【北欧の教育最前線】白夜の国の断食

4月23日に約1カ月間のラマダーン月が始まった。この間、健康な成人ムスリムは、日の出から日没まで飲食を断つことが義務付けられている。ところが、北極圏、例えばノルウェーのトロムソ市では5月中旬から7月下旬まで、太陽が沈むことなく地平線を巡る白夜の期間になる。北欧に住むムスリムはラマダーンをどう過ごすのだろうか。新型コロナウイルスの感染拡大により、今年はラマダーン月の過ごし方もかなり異なっている。北欧における普段のムスリムの生活や教育をのぞいてみよう。


毎年ずれていくラマダーン月

イスラーム世界ではヒジュラ暦の9番目の月をラマダーン月という。断食によって飢餓や貧困で苦しむ人々に対する共感を高め、ムスリム同士の連帯感を強める。世界中のムスリムにとって神聖で特別な月だ。欧州のムスリム移民コミュニティーにおいても、例年モスクや家庭などさまざまな場でイベントが催される。

ヒジュラ歴は月の周期を基準としており、季節を調整しない。1カ月の単位は29日か30日間であるため、太陽暦とは毎年10日あまり、ずれていくことになる。そのためラマダーン月は、年によって春夏秋冬いずれの時期にも当たりうる。

イフタールを待ちわびるムスリム家庭の食卓(2012年、ベルギー調査で撮影。午後8時を回っていたが、ブリュッセルでもまだ外は明るかった)

筆者が欧州で過ごした西暦2012年は、ラマダーン月は7月下旬に始まった。欧州ではこの時期、多くの地域で日の出から日没までの時間が非常に長い。とりわけ北欧諸国では日が出ている時間が長くなり、北に行くと白夜の世界が広がる。真夏の北欧でラマダーン月を迎えるということは、イフタール(日没後の食事)を取るまでに、長時間の断食が必要になることを意味する。

筆者が研究しているベルギーやオランダのムスリムコミュニティーでは、北欧に住む親戚をもつ人たちが少なくない。ムスリムの友人は真夏の北欧でのラマダーンについて、「確かに大変。休暇シーズンと重なれば、日が少しでも短い西欧や南欧の親戚や友人宅に滞在する人たちもいる」と言う。

別の友人はこのようにも言う。「でも、誰だって、ラマダーンが始まった最初の1週間はすごく大変。少しずつ身体が慣れてくるの。そして、その疲れを超越したときにこそ、アッラーの存在を感じられる」

ムスリム文化との共生の模索

北欧諸国のムスリム人口は少なくない。データによる差異は大きいものの、スウェーデンで約60万人、デンマークで約20万人、ノルウェーで約16万人、フィンランドで約7万人と推計されている。このうち、例えばスウェーデンでは、ムスリム人口全体の3分の1程度、つまり20万人近くが学齢期以下の子供と考えられている。

スウェーデンのイスラーム学校内の風景

北欧でムスリム人口が増加し始めた1980年代以降、学校教育の場においても、イスラームの宗教的・文化的背景を持つ子供たちをどう受け入れるかが課題になった。

ムスリム家庭の側からも、給食メニューに豚肉が含まれることや、思春期以後も男女合同で水泳の授業が実施されることなどについて、配慮を求める動きが生まれた。

そのような中で誕生したのが、イスラーム学校である。特にスウェーデンとデンマークで多く設立され、現在では両国でそれぞれ20校近くが運営されている。

イスラーム学校ならではの特徴

スウェーデンの場合、教育法改正により私立学校(friskolor)の参入が認められるようになったのを契機として、1994年以降に各地でイスラーム学校が設立されるようになった。関係者によれば、学校設立当初はメディアなどから非常にネガティブな反応が示されたという。校舎を借用しようにも、近隣住民からの反対意見が強く、一筋縄ではいかなかった。

筆者が訪問したストックホルム郊外のイスラーム学校は、こうした困難に向き合いながらも、徐々に近隣住民からの信頼を獲得していき、現在ではコミュニティーの中で良好な関係を築いている。

イスラーム学校に通う生徒は多様だが、スウェーデンの場合、移民だけでなく、ソマリアや中東諸国からの難民の子供が多いのも特徴だ。校舎の中には、イスラームの信仰に関わる文化が随所にみられる。

校舎内には礼拝用の部屋も用意されている

例えば、礼拝用の部屋があったり、カリキュラムの中に礼拝の時間が組み込まれていたりする。他にも、給食でハラール食を提供したり、ラマダーン明けなどのイスラームの祝日を休日にしたり、イスラームの信仰に基づくジェンダー観への配慮をしたりするなど、イスラーム学校ならではの特徴がある。

クラスの名称も、イスラームに関わる名前が付けられている。例えば筆者が訪問した学校の就学前学級の名前は「メッカ」。自分たちの願いを寄せ書きしたコーナーには、シリアやパレスチナの窮状が改善されますように、という思いがつづられたメモもあった。

イスラーム学校が目指しているのは、学校教育におけるイスラーム文化の尊重と継承だけではない。質の高い教育を通じて、子供たちの学力を伸ばす努力もしている。また、イスラームの信仰や移民の背景を持たない教師を多く雇用し、教師を通じてスウェーデンの伝統や文化を尊重することも教えている。

イスラーム学校に通うムスリムの子供たちは、この学校を出発点として、スウェーデン社会、さらにはグローバルな世界へと羽ばたこうとしている。

(見原礼子=みはら・れいこ。長崎大学准教授。専門は比較教育学、教育社会学)

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