【PISA2018】読解力低下を読み解く 新井紀子教授に聞く(下)

OECD(経済協力開発機構)の生徒の学習到達度調査(PISA2018)では、日本の子供の読解力低下が大きくクローズアップされた。この問題に対し、日本の教育界はどう向き合えばよいのか――。日本の学校のプリント学習に警鐘を鳴らす新井紀子・国立情報学研究所教授に、インタビューの第2回では学校教育への処方箋について聞いた(全2回)。

この特集の一覧

「読みなさい」では読解力は育たない
――高校の国語を巡っては、2021年から始まる大学入学共通テストで、記述式問題の導入が見送られました。この判断は読解力の育成にも影響が出るでしょうか。

2020年まで行われてきたセンター試験で、受験者数が最も多いのが国語です。その後身である共通テストの国語で記述式問題を出さないという判断がなされたことは、多くの受験生にとって学習方略が変わることを意味します。記述式があることを前提とするか、ないことを前提とするかの違いはかなり大きいでしょう。

一方で、高校は多様なので、大学入試だけがゴールではないし、高校教育の在り方は大学入試と分けて考えるべきだとも思います。そして、何を目指すべきかといえば、やはり格差の再生産と連鎖をさせないということです。全ての高校生に、卒業時点で少なくとも21世紀を生き抜ける力を備えてあげなければいけません。その意味でも、教科書や新聞などの基本的なテキストを正確に読める必要最低限のリテラシーを保障することが大切だと思います。

――PISA2018の結果を受けて、国ではさまざまな施策が始まっています。

世界的に見て、日本の学校ではICTがほとんど使われていないことが明らかとなり、コンピューターに入力する方式に慣れていないことが、PISA2018の結果と関連しているのではないかと指摘する意見もありました。昨年末、文科省はGIGAスクール構想で、1人1台環境を実現することを打ち出しましたが、これが「PISAの読解力が低いのは、日本の学校のデジタル環境がお寒いからだ」と考えての方策だとすれば、あまりにも現実から目をそらした安直な発想としか言いようがありません。

また、「読解力を上げるためには、もっと本や新聞を読ませる必要がある」という声も聞こえてきますが、それこそ非科学的です。読み方を教えていないのに「読みなさい」と言っても、読めるようにならないのは当たり前ですから。

リーディングスキルテスト(RST)で教科書や新聞を読めなくなっていることが明白な子供たちが、児童文学の名作を読めるわけがありません。児童文学であっても、作中に出てくる語彙(ごい)は多く、内容はかなり難しいのです。今の子供たちには、日本昔話ですらも難しすぎて読めないかもしれない。それなのに「本や新聞を読みなさい」というのは現実逃避以外の何物でもありません。読みの指導もしないまま行われている朝読書の時間が、その最たるものです。

プリント学習では学力は身に付かない
――読解力を身に付けさせるために、学校の教育活動の中で見直すべきところは何でしょうか。

プリント学習をやめさせることです。今の子供たちはキーワードの穴埋めばかりさせられて、ほとんど文章を書かなくなっています。それでは筆圧も上がらないし、ノートも取れない。そんな状態でアクティブ・ラーニングが始まれば、ますます書く時間は取れなくなります。そうやって小学校、中学校とプリント学習から抜け出せずにいれば、与えられた課題はできても、自学自習はできない子供になってしまいます。

プリント学習は自学自習する力を妨げると指摘する新井教授

それでも定期テストなら出題範囲が限られているので、何とか暗記で対応できるかもしれません。しかし、学年末の実力テストとなれば、全く対応できなくなるのは自明の理です。子供は、勉強の仕方も分からなければ、ノートの取り方も分からない。自分の苦手が何なのかも分からないのです。

そんな状況でタブレット端末が入ってきたら、プリント学習がデジタルに置き換わり、子供たちは検索するだけで勉強したつもりになるでしょう。そんな主体的な学びとは程遠い状態にもかかわらず、デジタルデバイスによる「個に応じた教育」が言いはやされているのは、本当に捻転しているなと感じます。

