【0から1をつくる】学びの選択肢がない

これからの教育に必要なのはどんな学びなのか——。その方向性を示す事例の一つとして注目されているのが、米国カリフォルニア州にあるチャータースクール「High Tech High」だ。この学校を舞台にしたドキュメンタリー映画『Most Likely to Succeed』を見た多くの教育関係者が、今までと全く違った学校の姿に衝撃を受けている。映画の上映会を日本で始めた(一社)FutureEdu代表理事の竹村詠美氏は、上映会以外にも精力的に世界の先端教育を日本に広める活動を行っている。ビジネス界で活躍していた竹村氏を教育界へと突き動かしたものは何だったのか。インタビューの第1回は、世界との比較から見えてきた日本の教育の課題について聞いた。(全3回)

この特集の一覧

日本の教育の課題とは
――竹村さんはこれまでAmazonやディズニーの経営メンバーとして事業の立ち上げや、Peatixの共同創業に関わられるなど、ビジネス界で活躍されてきました。教育界に携わるようになったきっかけを教えてください。

私はサービスでも会社でも「0から1をつくる」ことを意識してやってきました。そのことに楽しさを感じていましたし、これからの時代に必要なことだと、自分が起業をする中で実感してきました。

これまでさまざまなスタートアップを手伝ってきましたが、日本には起業家が少ないことに危機感を抱いています。例えば大学生に対して起業の話をしても、「私には無理です」「リーダーシップなんて持っていません」とネガティブな反応ばかりが返ってきます。それまでに受けてきた教育や自身の経験から、そう思い込んでしまっているのでしょう。

こうした現状から、教育を変えなくてはいけないと思っていましたし、自身の経験を何らかの形で還元できないかと考えていました。

国内外の先端的な教育実践を見て回る竹村氏

また、Peatixを創業後に仕事の都合でシンガポールに住んでいたのですが、2014年に家族が日本へ帰国することになり、当時小学校3年生だった息子は日本の学校に編入しました。

息子は私立の小学校に入ったのですが、どうも合わないようで、楽しそうじゃない。私が見る限りはとてもいい学校で、カリキュラムには特色があるし、行事も素晴らしかった。それなのに、楽しそうじゃないのはなぜだろうという疑問が湧くとともに、これは日本の学校だけを見ても解はないのではないかと考えました。

そして15年の冬ごろから日本国内だけでなく、米国、イスラエル、イタリア、韓国などの特色のある学校、先端的な教育実践を視察して回りました。そんな中、徐々に日本の教育の課題のようなものが、私なりに見えてきました。

ドキュメンタリー映画『Most Likely to Succeed』とは、そうした活動の中で出合いました。

今のままの教育でいいのか
――『Most Likely to Succeed』とは、どのような映画なのでしょうか。

「人工知能 (AI) やロボットが生活に浸透していく21世紀の子供たちにとって必要な教育とはどのようなものか」をテーマに、さまざまな有識者や学校への取材を2年間積み重ねて制作されたドキュメンタリー作品です。

2015年の公開以来、全米の7000以上の学校や図書館、公民館などの公共施設、教育カンファレンスなどで上映されています。

映画では、米国のカリフォルニア州にあるチャータースクール 「High Tech High」に通う2人の高校1年生の成長を追いかけています。日本と同様の受験偏重型教育と、生きる力を身に付ける実践的な教育のバランスをどう考えるかなど、教育に関わるさまざまな課題について考えさせられる作品です。

私は16年から、日本でこの映画の上映会を有志で始めました。最初は、私が海外を含めていろいろな先端校を見て知識も増えてきたので、それを気軽にシェアするぐらいのつもりでしたが、今や上映会の開催回数は44都道府県で400〜500回ほどにも上っています。

――ここまでこの映画が反響を呼んだ理由をどのように考えていますか。

まず、「今のままの教育でいいのか」と思い悩んでいる先生や保護者が多いということです。上映後に対話の時間を設けていますが、多くの参加者がそのモヤモヤを語り合っています。そうしたことを話せる場自体が少ないということにも気付きました。

上映会では毎回アンケートもとっているのですが、そこでも「今の学校環境が、子供のポテンシャルや可能性を伸ばすというよりは、どちらかというとつぶしてしまっている、押さえつけてしまっているのではないか」といった声が目立ちます。

『Most Likely to Succeed』上映会では対話の時間も設けている(竹村氏提供)

