【ブレイディみかこ氏に聞く】日本の教育、英国の教育

いじめもレイシズムもけんかもある、分断された英国社会の縮図のような「元底辺中学校」に通う息子との1年半をつづったブレイディみかこ氏のノンフィクション『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』。数々の賞を受けた同作は、多様で複雑で困難な時代に生きる「ぼく」が、迷ったり、悩んだりしながらも問題を乗り越えていく姿に感動し、心を揺さぶられる。このブレイディみかこ氏へのインタビューは、新型コロナウイルスが日英で猛威を振るい、政府の休校要請が出される前の2月9日に都内で行った。第1回は、日英の教育の違いから、日本の教育に欠けているものは何かを聞いた。(全3回)

(聞き手・教育新聞編集部長 小木曽浩介、松井聡美)

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いま本当に必要な社会問題を教える教育
――『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』では、息子さんが「元底辺中学校」でぶつかるさまざまな壁に対して、親子でどう向き合ってきたかがつづられていました。英国と日本の教育や学校の違いについて教えてください。

英国の中学校は11歳から16歳までの6年間通います。また、公立の小中学校も選択制です。全国一斉学力テストの結果や、生徒1人当たりの予算などを基にして作成された学校ランキングが公開されているので、子供の就学年齢が近づくと、ランキング上位の学校近くに引っ越す家庭も多くあります。

日本の学校が今どうなっているのか、実際に見ていないのですが、それでも明らかに英国の教育と違うと思う点がいくつかあります。

1つは、英国のシティズンシップ教育のようなものが、日本にはほとんどないと聞いています。議会政治の在り方といったような知識的なことは日本でも学んでいるかもしれませんが、英国のシティズンシップ教育では、自分たちでプロジェクトをつくるなど、実地的なことも多く学んでいます。

英国の学校教育について、「いま本当に必要な社会問題を教えている」と話す

シティズンシップ教育では、LGBTQやアルコール依存症、ドラッグ依存症などについても詳しく学びます。息子の中学校では、実際に依存症になって回復した人に学校に来てもらって直接話を聞くなど、かなり突っ込んだところまでやりました。

また、試験でも、例えば「最近の学校ではレイシズム(人種差別)について教え過ぎていると、◯◯教授が言っている。君はこの問題に賛成するか、反対するか。そのどちらかを書いて、その理由を述べよ」といった問題が出ます。

こんなの大人でもなかなか論じることが難しい問題ですが、それを12、3歳の子供に書かせるのです。これは論じるテクニックの勉強にも、論理的に考える訓練にも、自分の考えを述べる訓練にもなります。

昨年の英国の総選挙では保守党が勝利を収めましたが、総選挙と同じ日には、学校で生徒たちに投票させる「スクール総選挙」をやっていました。その前週のシティズンシップ教育の授業で、生徒たちは主要な党のマニフェストを勉強しています。先生に分からないところを質問したりして、話し合い、その結果、息子の中学校の「スクール総選挙」では、労働党が大勝しています。

大人とは違う結果になったわけですが、息子は「大人はちゃんとマニフェストを読んでないんじゃないの?」と言っていました。でも、「それって本当かもね」と、私も思いました。

もう一点、英国の中学校には「ドラマ(演劇)」という教科があります。これは、別に俳優を育成しようというものではなく、自分の言いたいことを効果的に主張する方法や、あるいはコミュニケーション能力を向上させるための教科です。自分の感情を他者に伝えるのを学んだり、役を演じたりすることで、他者の気持ちを理解することを学びます。

このように英国の学校教育では、いま本当に必要な社会問題を子供に教えたり、一緒に話し合ったり、自分が考えていることを効果的に言葉にして伝えることを学びます。日本は、そうした学びがなさ過ぎるのではないでしょうか。

こうした教育を受けているから、息子は普段からさまざまなことについて論じます。そういう子供は日本ではなかなか育ちにくいでしょうし、もし育ったとしても周りからたたかれてしまうのではないかと思います。

