エリート教育を嫌うな」

「平成の30年間において、OECDの中で日本だけがこんなに衰退し、GDPも給与も伸びなかった。教育のみが唯一、この状況を変えられる」と、経営コンサルタントでビジネス・ブレークスルー(BBT)大学学長の大前研一氏は語る。第2回は、世界で戦える人材を海外の学校がどう育成しているのかと、それに負けない児童生徒を育てるために日本の教員ができることを聞いた。

(聞き手・教育新聞編集部長 小木曽浩介)

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STEAM教育と英語
――大前さんから見て、いま学校教育がうまくいっている国はどこですか。

インドはフォーチュン500社(米フォーチュン誌が毎年発表する上位500社のリスト)の全てに、副社長以上の人材を提供しています。インドという国は、国そのものにはいろいろ問題がありますが、人材育成という観点では、世界の経営陣の中で活躍できる人材を大量に輩出しているわけです。世界に通じる経営人材を育てる、あるいは、IT人材をつくり出すことにおいてはトップですね。

のみならず、医者、税理士、会計士、弁護士などの高度な専門職が、世界中で最も多いのもインド人です。米国へ行っても、英国へ行っても、プロフェッショナルと呼ばれる職業の3分の1はインド人といった状況です。

諸外国へ出たときに活躍できる能力を、インドの学校は育てているわけです。国そのものの経営はさておき、世界で通用する人材をつくるという意味においては、インドという国は非常に優れた人材育成システムを持っていると言えますね。

――インドの教育は具体的に何がいいのでしょう。

基本的にはSTEAM教育と英語です。インドは言葉が非常に複雑なので、金持ちは若いころから英語を学びます。富裕層でなくとも、貧乏を逃れたいという強い欲望があると、英語もITも懸命に勉強するんです。これが一番の近道かもしれませんね。極限の貧乏、1日2ドルも稼げないようなところに育つと、それを越えていきたいという強い熱意が一部の人には生まれます。

実はITで活躍している地域を見ると、同じ要素があります。つまり、国民が「この国に依存していたらだめだ」と強く思っている地域です。例えばフィリピン。フィリピンでは教育機関にはまだIT環境が整備されていませんが、若者は食い詰めた結果、勝手にITを勉強し、ハッキングなどをして憂さ晴らしをするんです。

実はコンピューターウイルスの対策ソフト会社の多くは開発をフィリピンで行っているのですが、その理由は、安くて優秀な人材がいるからです。フィリピンの子供たちは勝手にハッカーをやって、才能が出てくると、そういう大手企業に採用されるんです。これは、絶望の中から出てくる能力なんですね。

また、同じくITで活躍しているベラルーシという国がありますが、ここにはルカシェンコ大統領という独裁者がいましてね。国を逃れたいと思ったら、英語とITを勉強するしかない。文学系を選ぶと、共産主義のドクトリンみたいなのばかりだから、誰も選ばない。他にもイスラエルとか台湾とか、将来に不安がある国や地域では世界のどこに行っても生きていけるように、英語とICTを遺伝子に染みこませるほど勉強するのです。

つまり「絶望的な国」というのが共通項なんです。

日本人に欠けている危機感
――日本は、そうした状況にはありませんね。

昔は日本もそうでしたよ。私は松下幸之助さんや川上源一さんらのコンサルティングもしてきましたが、彼らには「こんな狭い国にとどまったら将来はない。世界化しなきゃいけない」という危機感がありました。

農家も食い詰めたらブラジルやペルーに移民していった。今は霞ヶ関に陳情に行ったら、お金が空から降ってくる。「決死の覚悟」はどこに行っても見当たらない。日本人は生きるために、いい生活をするために、勉強するインセンティブがなくなってしまったのです。これが世界で活躍できる日本人が見当たらない最大の原因です。表面的な学習指導要領の変更などで変わるとは思えません。

