【北欧の教育最前線】スウェーデンのレッジョ・インスピレーション

イタリアのレッジョ・エミリア市(以下レッジョ)では、子供を豊かな学び手である市民として捉え、子供と大人が共同で文化を創造する場として幼稚園・保育所が位置づけられている。レッジョの教育は、その芸術性、創造性、民主性といった側面から世界的に注目を集めており、多くの人々が訪れて、その教育を学んでいる。中でもスウェーデンの教育者と研究者は、最も早い時期にレッジョと交流を開始した。


「コピー」ではなく「インスピレーション」

ヨーテボリでレッジョに触発された取り組みを10年以上継続している公立プリスクール(幼保一元化された乳幼児施設)では、子供たちが探究のために構成された環境で、持続可能な開発のための教育(ESD)をテーマとするさまざまなプロジェクトに取り組んでいた。

鳥の絵を描く子供

ある部屋では「ことば」のプロジェクトの一貫として、鳥の絵本の一場面を見ながら、3人の子供たちがその鳥の絵を描いていた。

この絵本は『ぼくはいつの日かうたうのをやめる日がくる』というタイトルで、表現に力があり、子供たちとセリフを考えたりするのにいいのだという。他の部屋では、ICT機器でミツバチを拡大して観察したり、葉っぱの絵を描いたり、虎の映像をスライドで映し出したりしていた。

スウェーデンとレッジョの結びつきは、1970年代末に始まった。レッジョによる初めての展覧会「目は壁を越えて(後に「子供たちの100の言葉」)」が1980年に開催されると、スウェーデンでは早くも翌年に巡回展が行われ、約9万人が見に行った。

最初の紹介は偶発的だったが、レッジョの幼児教育は大きな関心を呼び起こした。その背景には、経済的に比較的豊かで乳幼児教育が充実しているという状況が共通していたこと、スウェーデンにおける「対話」の教育学の伝統と、レッジョの「関係性」の教育が共振したことがある。

スウェーデンにおいて、レッジョからの学びは「レッジョ・インスピレーション」という言葉で表現される。この表現には、教育の思想や方法を、文脈を超えてそのまま適用することはできないという意味が込められている。レッジョとの共同研究を主導してきたグニラ・ダールベリ(当時ストックホルム教育大学教授)らは、レッジョの単純な「コピー」が広がる状況に危機感を抱き、1993年から「ストックホルム・プロジェクト」を始めた。

行政も関与するネットワーク

ストックホルム・プロジェクトでは、スウェーデンのレッジョ・エミリア研究所を拠点としてレッジョ・エミリア市、大学、自治体とプリスクールを結ぶネットワークが構築され、レッジョのコピーを普及させるのではなく、実践を変化させ続けることを目指した。

例えば、ストックホルム市南東部のネットワークでは、ひとつのプリスクールがモデル校となったが、これは優れた実践を行う学校ではなく、変化を記録し、他の学校をインスパイアするという意味でのモデル校だ。教師たちは、子供の作品、写真、ビデオ、メモなどを使った記録である「教育ドキュメンテーション」を、自らの子供観・保育観の変革のツールとして用いて教育を変えていった。

教育の変化を支援する行政を巻き込んだ点も、このプロジェクトの重要な特徴だ。プロジェクトは社会大臣、教育大臣をも巻き込んで推進され、その成果は1998年に公布された最初のナショナル・カリキュラムにも盛り込まれた。

ネットワークの研修

自治体が具体的な場を設け、教師と研究者の自律的なネットワークを支援するというアイデアも特徴的だ。最近スタートしたレールム市のネットワークは、自治体が創設した「第三の空間(Tredje Rummet)」と名付けられたアトリエを中心として展開されている。

「第三の空間」は、異なる文化が混ざり合い新しいものが生まれる場所を表現している。曜日によって、子供たちを対象としたワークショップが行われたり、教師の学びのための集まりが開催されたりしている。

例えば、布をテーマとするワークショップでは、近隣のプリスクールから先生と一緒に訪れた子供たちが、布でさまざまな表現を行い、アトリエリスタ(芸術教師)とペダゴジスタ(教育コーディネーター)がそれを支え記録する。その活動を通して、教師と子供は布という素材を探究し、教師は支援や記録について学ぶ。

教師による交流の場では、各自のドキュメンテーションを持ち寄って議論が行われる。そこでは、お互いに助言したり批判したりするのではなく、見いだした意味を語り合う。

レッジョ・エミリア市は自治体であり、公教育として乳幼児教育を行っている。しかし、世界に広がるレッジョ・アプローチをとる幼児教育は、質の高い保育という「商品」として私物化されがちだ。ストックホルム・プロジェクトやレールム市の「第三の空間」の事例は、レッジョという自治体の取り組みに自治体がインスパイアされることによって、レッジョの民主性と公共性を体現することに成功している。

日本でもレッジョ・エミリアの実践への注目が集まってきているが、コピーではなく、創造的に運動に参加する「インスピレーション」というアプローチの含意を考える必要があるのではないだろうか。

(浅井幸子=あさい・さちこ。東京大学大学院教育学研究科准教授。専門は教育実践の歴史的研究)

この連載の一覧

あなたへのお薦め

 
特集