【カンボジア編(中)】子供たちの「アンビリーバブル!」

ないものだらけの環境

青年海外協力隊としてカンボジアに派遣された私の任務は、任地シハヌークビルの小学校で理科の授業を支援することだった。日本の学校とは違い、カンボジアの学校は11月から新年度が始まり、8月に終了する。

年度当初から年間予定が配られる日本では考えられないが、いつ学校が終了するのかは明確に決まっていない。「たぶんこの辺り」という曖昧さにも、先生たちは動じることはない。各校とも校長の鶴の一声で終了日が決定する。

現地での言語訓練を終えてシハヌークビルに赴任したのが8月。鶴の一声で休みに入る直前に、なんとか巡回校の授業を見学できた。聞き取れないクメール語でも、なんとなく授業の流れは分かる。復習をして、今日の学習をして、まとめをする。大まかな流れは日本と同じ。

実験に目を輝かせる児童ら

しかし今日の学習の中身はというと、教師の説明をひたすら聞き、学習した箇所を何度も音読し、そして教科書を丸写しする。説明するときには白黒の教科書の小さな挿絵を全体に示し、観察や実験部分も説明を聞くだけのことがほとんど。

「もっとこうしたらいいのに」と思う一方で、自由に使えるパソコンがない、コピーができない、印刷ができない、道具がない、そもそも理科室がない。休み時間と勤務のない午前・午後は副業。時間がない。「ない」ものだらけの環境の中では、仕方がないとも思ってしまう。

「アンビリーバブル!」が活力に

長期休業の2カ月間で、授業支援を行う4・5・6年生の教科書を解読し、絵を拡大して、簡単な実験道具とワークシートを作った。常夏のカンボジアらしく、花のつくりを学ぶための花は「ハイビスカス」。豆の成長を観察するのは、日本と同じく5年生。遠く離れた国でも同じことを学んでいると知るのも面白い。日本以上に生活に密着している滑車は6年生で学習する。滑車は市場で売っている。

自作の道具で実験

植物を育てやすい土の種類、家畜の育て方、蚊によって引き起こされる感染症など、カンボジアならではの単元もある。即使える拡大絵は大歓迎された。次第に説明は現地の先生、実験観察や掲示物、ワークシートを使ったゲームは私が担当するという役割分担が生まれていった。

ビーカーの代わりは空き瓶やプラスチックコップ。アルコールランプの代わりは卓上コンロ。先生の駄菓子屋にあるものや、ゴミの中に使えるものを探した。「ない」ものを求めるより、そこに「ある」もので何とかするのは、カンボジア人の得意とするところ。

授業支援を始めたころ、5年生の授業で蒸散の実験をしてみせた。なんてことはない、観察用に育てた豆に透明袋をかけて日なたに置いておいただけだ。様子の変わった袋を見て教室から駆け付けてきた子供たち。しばらく息をのんだように沈黙した後、目を真ん丸にして「アンビリーバブル!」。なぜか英語だった。この「アンビリーバブル!」が、それから先の私の活力となったことは言うまでもない。

5年生の授業で行った蒸散の実験

盛り上がったのは水の温度の実験。子供たちは温度計の赤が伸びたり縮んだりするのを見るのが初めてだった。温度が変わる度に、大歓声の拍手喝采。温度計は学校にない。カンボジアにある日本のリサイクルショップ「SAKURA」で、3ドルで1本だけ手に入れた。

もう一つは石灰水を使った実験。運動会をやる時に、ラインを引くために石灰を置いている学校もある。実験をしたいと相談すると、他の学校から石灰をもらってきてくれた。石灰水を使って、呼気には二酸化炭素が含まれていることを確認した。自分の吐き出した息で濁った石灰水は、説明を聞くよりも、教科書を読むよりも、ずっと「分かる」ものだったにちがいない。

積み上げられたドネーション

当初、「実験道具は全くない」と言われていた。しかしある日、図書室に積み上げられた箱の中身が理科の実験道具であることが分かった。滑車、アルコールランプ、豆電球、丸底フラスコ。長年開けられていなかったのであろうその箱は、ネズミのすみかになっているものまであった。

石灰水を使った実験をする児童

聞くとそれらの道具は全てドネーション(寄贈された物)だと言う。かつて活用されていたそれらの道具も、壊れた時に修理できなかったり、使う知識や技能を持っている教員がいなかったりして、学校の隅に積み上げられていく。巡回校の一つチアシム小学校には、そうして壊れて放置されたバスケットゴールや山積みの鍵盤ハーモニカ、小太鼓、大太鼓が置かれていた。

よかれと支援しているものが本当に現地のニーズに合ったものであるのかを、支援側は考えなくてはならないと感じる出来事だった。箱に眠っていたそれらの道具を整理整頓、整備し、使えるものは図書室の一画に設けた理科コーナーに置いた。先生たちがその理科コーナーを活用し、「アンビリーバブル!」が学校中に響き渡っていることを遠く願っている。

(猪股史子=いのまた・あやこ、埼玉県の小学校教諭。青年海外協力隊の任期を終え、現場復帰)


関連

あなたへのお薦め

 
特集