誰がなんと言おうと応援する
――本の中で、俳優のジェイソン・ステイサム似の上級生が、学校のクリスマスコンサートで痛烈な社会風刺のラップを披露し、それに対して教員たちが「迷いのない拍手」を送ったというエピソードがあり、とても印象的でした。

彼のラップの歌詞には、いわゆる汚い言葉も入っていました。「こういう歌詞を学校の音楽会で歌っていいの?」というような内容を歌っていたわけで、半数の保護者は不快感をあらわにしていました。

日本人の感覚だと、そうした状況で先生が拍手したり、喜んだりできないと思います。実際に私もそう思いました。でも、息子の中学校の先生たちは、なんの迷いもなく、彼を「よくやったね、I’m proud of you !」と褒めたたえていたのです。

眉をひそめる保護者がいようが、誰がなんと言おうが、先生たちはその子を応援している。あの拍手からはそれが伝わってきて、私は心の底から感動しました。

「教員はその子のためになると思ったら、その子を信じ、応援してあげてほしい」

ラップを披露した彼は、非常に苦しい境遇で育ってきていて、いまもそうです。でも、何があろうと自分を応援してくれる、「よくやったね!」と言ってくれる人がいるということは、彼の将来にものすごい痕跡を残すと思うんです。世間体なんて気にせずに自分のことを応援してくれる大人がいないと、彼は社会を信頼できる人間にならない気がするんですよね。

日本でもいろいろな保護者の方がいると思います。本当はもっと能力があるのに、親や世間に押さえ付けられている子供もいると思います。

学校や社会のルールに合わないこともあるかもしれないけれど、その子のためになると思ったら、先生はその子を信じ、応援してあげてほしいですね。

教育困難校にこそ、理念を持つ先生が集まる
――日英の教員の違いについて感じることはありますか?

英国では、社会運動をしていた人が貧しい地区に移り住んで学校を立ち上げるなど、昔からそうした動きが連綿と続いています。

問題のある家庭の子や貧困層の子供などが多く集まる、いわゆる「教育困難校」には、理念を持つ優秀な先生が集まる傾向があります。

私たち家族が住んでいる地域も、一般的には「荒れている地域」と呼ばれています。息子が通っている中学校も「元底辺中学校」ですが、社会問題に対する意識が高く、熱意のある先生が多いと感じています。

――ブレイディさんが以前働いていた託児所の創設者アニーさんは、ブレイディさんの「師匠」として、よく著作に登場されますね。アニーさんも、そうした志を持った方だったのですか?

そうです。アニーは地元では伝説の幼児教育者で、もともとモンテッソーリ教育を勉強した人です。

「英国の教員は、教育を『社会を変えるもの』だと思っている」

モンテッソーリ教育の創設者であるマリア・モンテッソーリは、貧しい家の子供と裕福な家の子供には学力や発育の格差があるので、その格差をなくそうとローマのスラム街に学校を作りました。これまでと違う教育法で効果的に発育を伸ばしてみようと開発した方法です。

それが、時代が流れ、いつの間にか裕福な家の子供たちがもっと伸びていくための教育のようになってしまっている。私の師匠であるアニーは、モンテッソーリ教育が創設者の理念とは違うところにいってしまっているから、原点にかえろうと英国の最貧困地区に無料の託児所を立ち上げたんです。

アニーのような教育者が、英国には非常に多い。それは教育を「社会を変えるもの」だと思っているからです。

【プロフィール】

ブレイディみかこ 1965(昭和40)年、福岡県生まれ。県立修猷館高校卒。音楽好きが高じてアルバイトと渡英を繰り返し、1996年から英国ブライトン在住。ロンドンの日系企業で数年間勤務した後、英国で保育士資格を取得し、「最底辺保育所」で働きながらライター活動を開始。2017年『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)で新潮ドキュメント賞を、2019年『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)でYahoo!ニュース|本屋大賞2019年ノンフィクション本大賞を受賞。他に『THIS IS JAPAN』(新潮文庫)、『労働者階級の反乱 地べたから見た英国EU離脱』(光文社新書)などの著書がある。


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