【大前流 教育改革案】「必要な教員、いらない教員」

「給料を稼ぎたいのだったら、教員でなくて他の仕事をやった方がいい。重要なのは情熱を注げるかどうかだ」「そのためには児童生徒一人一人と深く語り合い、何を望んでいるのかを理解しないといけない」と、経営コンサルタントでビジネス・ブレークスルー(BBT)大学学長の大前研一氏は語る。深刻化する教員不足と教員採用倍率の低下を、大前氏はどう見ているのか。「AIに置き換えられない教員」像を聞いた。

(聞き手・教育新聞編集部長 小木曽浩介)

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教員不足の本当の問題
――教員不足が深刻化しています。さらに教員採用倍率も低下しています。

いっそのこと、先生はゼロにしたらいい。だって、1人の人間が全員に教えられるからです。教員不足が問題だと言われますが、「教える人間」としての先生は、究極的には1人でいいと私は思っています。

実際に私のビジネス・ブレークスルー大学(BBT)では、1人の教員が世界中に散らばっている学生を相手に授業しています。サイバーの世界なら、教員1人に対する生徒数という固定概念はなくなります。

経営戦略だったら私に聞いてください。私が1人で何万人でも教えてあげます。これからの時代は、そういうものですよ。

しかし進路指導だとか、人生の相談相手だとか、そういう役割として先生を考えると、教員不足は非常に深刻です。日本がうまくいっているスポーツ、音楽を見ると、全て個人教師です。親の場合もあるし、高校の恩師の場合もありますが、これからの時代は児童生徒一人一人の個性を見極めて伸ばす「個別インストラクション」が非常に重要になります。そういう役割としての教員は必要なのです。

――そうなると、大前さんから見て、今の学校教育における最大の問題は何なのでしょう。

私は経営コンサルタントなので、経営戦略を立てるときにはまず、どんな製品やサービスを作るかを考えます。何を提供するのかを念頭に置かないと、経営戦略は立てられません。

しかし、現在の日本の学校教育には、どういう人を育てるのかというイメージがない。戦後の日本では、平均値の高い均質な人が求められました。大量生産、大量消費時代において、命令を受けたらその通りに実行することができるように、「実行力」や「理解力」を中心に育成していたと思います。その教育が正解だったかどうかは分かりませんが、これで日本は世界第2位の工業国家になれました。

「これからの時代は個別インストラクションが重要」と語る大前研一氏

ところが今は、学校はどんな人を育てるのかというコンセンサスが全くない。中教審の議論を見てもない。これは、商品のイメージを持たずに工場で何かを生産しているような、恐ろしい状況だと感じます。

教育改革も、現場の教師から聞いた都合の悪いことをたくさん書き出して、それらの修正、改善を繰り返しているだけ。どういうものを生み出すのかというイメージが全然ない。これは非常に問題です。

ティーチャーからの脱却
――そうした状況の中、教員はどうやって児童生徒を育てるべきか模索しています。

21世紀に入って、社会から求められる人材はガラッと変わりました。21世紀というのは「答えのない時代」です。

1994年に、私はデンマークとフィンランドへ視察に行きました。そこで感じたのは、将来必要とされる人材が劇的に変わってきているということでした。

デンマークでは当時すでに、学校から「ティーチャー」という言葉を追放しようという運動が起こっていました。つまり、答えを「教える」のではなく、答えを「見つける」力の養成にシフトし始めていたのです。

なぜティーチャーという言葉がダメなのかというと、「物事には基本的に答えがあり、それを教える」という前提を感じさせるからです。答えのない時代においては、教員にできるのは「生徒と一緒に答えを見つけること」なのですから。

しかし答えを見つけるといっても、正解があるわけではないので、具体的には、皆でいろいろな答えを出し合って、議論しながら意見を集約し、実行するものを選択するというプロセスになります。このプロセスをリードしていくリーダーシップ力が、これからの教員に求められる重要なスキルなのです。

答えを知っている者がみんなを従えるという「先生」の時代は終わりました。私がBBTを設立したとき、「答えのない大学」「教えない大学」として新聞に広告を出しました。いまだに正確には理解されていないかもしれませんが、われわれはカフェテリアみたいなものなのです。トレーをあげるので、自分で要るもの、要らないものを選んでくださいということです。自分で取らなかったら、あなたは飢え死にしますよ、と。

つまり、先生が教えるのではなくて、自分で学びたいものを選んで取っていく。自分で学ぶという意識です。BBTではTA(ティーチングアシスタント=教えるのを手伝う)ではなく「ラーニングアドバイザー(学ぶのを手伝う)」と呼びます。最近になってようやくラーニングアドバイザーという概念が定着してきたのですが、ここまで10年かかりましたね。

見えないものを見る力
――そうやって、どんな人材を育成すべきなのでしょうか。

それを考えるには、今の児童生徒が社会で活躍するタイミングはいつかというタイムラインをイメージすることです。現在15歳の生徒が社会で活躍する年齢を35歳から45歳と仮定すると、20年後ですよね。20年後の社会で最も活躍できる人の能力は何かということが、教育目標となる人材要件です。

その時代にはコンピューターが人間をしのいで「シンギュラリティ」が実現しているかもしれない、という認識を持つ必要もあります。少なくともコンピューターにはできない能力、コンピューターに何をやらせるのかを考えられる人材を養成する必要があります。