教員の指導力にも懸念があります。電子黒板の利用に慣れてしまうと、板書力が落ちます。1時間の授業の内容を板書できる教員が少なくなるでしょう。毎年同じスライドを少しずつ直しながら使い回せば楽だし、それがプリントと連動していればなおさらです。今後、子供のころからプリント学習で学ぶことに慣れてきた人が教員になれば、ますます板書やノート指導を軽視するようになり、子供の異変にも気付けなくなると危惧しています。

読解力を軸にカリキュラム・マネジメント
――今、学校や教員にできることは何でしょうか。

ここ2年ほど、東京都板橋区教委と連携して、読解力の育成を目指した「板橋区授業スタンダード」の構築に取り組んでいます。今、学校現場と話し合っているのは、「教員の教え方」の改善ではなく「子供の学ぶスキル」を上げなければ駄目だということです。

また、働き方改革も進める必要がありますので、増やすだけではなく、減らすことも重要で、「読むこと」「書くこと」を軸にしたカリキュラム・マネジメントをすることにしました。学校の教育活動の全てを「読むこと」「書くこと」に収れんさせていくのです。

例えば、小学校では週に1回、視写をしています。3分間で何文字書けるようになるか学年ごとに目標を決めて、正確に何文字書けたかを徹底的にトレーニングするのです。これをほんの数カ月やるだけで、ノートの取り方が格段に良くなります。

その成果を実感できたのは、小学4年生の理科で実施した水の対流実験の学習でした。

前時で、サーモイクラが入っているビーカーの水をアルコールランプで温める実験を児童たちは終えていました。サーモイクラは、約35度で青からピンクに変化する人工イクラです。そのビデオを再生しながら、サーモイクラの様子が特に変わった瞬間を3カ所選んで、その変化が起きた時間と状態を4~5行の文章に書きます。

小学4年生の理科でサーモイクラの変化を説明した文章(新井教授提供)

サーモイクラの状態を表現するには、動きと色の両方について書かなければいけません。例えば「サーモイクラが上がったり下がったりしながら、ピンク色になっていった」というように、「~しながら」という表現を使う必要があります。普通の小学4年生では、こうした表現はなかなかできません。でも、視写に取り組んでいたこのクラスの児童は、全員が書けたんです。驚きました。先に文章で表現し、その文章を元に図にさせたのが、この授業の特筆すべき工夫です。理科の授業ですが、国語で身に付けるべき力が発揮されたのです。

「板橋区授業スタンダード」では、こうした授業がさまざまな教科、場面で展開され、子供たちは教科を横断する形で学ぶスキルを上げています。子供たちが、勉強が分かることを実感できるようになれば、学力格差も小さくなり、学級崩壊も起きにくくなるでしょう。そうなって初めて、アクティブ・ラーニングができるようになるのです。

ただ、これを実践する際には教育長や校長の決断がすごく重要です。教員によってやり方がぶれてしまえばうまくいきませんし、視写をすることが目的化してしまうのも駄目です。何のためにそれをするのか、教員間で共有する必要があります。

もう一つ、学校としてすぐにできることがあります。小学6年生の卒業前に、中学1年生の教科書を読ませることです。内容を先取りするのではなく、音読して理解できるかどうかを確認するのです。もし、そこで読み解けなかったら、中学校に上がってつまずきます。中学校の教科書は、抽象的な概念や用語の定義が多く、小学校の教科書とは大きな違いがあるのです。

同じように、中学3年生には、高校1年生の教科書を取り寄せて読ませてみることが大事です。卒業式の練習をしている場合ではありません。そういう観点での小中連携、中高連携が求められているのです。

(聞き手・藤井孝良)

(おわり)


【プロフィール】

新井紀子(あらい・のりこ) 国立情報学研究所教授・同研究所社会共有知研究センター長、一般社団法人「教育のための科学研究所」代表理事・所長。2011年に「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトを立ち上げ注目を集める。16年から読解力を測るRSTの開発に着手。日本の子供の読解力の低下に警鐘を鳴らしている。著書に『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社)、『人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」: 第三次AIブームの到達点と限界』(東京大学出版会、共編著)、『AIに負けない子どもを育てる』(東洋経済新報社)など多数。

この特集の一覧
関連記事