県内屈指の進学校で教鞭(きょうべん)をとりながらも、「受験のための授業はしていない」と話す福島県立福島高校の遠藤直哉教諭。大学がゴールではなく、その先にある「その子にしかできないこと」に導く進路指導が、未来を担う人材を育ててきた。インタビューの最終回は、東日本大震災以後、福島を教育で復興させようと奮闘し続けてきた取り組みについて聞いた。(全3回)
この特集の一覧
「その子にしかできないこと」に導く進路指導
――進学校でありながらも、生徒に対して「受験のための授業はしていない」と伝えているそうですが、進路指導で重視していることを教えてください。
「君たちがどういう生き方をしたいのか、まずそれを見つけないことには大学に行く意味はない」と伝えています。その意味では、キャリア教育に力を入れていると言えますね。
キャリア教育は、つまり自分の生き方の問題です。自分がどんな力を持っていて、それをどう生かすのか、生徒自身が考えなくてはいけません。
例えば、法学に興味を持った生徒がいたとしても、「ああ、そう。じゃあ法学部ね」で終わらせません。
「なんで法学なの?」「私、少年法に興味があるんです」「少年法のどこに?」「最近、凶悪犯罪が多いじゃないですか」「そうだね、それをどうしたいの?」「うーん、もうちょっとその、法律を変えるとか……」「じゃあ、厳罰化が良いと思っているの?」「いや、そうじゃなくて、まずなぜそんなに凶悪犯罪が多いのかに興味があって……」と、どんどん掘り下げていく。
すると、「ん? それって本当に法学なの?」「あ、そうですね……、本当にやりたいのは心理学かもしれません」となる可能性もあります。

あるいは、明確に「医者になりたい」と思っているのに、成績的に足りない生徒もいます。そういう生徒には、「本当に医者になりたいって思っていないからだよ」と伝えます。
人の命を救うのは簡単なことではないし、リスクがあることも自覚させないといけない。だから、あえて「君は、自分みたいな努力しない医者に診てもらいたいか?」と問います。
すると生徒は「嫌です」と答えます。「だったら、どうしたいの?どうなりたいの?」と問い続けることで、生徒は自分がやりたい医療、自分にしかできないことを見つけていくのです。
こうして本当にやりたいことが分かると、どんどん目標に向かって努力し始めます。
――自分の持っている力を認識できていない生徒もいるのでしょうか。
言われないと分からない生徒が多いですね。また、マイナス思考な生徒も多いので、とにかく自己肯定感を少しでも高めることを意識しています。
自己肯定感を高めるためには、他者への貢献が必要です。他者への貢献は、形が見えなければ実感が湧きません。だから、「君がこんな風に成長していったら、困っている人たちがこれだけ救われるんだよ」といった具合に、その子の未来における他者への貢献が見えるようにしてあげます。
そして、目標はなるべく高く持たせます。特に理系の場合は、研究費なども大学によって大きな違いがあります。研究費が違えばできることも違うし、得られる情報量も違う。良い大学、良い環境に行くのは、学歴のためではなくて、自分の可能性を広げるためだということをしっかりと伝えます。
やりたかった教育の機会均等
――多くの授業動画をYouTubeなどにアップされていますが、きっかけを教えてください。
当初は部活動の大会などで公休した生徒のために、その日の授業を撮影してDVDで渡していました。それが2013年頃にYouTubeと出合い、そこに動画をアップするようになりました。
YouTubeで動画の公開を始めた時、「これが全ての教科でもやれたら、生徒たちはどこでも学べるのではないか」と考えました。
というのも、私が何よりやりたかったことが、教育の機会均等だったからです。福島県は、難関大進学率が全国的に見ても低い。福島県に生まれたがゆえに、将来の進学先が限定されるなんてことはなくしたいと思っていました。
決して難関大学にたくさん入れたいということではなく、学びたいと思った生徒に望むような学びを提供できるようにしたいということです。そして、YouTubeを使えば、教育の機会均等を実現できるのではないかと思いました。
――具体的にはどのような計画があったのでしょうか。
学校や県が主導して、県内の全生徒にID・パスワードを渡し、福島県中のいろんな先生の授業を自由に視聴し、質問できるようなプラットフォームを作りたいと思っていました。そうしたら、福島県の全生徒を、福島県の全教員で育てるという、今までにない仕組みができる。

本校では「manaba」(まなば)というプラットフォームを使っており、各教科の教員が授業動画をアップするなどして活用しています。
こうした取り組みを他校にも広げようとしたのですが、「『うちの学校の先生より、他校の先生の授業の方が面白い』となったら問題だろう」とか、「生徒が『動画を見ればいいや』となってしまわないか」といった反対意見があり、現状では実現していません。
私は、このプラットフォームを作ることによって、生徒に良い学びの機会を与えたいのと同時に、教員のレベルアップを図りたいとも考えていました。
なぜなら、教員には良い意味での競争がありません。ライバルもいないから、より良い指導を提供しようというモチベーションが湧きづらい。その点、このプラットフォームができて、自分の授業より他の先生の授業の方が良いとなれば、誰もが自分の授業のバージョンアップを図るはずです。
教員のレベルアップを図るには、一校だけではなく、県を挙げてやらないと意味がありません。県内の各教科で、あらゆる先生の授業動画が自由に見られるようになれば、もうそれだけで教育先進県でしょう。
私はいまだに、福島県全体のプラットフォームを実現させたいと画策し続けています。
私立から福島県の公教育を変える
――4月からは私立の学校に挑戦されるそうですね。
こども園から高等学校まである会津若松ザベリオ学園に、教頭として着任します。新たなチャレンジとなりますが、自分が「良い教育」と思っているものが、本当にそうなのかを試してみたいと思っています。

ただ、県立の教員だろうが、私立の教員だろうが、思いは一つ。福島県の公教育を変えたいということです。そのために、県立高校にプレッシャーを与えるぐらい、生徒が集まる高校をつくりたいと思っています。そうすれば、福島県の公教育を変えられるのではないか――。私立から公教育を変える方が、もしかしたら近道なのではないかと考えています。
これからどんどん時代は変わっていきます。既成概念に縛られていたら、新しいことはできません。そのために、子供たちに「縛られていない大人の姿」を見せていきたいと思っています。
(聞き手・松井聡美)
【プロフィール】
遠藤直哉(えんどう・なおや) 福島県立福島高等学校・生物科教諭。福島生まれ福島育ち。初任校の実業高校において複数名の難関大学合格者を出し、その後県内有数の進学校に異動。県内進学校同士の連携、地域との連携、授業動画配信、リベラル・ゼミ等、新しい企画を次々と立ち上げる。生徒が考えること、行動することを重視した授業に定評がある。震災後は福島県の未来を担う人材の育成に力を注ぎ、大学や企業と連携しながら高校生主体の福島復興事業を展開。2010年に文部科学大臣優秀教員表彰。