私のクラスのディスカッションでも、「先生、答えはなんですか」と聞いてくる受講生がいます。受験参考書の後ろの答えを見ながら質問を解いていくようなやり方が、日本の学生の頭にこびりついているので、社会に出てからも上司の答えを忖度(そんたく)してしまったり、業界の中で強い会社をまねようとしたりします。

つまり、今の日本人は自分で答えを作り出すことができないんです。しかし21世紀は、自分で答えを作りだせないと、全く通用しないんです。

だから学校教育でやってもらいたいのは、恐れずに答えのない荒野の大地に入って、答えを自分で見つけていく、あるいは仲間と見つけていく訓練です。とにかく何回もすることです。自分で見つけた答えを言語化して、みんなでディスカッションするのも、答えのない時代においては重要な訓練なのです。

――その20年後の社会で最も活躍できる人の能力とは、何ですか。

コロンブスはアメリカ大陸を発見しましたが、私は21世紀を「見えない経済大陸」の時代だと本(『新・資本論』東洋経済新報社)に書きました。サイバー社会にしても、フィンテックにしても、みんな見えないですよね。この見えない経済大陸で「事業を切り出していく能力」、いわば「見えないものを見る力」が最も重要な能力なのです。

このような力を育むことを、学校教育の基礎にしてもらいたいのですが、そうすると、先生が教え切れない。現在の教員に見えないものを見る力はないから、その力の身につけ方を教えることはできないでしょう。

これが今の学校教育の現実であり、私が最も心配している点です。21世紀は教育機関そのものが「加害者」になってしまう可能性が高いのです。これを解決していくためには、あらゆるレベルで、政治家も官僚も教員も考えなければいけません。

――では具体的に、教員はどうすればいいのでしょう。

難しく考えることはないと思います。日本でうまくいっているところを見ればいいんです。音楽、スポーツ、囲碁、将棋などでは、10代でとんでもない人が出ています。それと料理。今、日本が、世界的にものすごく能力を発揮しているのは料理の分野です。日本はミシュランの三つ星を獲得しているレストランが、世界で一番多いのです。

料理人も芸術家ですよ、やっぱり。素材を見ながら味を予見する。昔はレシピというものがあったけれど、今はないんです。料理人の頭の中にしかない。素材を見て、こんな味を出していこうと考える。これこそ日本が今、世界的に誇れる才能なんですね。

では世界的に注目されるような才能は、どのような教育で開花したか。考えれば分かります。学習指導要領に沿った教育ではないのです。

スポーツも音楽も、料理にしても、レシピのような何かの手順に沿うのではなく、見えないものを「見える化」「聞こえる化」しているわけです。あるいは、親や指導者が専属インストラクターになって、その子の個性を伸ばすための関わり方をしている。

ですから答えは非常に簡単で、「基本的に全国均一な学習指導要領なんかやめなさい」ということです。

児童生徒それぞれの才能を見て、「将来どういう人になりたいか」「どんな仕事をしたいか」を聞く。強くなってきたら、その子にふさわしい環境に導いてあげる。よりよい指導者にバトンタッチする。均一な学習指導要領さえなければ、日本人は世界的にすごい才能を出しているんです。

重要なのは情熱
――最後に、教育者として後進に伝えたいことは何ですか。

一番重要なことは、教員自身が、自分が人生で何をやりたいのかを自問自答することです。「給料を稼ぎたい」というのだったら、教員でなくて他の仕事をやった方がいい。

高梨沙羅選手や羽生結弦選手といった、個人の才能を開花させて世界で活躍している人を想像して、もし自分が彼らのインストラクターになったとしたら、彼らにどう育ってもらいたいと思うか。そのイメージを持てないのなら、教員はやめた方がいい。

「重要なのは教員自身が、人生で何をやりたいのか自問自答すること」と強調する

要するに、自分が預かった生徒にこうなってもらいたいというイメージを持てなければ、教科書を棒読みするだけだろうし、その程度の教員はAIに置き換え可能です。

「自分はこの子をこう育てたい」という情熱を注げるかどうかが重要なんです。そのためには児童生徒一人一人と深く語り合い、何を望んでいるのかを理解しないといけません。そういう教員は、AIに置き換えられない。そうした気持ちがないのだったら、教員をやめてもらいたい。

大坂なおみ選手は、たった1人のインストラクターによって、あんなに変わりました。教員は教科書の伝達官じゃない。教員の仕事は、人材を育成することです。こういう人を育てたい、この児童生徒の人生に一番いい道は何か、その道を見つけていくことを手伝いたい。そういう気持ちが必要です。

この気持ちを欠いた教員は、私に言わせれば、大勢の人に大変な迷惑をかけます。

その気持ちを自問自答して、「自分はそういう人間になりたい」と思った人にこそ、教員を目指してほしいと思います。

【プロフィール】

大前研一(おおまえ・けんいち) 1943年、福岡県生まれ。マサチューセッツ工科大学大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク。その後は経営コンサルタントとして各国で活躍し、経営や経済に関する多くの著書が世界各地で読まれている。いまはネットで学習できるシステムを開発し、世界中の人々に学んでもらう事業に取り組んでいる。


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