【脳科学×校内研修】当たり前の指導はどう変わったのか?

脳科学を活用した教育環境や指導方法に関する東京都千代田区立麹町中学校(工藤勇一校長)の校内研究発表会が先月、文科省内で行われた。同校では、教育目標である「自律」と「尊重」に焦点を当て、脳神経科学の専門家である青砥瑞人氏(DAncing Einstein代表)の協力のもと、2年間にわたり研究実践を進めてきた。脳科学の知見を取り入れることで、これまで当たり前に行われていた教員の指導がどのように変わったのか、2人の教諭の実践報告からひも解く。


「生徒指導」ではなく「生徒支援」

さまざまな学校改革で知られる麹町中学校だが、「都心にあり、優秀な生徒が集まる学校だからこそできるのでは」と言われがちだ。

しかし、工藤校長は「本校に入学してくる生徒は、私立中学受験を失敗した生徒が6~7割を占め、自己肯定感が低い。小学校時代に学校の先生や塾の先生とうまくいかなかった経験を持ち、大人を信用していない状態で入学してくる」と実情を説明する。

入学当初は、各クラス2~3人は教室に入れない生徒がいて、授業中に寝ている生徒も4~5人、登校時から下校時までけんかも絶えないという。そのため、同校では中学1年生の間を「リハビリ期」として捉え、生徒の支援に当たっている。

研究発表会では、同校の生徒指導主任で1学年主任も務める加藤智博教諭が、生徒の自律を促すためのアプローチについて発表した。

同校の教員が実践している生徒への支援は、①今、君はどんな状態なの?何を困っているの?②君はどうしたいの?③先生は何を支援すればいい?――の3つ。

生徒に対し、①でメタ認知を、②で自己決定を促す。メタ認知とは「自己を、客観的に、俯瞰(ふかん)的に捉え、自己について、学習(記憶痕跡を残)させる機能」のことをいう。

例えば、授業中に教室から出ていった生徒に対し、同校では①の支援を行う。「どうしたの?何があったの?」と問い掛けると、生徒は「今日は家で朝から嫌なことがあったから、むしゃくしゃしている」などと自分の状態について答える。

その上で、②の支援を行う。「そうか。まず、君がどこにいったか行方不明になるのだけは困るんだ。教室に戻るか、別室に行くか、選択肢があるけど、君はどうしたい?」と問い掛けると、生徒は「今日はどうしても教室に入りたくない。だから別室に行く」などと、自分の行動を自分で決める。

加藤教諭は「脳科学を学ぶ前なら、『いい加減にしろ! 授業に出ないなんてダメだろう!』と、強い口調で生徒を叱っていた。それが、教員の仕事だと思っていた」と話す。そうした指導はこれまで学校現場で当たり前のように行われてきたものだ。

メタ認知と自己決定を繰り返す

生徒同士のけんかなどのトラブルについて、加藤教諭は「以前の私は、誰が、いつ、どこで、何を言ったかを確認するなど、警察のような役目をしていた。つまり、どっちが悪いのかジャッジをしていた」と自身の指導を振り返る。

「脳科学の知見を生かすことで子供への対応が変わった」と発表する麹町中の教員ら

しかし、そうした場面でも、両者に対して①と②の支援を繰り返していくことで、生徒は自分が思い描いていた理想と現実とのギャップに気付き、「ただ謝ってほしかった」などと自分の気持ちを話してくれるようになる。

その上で③の支援を行うと、「○○さんに謝りたいから、間に入ってほしい」と教員に支援してほしいことを伝えてくる。

加藤教諭は「メタ認知と自己決定を繰り返させることで、生徒が自分の行動を自分で決めるようになる。これが生徒の自律につながっていると実感している。われわれ教員が、子供に対してどういう支援をするべきか、ようやくつかみかけてきている」と話す。

「勉強しなさい」と言わずに9カ月待った

同校の数学の授業では、約3分の2の生徒がタブレットを使って学び、残りの約3分の1の生徒が自分で用意した問題集を解くスタイルで学んでいる。いずれも、基本的にはグループで教え合う形をとっている。

こうした学び方について、中学1年生の数学を担当する上田暁教諭は「メリットは生徒同士で教え合えることと自分のペースで学べること。デメリットは、集中せずに学習と関係のないおしゃべりをしてしまうこと」と話す。

あるグループは、学習活動に全く取り組まず、しゃべってばかりだったという。上田教諭はそのグループに対し、「このままだと、彼らにとって貴重な時間が無駄になってしまうのではないか。でも、注意したら注意されなければやらない子になってしまうし…」と葛藤を繰り返していたと振り返る。

葛藤は9カ月にも及んだが、ある日そのグループの一人が少しずつ問題を解き始めた。すると隣の生徒が、それに続いた。上田教諭はすかさず「頑張っているね。分からなければ、教え合おう」と声掛けをしたという。

その後、生徒たちは火がついたようにタブレット学習にのめり込み、ある日は45分間の授業で100問以上を解くなど、1年分の問題をたった1カ月半で終わらせてしまった。

教員が手をかけるほど生徒は自律できなくなっていく

なぜ、9カ月も待ち続けられたのか。

上田教諭は自身の経験を振り返り、「私もこれまで研修が苦手だったが、自分がやりたいと思って参加した研修はとても面白かった。つまり、『自分で選ぶ』ことの大切さを実感した。今回はかなり葛藤したが、彼らの『やらない』という選択を尊重し続けた結果、9カ月も待つこととなった」と説明する。

なぜ、待つことで生徒のスイッチが入ったのか。この点について校内研究をサポートしてきた脳神経科学の専門家である青砥氏は「上田先生の対応は、ほったらかしのようでそうではない」と分析する。

「学習には、子供たちに心理的安全な状態を持ってもらうことが重要だ」と話す青砥氏

青砥氏によると、勉強をしないで怒られてばかりいる生徒の脳は「教室は勉強をやらないと怒られる場」だと認識していくという。しかし、上田教諭が生徒の選択を尊重して待ったことで、教室は怒られない場、つまり安全な場所だと認識していったのだと説明する。

「それを繰り返して、心理的に安全な状態がつくられたことが、『勉強をやってみよう』という行動につながった」と青砥氏は話す。

その理由については「9カ月間、先生も生徒も葛藤し、脳はモヤモヤしている。これは脳がトレーニングをしている状態で、成長のシグナルでしかない」と分析。生徒の葛藤を止めてしまうような指導、過保護な指導については、「せっかく自分で意思決定して行動しようとしている脳の状態をストップさせる。こうした受け止めを、大人も子供と共に学んでいく必要があるのではないか」と指摘する。

2年間の校内研修と今回の発表会について、工藤校長は最後に「この続きは日本全国の各学校で進めていただければうれしい。何より生徒たちが主役となって、自分たちで学校をつくれるようにすることが日本の教育を変えることになる」と力強いメッセージを発信した。

なお、当日の様子はYouTubeで公開されている。

(松井聡美)

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