【脳神経科学×教育】研修で教員はどう変わったのか?

脳神経科学の知見を生かしながら教員の在り方を見直す――。いまだかつてない校内研修が東京都千代田区立麹町中学校で行われ、大きな話題となった。この研究実践に当時の工藤勇一校長と共に取り組んだのが、DAncing Einstein代表で「脳神経科学×教育」分野の第一人者である青砥瑞人氏だ。脳を知ることで教員はどう変わったのか。インタビュー1回目は、麹町中での2年間にわたる取り組みに迫った。(全3回)

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いまだかつてない校内研修
――昨年度まで2年間行われていた、麹町中での脳神経科学の知見を生かした校内研修について詳しく聞かせてください。最初はどのようなきっかけで始まったのでしょうか。

2014年にDAncing Einsteinを立ち上げ、脳神経科学と教育を掛け合わせて何かできないかと模索していました。日本ではまだ誰も取り組んでいない分野だったので、当時は興味を持ってくれた教員をサポートするなどしながら、実験的に進めていました。

会社を立ち上げて2期目ぐらいから、人材教育に脳神経科学の知見を取り入れてくれる企業が増えてきました。そうした活動の中で知り合った方が、「麹町中の工藤勇一校長なら君の話を聞いてくれるかもしれない」と、つないでくださったのです。

「脳神経科学×教育」分野の第一人者である青砥氏(ビデオ会議システムで取材、DAncing Einstein提供)

初めて工藤先生にお会いした時は、たくさんの自作資料を携え、脳神経科学が教育に対してどんなアプローチができるのか、その可能性を伝えました。

すると、僕の話に興味を持ってくれた工藤先生が、麹町中の生徒に向けて講演する機会を設けてくれました。その講演では、学んでいく上で大切な脳の状態などについて話をしたのですが、教員や保護者の評判も良かったと聞きました。

それ以降、工藤先生が校内に土壌を作ってくださり、「脳神経科学の知見を生かしながら教員の在り方を見直す」という、いまだかつてない校内研修に取り組むことになったのです。

「メタ認知」と「心理的安全状態」
――校内研修では、具体的にどのようなことをしたのでしょうか。

1年目の2018年度は、ゲストとして参加していた大阪市立大空小学校初代校長の木村泰子さんや工藤先生と話をしていく中で、「教員が知っておいた方がいいだろう」と思われる脳の仕組みを僕が伝え、これまでの実践を理論と結び付けていく作業を行いました。

このような研修形態に至ったのは、実は校長室で工藤先生と木村さんと3人で話していた時のことがきっかけです。工藤先生と木村さんが経験的に積み上げてきた「感覚的に大切にしていること」が、科学的な脳の仕組みで理論的に説明でき、3人で非常に盛り上がりました。それで、「これを研修でやろう!」となったのです。

実践を理論と結び付けていくことで、自己の体験を客観的にも、俯瞰(ふかん)的にも、そして科学的にも振り返ることができ、自己の在り方や、言動を高めるきっかけになるだろうと考えたのです。つまり、「メタ認知」できるようになっていくのです。

自分のその時々の状態を俯瞰的に捉える「メタ認知」の習慣が身に付いてくると、自分の脳の情報を基に考えたり、意思決定したり、行動できるようになります。

とはいえ、自分の経験と脳神経科学の理論をひも付けていく作業は、最初から皆さんができるわけではありませんでした。

麹町中での校内研修は、教員以外にもオープン化されていた

ひも付けできる人と、できない人の違いは何なのか。その点をよく分析すると、日々内省できている人は、自分の経験と理論をどんどんひも付けていくことができていることが分かりました。一方で、普段から自己との対話ができていない人は、いくら脳神経科学の理論を聞いても自分の経験にひも付けられないし、学びが深まることはないということが分かったんです。

自己との対話や内省は、できる人は自主的にやるけれども、やらない人はずっとやりません。だから理論の前に、一人一人がちゃんと自分と向き合い、自分の経験を自分の脳の中に学びとして吸収していくためのフレームを、作っていかねばならないと思いました。

そこで、2年目の2019年度は、自分の経験や考えを自分の言葉でしゃべること、つまり「メタ認知」の経験を重ねてもらうことに重点を置いた内容にしました。「自分が教育に対してどんな思いを持っているのか」「自分は教員としてどう在りたいのか」など、自己との対話を促すような活動をメインに取り組んだのです。

――「メタ認知」以外に、教員が知っておくべき脳の仕組みはありますか。

脳内の信号伝達の仕組みが解明されたことで、脳の研究が飛躍的に進み、脳の「心理的安全状態」が学習に重要なことが分かってきました。

脳のモードには、「心理的安全状態」と「心理的危険状態」があります。人間が何か新しいことを学ぼうという時には、「心理的安全状態」でないと何も進まない仕組みが分かっています。勉強以前の心の状態に目を向けない限り、どんなに話を伝えていようと、子供の脳にその情報は定着しないのです。

そしてストレスがたまり、「心理的危険状態」となると、脳の前頭前皮質の機能が低下し、思考が停止したり、注意が分散したり、自分の感情がコントロールできなくなってしまうことが分かっています。

学校教育においても、子供たちが心理的安全性を感じるような環境づくりが大切ですし、そのためにはまず、教員が心理的安全状態であることが重要だと研修では伝えてきました。

脳神経科学の知見が、自己を見直すヒントに
――2年間の研修で感じた変化は、どのようなことでしょうか。

自己と向き合い続けて「メタ認知」できるようになることで、「今、自分はこういう状態だ」と気付けるようになった人が多かったですね。そのことによって、自分の意思決定や行動に、以前よりもオプションが増えたということが挙げられます。

例えば、イライラすると以前は瞬発的にリアクションしていた人が、「メタ認知」できるようになると、「自分は今、イライラしている」と気付ける。その上で、「じゃあ、どうしたいんだっけ?」と考え、行動を起こせるようになります。

「脳の研究が飛躍的に進んでいる」と青砥氏は話す

また、脳神経科学的に、人間の注意は「できていないこと」や「足りていないこと」など、ネガティブなことに向きやすい特性があります。それを知ることによって、例えば生徒のできないことばかりを探していた自分に気付き、生徒のポジティブな面を見ようとするようになります。

こうした教員の変容が、子供の自己肯定感を高めることにつながりますし、教員自身の幸せにもつながっていくのだろうと考えています。

研修は年に6回程度と、ずっと付き添えたわけではないですし、僕ができることはわずかしかなかったと思います。でも、先生方の変化を感じることができ、脳神経科学の知見が自己を見直したり、自己の成長を考えたりする上で、新しいヒントになったのではないかと実感しています。

(松井聡美)

【プロフィール】

青砥瑞人(あおと・みずと) 日本の高校を中退後、米国のUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)神経科学学部に入学し、2012年に飛び級で卒業。14年10月に(株)DAncing Einsteinを設立。脳神経科学の知見を、医学だけでなく人の成長に応用し、AIの技術も活用するNeuroEdTech®︎とNeuroHRTech®︎という新しい分野を開拓。同分野において、いくつもの特許を取得する脳神経発明家。「ドーパミン(DA)が溢れてワクワクが止まらない新しい教育」の創造を目指して、さまざまな活動を行っている。小中高では野球少年だった。


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