【アダプティブラーニング】学びの主体は個人へ

全国の小中学校に1人1台の学習者用コンピューターを整備するGIGAスクール構想が始まる中、個々の児童生徒が自分の学習習熟度に応じた課題に取り組む「アダプティブラーニング(学びの個別最適化)」への関心が高まっている。アダプティブラーニングの第一人者である武蔵野大学教育学部の荒木貴之教授に、最終回は実践をうまく進めるための条件を聞いた。(全3回)

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重要なのは個人を大切にするマインドセット
――アダプティブラーニングに出合ったきっかけを教えてください。

最初の出合いは、2013年ごろに教育視察で米国西海岸のヌエバ・スクールを訪れ、そこでデザイン思考の学び方を見たことです。その当時、私は河合塾でドルトンスクールの中学校設立(現・ドルトン東京学園中等部)に関わる仕事をしており、世界の素晴らしい教育実践を見るために、ヌエバ・スクールの小学校を訪れました。

2013年当時、そこにはすでに校内に3Dプリンターがありました。小学生がコンピューターグラフィックスを用いて3Dプリンターを使いこなしていたのですが、私が一番驚いたのは、子供たちが非常に尊重されていたことでした。

ヌエバ・スクールは、森や緑がたくさんあって自然の豊かな学校なのですが、校舎増築に際して一部の木を切ってよいかどうかを、子供たちに聞いているんです。子供たちは、「こういう条件ならいいよ」とか、「こんなふうに使うならいいよ」なんてことを言っていました。

日本の一般的な学校だったら、そんなことは教職員が決めて進めますよね。その光景を見て、大変驚いたとともに、「この学校は本当に子供たちのことを大切にしているんだな」と感じました。

――子供たちの尊重とアダプティブラーニングは、どのようにつながるのですか。

「学びの主体としての個人」を大切にするのが必要と語る荒木教授

私は、アクティブ・ラーニングやアダプティブラーニングを進めるために、「学びの主体としての個人」を大切にすることが絶対に必要だと考えています。もしかしたら、先生と生徒は対等に近い関係でなければいけないかもしれません。

1人1台端末が実現したとき、ゲームなど学習以外の使用をどう考えるかという課題があります。教員が制限をかけて管理していくことは簡単かもしれませんが、そのような関わりを続けている限り、子供たちの創造性は育ちません。

また、学校の中で危険なものを避けていれば、社会に適用するためのリテラシーも身に付きません。私は逆に、子供たちが社会に出る前に、学校の中で「安全に失敗させる」という視点が必要だと感じています。学校の中で失敗を経験するというのは、学校ならではの価値の一つです。

教員は、口も出したくなるし手も出したくなるでしょうが、管理主義のマインドセットから脱却しない限り、教員を超える人間を育成していくことはできません。アダプティブラーニングでは「教え込む」という手法から、「自由な発想を認める」「新しい視点を与える」といったような関わりへ、教員の役割も変えていく必要があります。そのためには、まず教員が、子供たちを「学びの主体」として最大限に尊重しなければなりません。

ネットワークにつながらないPCは高級な文鎮(ぶんちん)
――GIGAスクール構想は、順調に進むと思いますか。

日本もここに来て、1人1台端末がようやく実現しそうですが、端末が配られるだけではだめですよね。個々の児童生徒の学習状況や学習履歴が残っていかないと意味がない。ネットワークにつながらないなら、高級な文鎮(ぶんちん)が配られたようなものです。行政にその観点があるかどうか懸念していますが、私は端末よりもネットワークにお金をかけるべきだと感じています。

また、ネットワークは高校よりも中学校、中学校よりも小学校が、より太い回線が必要になるでしょう。なぜなら、動画など扱うコンテンツの容量が大きくなると予想されるからです。日本はこれだけコンパクトな国家ですから、本気で取り組めば高速回線を整備することなんてすぐにできるはずなんです。

日本の教育を良くするために、アダプティブラーニングが出てきたのはとても有望だと思うので、これをうまく使っていくためにも、ネットワーク整備の視点は絶対に外せないと考えています。

教員の質の高さが停滞させたICTの普及

1人1台の時代においては、教員のITリテラシーを高めていくことも必要です。現在の日本は、先進国の中でも授業におけるICT活用率が非常に低く、教員の意識もまだ追い付いていないように感じます。

アダプティブラーニングでは、個々の子供の学習状況や学習履歴をネットワーク上で共有し、それを活用することが求められます。当然、教員がそれを使いこなせるようになっていく必要があります。

私は2006年に立命館小学校で、1人1台の実証実験を行ったことがあります。それからもう14年もたつのに、いまだに全国展開に至っていないわけで、日本のICT教育は長らく停滞していたんです。

――ICTの活用が広まらなかった理由は何でしょうか。

国の予算が割かれなかったということもありますが、日本の教員の質が高かったことも原因だと感じています。さまざまな国の教育視察を通して感じるのは、諸外国に比べて、日本の先生方は総じて資質が高く粒ぞろいだということです。一方、教員の質にばらつきがあるような国では、技量のない教員をサポートする仕組みとしてICTが広まりやすいのではないかと考えています。

日本では、校内研修なども盛んで個々の教員と授業の質がとても高いため、教員もあえてICTを用いるモチベーションが高まらなかったのだと思います。もしかすると、教員のプライドも、邪魔をしたのかもしれません。

変わる教員の役割
――最後に読者へメッセージをお願いします。

1人1台を用いたアダプティブラーニングの中で、教員が1対1で子供と個々にやりとりをしようとすれば、教員の業務量はこれまで以上に増えてしまいます。サポートすべき子供を見極めながら立ち回るような形へと、教員の役割も変化していくでしょう。

また、学習状況や学習履歴がネットワーク上で共有されていれば、複数の教員で1人の子供を見ていくこともできるようになります。学級担任の在り方も、変化していくかもしれませんね。

「適した場面があるので、少しずつやってみるとよい」とアドバイス

学校全体でICT化が進むと、これまでの教員の業務が軽減されるでしょうから、働き方改革も進むと予想しています。実際に、すでに1人1台を導入している近畿大学附属高等学校の乾武司先生は「生徒が自分で学ぶようになって、補習をする必要がなくなり業務が減った」と言います。

アダプティブな学びに対して、「よく分からないから不安」という気持ちを抱く方もいらっしゃると思います。ただ、全てがアダプティブラーニングに置き換えられるわけではありません。適した場面があるので、少しずつやってみるとよいと思います。

また、ご自身の学校の中だけにとどまらず、学校の外へも学びに出てみていただきたいですね。ICT先進校では、他校の教員の方も参加いただけるさまざまな研修を開催していることがあります。ぜひ、優れた実践に学んでいただきたいと思います。

(森田亜矢子)

【プロフィール】

荒木貴之(あらき・たかゆき) 武蔵野大学教育学部・大学院教育学研究科教授。日本アクティブ・ラーニング学会の副会長も務める。東京都公立中学校教諭、東京都教育庁指導主事を経て、立命館小学校副校長、追手門学院参与、河合塾主席研究員を歴任。武蔵野大学大学院では、国際教育研究・国際教員養成コースを担当し、著書に『日本発21世紀型教育モデル―つなぐ力が教育を変える』『ロボットが教室にやってくる―知的好奇心はこうして伸ばせ 立命館小学校のアイディア』(ともに教育出版)などがある。


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