「教育だけが、この状況を唯一変えられる」と大前研一氏

現在の日本は親も学校も、それから政治の世界も官僚も、誰も国家の将来に危機感を持ってない。むしろ国は国民に、親は子供に、危機感を植え付けないようにしている。

平成の30年間において、OECDの中で日本だけがこんなに衰退し、GDPも給料も伸びていないのに、誰も危機感を持たないのは異常ですよ。

「この国はだめで、このままだと食い詰めて路頭に迷う」という、国家や自分の将来に対する危機感を持っていたときの日本は強かったんです。

そして教育だけが、この状況を唯一変えられるんです。

諸外国のエリート教育
――海外はエリート教育にも積極的です。

エリートという言葉を、日本人は非常に嫌います。エリート教育を、戦後の日本は拒否してきたんですね。しかし世界において、日本人の人材価値は低下しています。

近隣諸国を見てみると、例えば私はたまたま韓国の梨花女子大学校の国際学部で教えていますが、この大学の目標は非常にはっきりしていて、「国際的な組織でアジア部長以上になる」と学校の教育方針に書いてあります。授業も全て英語で行われています。

韓国は男社会だから、国内の会社に入っても活躍の機会が制限されるので、国際組織に入ることを明確に目指すのです。その結果、非常にレベルの高い人が集まって、その志向でもって学校を出て、そういうところに就職していく。

中国は逆に、差をつけるということを平気でやっています。清華大学とか、上海交通大学などは、エリート教育の塊みたいなところですよ。こういうところを出てきた人が、1回も米国などに行ったことがなくても、英語で普通に授業を受けています。私が訪問した際にも、滞在期間中、全て普通に英語で案内してくれましたよ。そんな人がごろごろいるんです。

深センと上海には、中欧国際工商学院(CEIBS)というEU委員会と合弁でやっているMBAコースがあります。私も何回か講演で呼ばれて行きましたが、質疑応答などを通じてレベルの高さに驚かされました。

――日本にとって、かなり手ごわそうですね。

ええ。そういう光景を見ていると、人材育成という点において、日本のみんなを持ち上げるという大量生産時代のやり方はまずいと感じます。次の世紀は、抜き出た人材のいない日本は確実に負けると思いますね。

日本の普通の学校に行き、普通の教育を受けたら、世界では戦えないでしょう。世界で活躍できる人なんか、普通の家庭で普通に学校を卒業しても出てこないですよ。まさに、人材養成機関としての学校の危機なんです。

これは複合汚染でして、文科省が一番悪いんですけども、それを支えている政治家や親、それから学校の先生も含めて、大人たちが「日本は国際的に活躍できる人材を育てていない」という危機感を持ってないところが、やはり非常に難しい点ですよね。

ロールモデルを見せる
――仮に危機感を持てたとして、日本の学校教員は何から始めればいいでしょうか。

「母源病」というのがありましてね。「母親を源とする病気」という意味です。何かというと、「あんたはちゃんと勉強しなかったら、お父さんみたいになるよ」と言って、自分の知るたった一つの事例を持ち出して、「あんなふうになるといけないから勉強しろ」と言う。もしくは、「あんた、もっと勉強しないとお父さんみたいになれないよ」と言うか、どちらかなんです。事例数が足りなさ過ぎるのです。これでは、恐らく子供はどっちにもなりたくないと思うんですよね。

日本人が世界で才能を開花させているスポーツの領域を見ると、世界中にたくさんのロールモデルがあるんですよ。高梨沙羅の前にサラ・ヘンドリクソンがいたし、スケートでもロシアの有名選手がたくさんいた。模範となるロールモデルの事例が、いっぱいあるわけですよ。

「指導方法を変えなくてはいけない」と力を込める

スポーツや音楽などは、世界的に活躍する人がたくさん出てきている。「見える化」できるところでは、負けない日本人がたくさん出てきている。全体主義的な学習指導要領もなく、全て個別指導で育っている。

だから私は、先生は児童生徒に、ロールモデルの事例をたくさん見せるようにしてやらないとだめだと思います。

子供たちが目指したいと思う「人」の事例をロールモデルとして語ったり、ロールモデルとなるような人を指導してつくり出したりする見当をつけないといけません。私がいま、日本の教育がものすごい危機にあると言っているのは、指導方法そのものを変えなくてはいけない、という意味なのです。


【プロフィール】

大前研一(おおまえ・けんいち) 1943年、福岡県生まれ。マサチューセッツ工科大学大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク。その後は経営コンサルタントとして各国で活躍し、経営や経済に関する多くの著書が世界各地で読まれている。いまはネットで学習できるシステムを開発し、世界中の人々に学んでもらう事業に取り組んでいる。

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