また、新学習指導要領でアクティブ・ラーニング(AL)が注目されていますが、実際にALの学校がイメージできないので、知りたいと思っている方も多いようです。

文科省の方にも勉強会を通じて100人以上に見ていただきました。文科省から委託された日米のPBLを分析する事業においても、昨年度、映画の舞台の学校である「High Tech High」が訪問先の一つになりました。

日本ではどちらかというと先生主導で、全員が同じタイミングで同じものを学ぶ状況があります。片や、「High Tech High」では、100%ALと言えるような実践が行われている。では、自分たちが目指す方向とは、この両極から見てどの辺りなのか。映画を見ることで、その目安が見えてくる人もいるようです。

また、PBLやALの学びを通じ、実際に子供がどのように変化していくのか。通常、そうした取り組みをしている学校に訪問しても、定点観測でしかないので、変化までは分かりません。その意味で、この映画では、先生や生徒の1年間の成長が見られるところも、評価されている点だと思います。

新しい学びに挑戦できる環境を
――「High Tech High」など、世界の教育と日本とを比較して、どのようなことを感じますか。

日本においては特に「教育の選択肢がない」ことが問題だと思います。

米国でも「High Tech High」のような学校はおそらく全体の1~2割です。全ての学校がこうなればいいということではなく、こうした特色のある学校が各地域にあるので、引っ越さなくても学びを選ぶことができます。

日本でも少しずつ、特色のある学校が増えてきてはいますが、全国的に見れば、まだまだ足りないと思います。

学び方も、今は選べる時代です。今、世界中で注目されているのが、テクノロジーを活用する事で学びの選択の幅が広がる「ブレンディッド・ラーニング」です。学校の中でPBLや探究型の授業を選択できる学校もあります。オルナタティブな教育では、自分の学び方をきちんと理解して、それに合った授業を選ぶ「デモクラティック教育」という形もあります。学校の選択肢だけではなく、学校の中に、選択肢を増やすこともできるのです。

日本の学校においても重要なのは、学びの中で選択肢が増えていくことです。それを大人が決めるのではなく、小さいうちから子供に選び取らせることで、子供の伸びしろは変わってくると思います。

また、日本には、新しい学びにトライアルしやすい環境がないことも問題だと思います。

例えば、イスラエルは人口当たりの起業家が世界で一番多い国です。公教育もイノベーティブにしていこうという意識が高く、2年ほどのチェンジプログラムのようなものを、教育長や校長が外部のコンサルタントなどと一緒にプランを練って実施するなどしています。ある年度は小学校低学年でもっとALができるように、椅子の配置を換えてみる。それで良い結果が出れば、今度は高学年でやってみる。ある学校はSTEAM教育をやってみるといった具合に、各学校でどんどんトライアルすることが奨励されています。

日本は教育の選択肢を増やしていく必要がある

米国のチャータースクールも、「良いものは公立学校に取り入れよう」という実験校的な目的でつくられています。うまくいっている学校ばかりではありませんが、「High Tech High」の場合は、カリフォルニア州の教育長も関わって他の公立学校の教員研修も行うなど、チャータースクールに教員育成大学院を設立し、伝統的学校の教育改革を支える役目を果たしています。

日本では、実験校のような役割を教育大学の附属学校が担っているのだと思います。ユニークな授業も多く実践されていると聞きますが、現状ではどちらかというと受験校として、「偏差値が高い子供が行く学校」のようになってしまっています。

対して「High Tech High」は、生徒の半分が貧困層の子供です。学力の偏りもなく、社会の平均的な子供たちが通い、みんなを伸ばすという教育が展開されています。

格差が広がりつつある日本においても、必要なのはそのような学校です。偏差値の高い子供たちに向けた教育は、私学がすればいい。公教育における実験校では、もっと門戸を広くして新しい教育にトライし、それを全国に広める必要があると思います。

(松井聡美)


【プロフィール】

竹村詠美(たけむら・えみ) 一般社団法人FutureEdu代表理事、一般社団法人SOLLA共同代表。慶應義塾大学経済学部卒、ペンシルバニア大学ウォートンスクール・ローダーインスティチュート卒。マッキンゼーを卒業後、Amazon、ディズニーなどの日本経営メンバーとして、サービスの事業の企画や立ち上げ、マーケティングなど幅広い業務に携わる。2011年に立ち上げた「Peatix.com」は現在27カ国、400万人以上のユーザーをもつ。現在はSTEAMや21世紀教育をテーマに執筆、講演、研修など幅広く活動中。『Most Likely to Succeed』日本アンバサダー、総務省情報通信審議会委員なども務める。小・中学生二児の母。

この特集の一覧