【言語技術】考える必要がなかった日本の受験勉強

日本人は、話す力や書く力、読む力などが諸外国に比べて劣っていると言われる。その理由を、つくば言語技術教育研究所所長の三森ゆりか氏は「技術の積み上げができていない」と指摘する。日本の国語教育は本来、どうあるべきなのか。インタビュー第2回では、欧米諸国と日本の母語教育の違いを踏まえ、日本が目指すべき方向性を聞いた。(全3回)

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国語ができるのは本を読んでいるから?
――言語技術を学んでいる欧米の母語教育と、日本の母語教育である国語はどのように違うのでしょうか。

欧米諸国の言語技術教育は、言葉を覚え始める幼児期から始まり、子供の発達に合わせて情報の読み取り、考察、表現の方法などを体系的に学んでいきます。

言葉を有効に使いこなすためには、トレーニングが必要です。でも、日本の場合、国語のトレーニングは漢字だけしか行われていません。感覚に頼っている部分が大きいので、できる子は放っておいてもできるし、できない子はできないままです。

「言語技術」と他教科の関係性(つくば言語技術教育研究所提供)

日本では、国語ができる理由を「子供の頃から本を読んできたから」ということだけに落とし込んでしまっているように私は思います。でも、本を読んでいても、国語ができない子はいます。それは恐らく読み方が違うからです。

また、教員が示す正解と自分が思う正解が一致せず、ペーパーテストで点が取れない子もいます。そうした子は理系に多く見られますが、言語技術の方法論を教えるとすぐに理解できるようになります。

自分の考えを論証しなさい
――欧米諸国の試験問題は記述式のイメージが強いのですが、実際にはどのような問題なのでしょうか。

日本では、例えば「この時、作者はどう思っていたか、4つの中から一つ選びなさい」といった選択式の問題や穴埋め式の問題がよく出題されます。

欧米諸国のテストでも、「この時、作者はどう思っていたのか?」という問題は出されます。しかし、選択式や穴埋め式ではなく、「自分の考えを論証しなさい」と記述式で出題されます。

小学校国語の定番である「ごんぎつね」を例にすると、「ごんがかわいそう」と考えてもいいし、「ごんは自分のしたことを自分自身で償ったんじゃないか」と考えてもいい。ただし、「なぜそう思うか?」について、文章を引用しながら証明しなければいけないわけで、要領的には数学の証明問題とよく似ています。

日本の子供は読む量が極端に少なく、作文もほとんど書きません。原稿用紙に換算したら、恐らく小学1年生から高校3年までの間に、100枚も書かないのではないでしょうか。

欧米諸国の子供は、比較にならないほど書きます。しかも書き方を教わった上で書きます。物語の書き方や小論文・説明文の書き方など、それぞれの書き方を教わりながら、小学校から高校まで12年間かけて言語技術を積み上げていくのです。

――日本の場合、書くことに苦手意識を持っている子供も多くいます。

苦手だと思うのは、習ってないからです。書き方を習いさえすれば、多くの子は今よりもずっと書けるようになります。

実際、私が教えてきた子供たちは、社会に出てから「他の人と比べて自分は書ける。それが仕事に役立っている」と言ってくれています。

海外に留学した日本人大学生が論文を書いて提出しても、全く通用しないことが珍しくありません。言語技術を学んでいないのですから当然です。論文どころか作文とすら考えてもらえず、「これは何を書いているの?」と言われる。論文の組み立て自体を母語の日本語ですら論理的に考えることができていないので、直すことすら困難です。

しかし、日本語で欧米型のスタンダードな小論文を書くことができれば、それを翻訳すれば英語でもとりあえず組み立ては通用し、あとは英語そのものの問題となります。日本語で言語技術を学んでいれば、言語が違っても考え方を共有できるからです。

言語技術は全ての教科の土台
――母語教育以外にも、言語技術は生かされているのでしょうか。

もちろんです。人は言葉を使って考え、表現します。つまり、言語技術は全ての教科の土台になっているのです。

例えば、日本では暗記のイメージが強い歴史の授業も、欧米諸国では全て「議論」をベースに進められ、クリティカル・リーディングが求められます。

私がドイツにいた高校2年生の時の歴史の試験内容を、今でも覚えています。それは、「独ソ不可侵条約がドイツにもたらしたメリットとデメリットを論ぜよ」というものでした。

その試験は、『ナチス・ドキュメント』という分厚い本が持ち込み可になっていました。その本から引用しながら、メリットとデメリットを論証するという試験だったのです。

「言語技術は全ての教科の土台」と話す(ビデオ会議システムで取材)

もちろん、そうした問題がいきなり出されたわけではなく、それまでの授業でさまざまな議論をした上で出されたわけです。

その他にも、例えば「この時代の政策は正しかったのか。正しくなかったなら、どうすべきだったのか」といったことを議論し、論文を書いて次の授業でまた議論する。歴史の授業では、そうした学びを繰り返していました。みんなで論じ合ったことは、今でも覚えています。

そうしたドイツでの学びに比べて、日本の受験勉強はとても簡単に感じました。私は日本の高校に2年生の10月から編入し、そこから大学受験に挑みました。1年4カ月ほどしか準備期間がありませんでしたが、ほとんど丸暗記すればいいだけだったので楽でした。「考える」必要がなかったからです。

ドイツでの4年間は、全ての教科で「自分の考え」を求められたので本当に大変でした。自分で考えるためには、ドイツ語の資料をきちんと理解しなければいけないので、毎日必死で勉強し、授業に臨んでいました。

(松井聡美)

【プロフィール】

三森ゆりか(さんもり・ゆりか) つくば言語技術教育研究所所長。東京都生まれ。上智大学外国語学部ドイツ語学科卒業。中学2年生から4年間を旧西ドイツで過ごす。1984~88年にドイツ式作文教室を主宰。90年につくば研究学園都市に「つくば言語技術教育研究所」を開設。著書に『絵本で育てる情報分析力』(一声社)、『外国語を身につけるための日本語レッスン』(白水社)、『論理的に考える力を引き出す』(一声社)、『大学生・社会人のための言語技術トレーニング』(大修館書店)など多数。


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