【北欧の教育最前線】障害のある人のための「食育」

スウェーデンにおける障害者への食育について取材した。今回は、成人の知的障害者への取り組みを紹介する。


自分の健康は自分で守る

ストックホルム県では、軽度~中程度の知的障害者が、健康的な食生活と運動習慣を獲得することを目的に食育を行っている。そこでは、「障害者自身が、自分の健康を自分で守ることを支援する」ことを大切にしている。

写真1/食糧庁によるプレートモデル(出典:Livsmedelsverket)

同県が発行するリーフレットの「献立を決めよう 」では、バランスのよい食事が一目で分かる「プレートモデル」(写真1)を紹介している。1枚のお皿の中に、主食、タンパク質、野菜がほぼ3分の1ずつ盛られており、スウェーデンの食糧庁が、バランスのよい食事として定めているモデルだ。

スウェーデンでは、1枚のお皿に好きなものをとるビュッフェ形式の食事も多いため(写真2)、その食文化が反映されており、誰もが、簡単に、分かりやすく、健康的な食事をとれるように工夫されている。

専門家の指導によって栄養状態が改善されることだけでなく、障害者自身が、自分にとって必要な食事を選び、行動できることを目標とする。全ての人を個人として尊重して、「自己決定権」を大切にするスウェーデンの文化が表れているといえる。

買い物や調理も食育の一環

スウェーデンでは、買い物の工夫も障害者への食育の一つとして考えられている。積極的に選んでほしい食材、控えた方がよい食材の選び方は、「キーホール(鍵穴)」のマークがヒントになる。

写真2/一般的なビュッフェスタイルの食事

キーホールは、スウェーデンの食糧庁が定めた認証制度だ。砂糖や塩分、脂肪、食物繊維などの含有量が科学的に推奨できる基準を満たしていれば、製造者は商品にマークを付けて販売できる(写真3と4)。申請すればマークは無料で付けられ、スウェーデンのほかノルウェー、デンマーク、アイスランドなどの北欧諸国でも取り入れられている。

また、ITを活用した、調理支援も行われている。「食の喜び(Matglad)」は、知的障害者のためにつくられたアプリで、献立の立て方、調理の手順、調理器具の選び方を、簡単なスウェーデン語とイラストや動画で分かりやすく紹介している。

食材を選び、料理を楽しむことを支援することで、食を通じて、障害者が自立して生活できる社会づくりが進められている。

自己決定と健康は両立できるか

写真3/キーホールがついた乳製品(リンドベリィ真美氏撮影)

しかし、「自分で選ぶ」ことと「健康的でいる」ことが、しばしば矛盾するという指摘もある。

スウェーデンでは入所施設が解体され、障害者は自宅やグループホームなど、地域の中で生活している。食事を含めて、生活全般において自己決定が重視されているが、本人の嗜好(しこう)に任せることで、栄養バランスの偏りや生活習慣病などの問題も生じているという。

特別支援学校などを卒業した後は、給食のようなシステムがないため、専門家が食生活を把握することが難しくなっている側面もあるようだ。「本人の自立を尊重しながら、必要なタイミングでどのようにケアに入るか、専門家は苦労し悩んでいる」という研究者たちの言葉が印象的であった。

「誰一人取り残さない」社会のための食育

写真4/キーホールがついた別の乳製品(リンドベリィ真美氏撮影)

新型コロナウイルスの感染拡大による学校や施設などの閉鎖により、家庭や個人でどのように健康的な食事を維持するか、ということが世界的に改めて注目されている。

ユニセフも、休校やロックダウン下で生活している家庭向けに、新鮮な野菜をとることや、代替物として野菜や豆の缶詰、栄養価の高い穀物類を活用すること、チーズやゆで卵、乾燥果物などの健康的なおやつをストックすることなど、安価で簡単に健康的な食生活を送るためのポイントを紹介している。

持続可能な開発目標(SDGs)が掲げる「誰一人取り残さない」社会の実現のために、誰もが自分の健康を自分で守ることができる環境を、食を通じてどのように支援していくか。そのための食育の在り方が、これからさらに求められてくるのだと感じている。

(井上瑞菜=いのうえみずな。(株)朝日エル所属、(一社)障害者の食と文化活動推進研究会理事。専門は、食と障害者をテーマにした調査・プロジェクト立案)

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