【一斉休校でも学びを止めない】新しい自立的学習者

休校中の自宅学習に苦労した子供たちは多い。学校が止まると、子供たちの学びが止まってしまうのはなぜか。ICTを活用しながらアクティブラーナーの育成に挑戦する東京都小金井市立前原小学校の蓑手(みのて)章吾教諭は、その要因を「学校教育が子供たちを自立的学習者に育てることができていなかったから」と語る。第1回は、蓑手教諭が定義する新しいアクティブラーナーとは、どのような人物像なのかを聞いた。(全3回)

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自ら学び、自らの成長を楽しめる人
――「アクティブラーナー」の定義とは何ですか。

僕は、「アクティブラーナー」とは、「自ら学んで、自らの成長を楽しめる人」だと定義しています。「アクティブラーナー」と聞くと、新学習指導要領にも入っている主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)という言葉を思い出されると思います。

そのため、「自ら進んで学ぶ人」や「主体的に学びに向かう自律的学習者」というイメージを思い浮かべるかもしれませんが、僕のイメージは少し違います。学びに向かっている行動そのものよりも、どちらかというと、自ら学びに向かう動機の方を重視しているんです。

学ぶ理由は、人によってさまざまだと思います。「親に褒められたい」とか、「競争に勝ちたい」とか、「良い大学に入りたい」とか。しかし、僕の中の定義では、これら外的要因に関連する動機で学んでいる人は、「アクティブラーナー」とは言えないと思っています。競争に勝つことや良い大学に入ることは手段にはなるわけで、そのような動機で動く姿は僕が目指したいアクティブラーナーの完成形ではありません。

一斉休校の開始翌日からオンライン自習室を始めた蓑手教諭

また、「学ぶことを楽しめていればよい」というのも少し違うと思っています。例えば、ゲームのようなエンターテインメント性の高い教材を使えば、学ぶのを楽しめるかもしれませんが、それも僕が本当に目指したいアクティブラーナー像ではないんです。エンターテインメント性の高い学び方で楽しませても、自ら壁を乗り越えていく力にはつながりません。

僕も以前、「授業を面白くする」ということを追究していた時期がありました。面白くすればするほど子供たちは喜ぶのですが、「次はどんな面白い授業をしてくれるの?」と、逆に子供たちの態度が受動的になっていきました。そして、学ぶことを楽しんでいる状況を作り出すだけでは、子供たちの主体的な学びにはつながらないのだと気付きました。

僕の考えている「アクティブラーナー」は、自分が成長することを楽しむことができ、成長したことでまたさらに学びたくなるという、学びと成長の好循環サイクルが回っている人というイメージです。

従って、学ぶ過程を楽しめること以上に、「学ぶことで成長したい」という動機があることが重要だと考えています。そして、こうした学びと成長の好循環サイクルさえ回っていれば、学ぶ対象のコンテンツは何でもいいと思っています。

――コンテンツは何でもいいとすると、ゲームのようなものでもいいのですか?

はい。学びと成長の好循環サイクルが回るなら、学ぶ対象のコンテンツはゲームでも何でもいいと思います。「学び」という言葉で多くの人がイメージするのは、いわゆる国語、算数などのお勉強的な教科や、ちょっと広げても習い事くらいまでだと思います。

その外側に、一般的には「遊び」とされている領域があると思うのですが、僕は「学び」と「遊び」を区別する必要はないのではないかと感じています。「遊び」の中からもさまざまな「学び」を得ることができるからです。そういった意味で、「学びの定義をもっと拡張していきたい」という考えもあります。

「遊び」を通じて「学ぶ」

ただし、「学び」と「遊び」の境界線をなくすと、「単純にダラダラとゲームをしていることも学びに入ってしまうのか」という疑問が生まれます。ゲームというのは非常に良くできていて、ダラダラとプレーしているだけでも、ゲームの中の世界では、自分がプレーする仮想キャラクターの経験値が上がっていきます。

その擬似的な成長体験がさらにゲームを続けたいという気持ちを引き出し、ゲームのプレー時間が長時間化していくんですよね。これだけ多くの子供たちがゲームに夢中になっているわけなので、ゲームの仕組みは本当にすごいと思います。

しかし、ゲームの中で得られる経験値は仮想のものです。実際の世界で得られる「生身の自分の成長」につながる経験値としての価値には、はるかに劣ります。ゲームをプレーすることで「生身の自分自身」を成長させるには、それ相応の努力と工夫が必要になるでしょう。

オンライン自習室に生徒が登校した塗り絵の成果

学びと遊びの境界線を取り払って、自分が本当に好きだと思えるものを通じて自分自身を成長させてほしい。だから僕は、アクティブラーナーの定義として、「学びと成長のサイクルが回せている」ことにこだわりたいと考えています。長時間ゲームしているだけで、生身の自分の成長実感を得られていないのであれば、それはアクティブラーナーとは言えません。

僕は休校期間中に入ってから「オンライン自習室」を行っていますが、実際に子供たちが取り組んでいる内容や扱っているコンテンツは、実にさまざまです。例えば、漫画『鬼滅の刃』の絵を極めていく子がいれば、作った料理を撮影する子、ピアノを練習して上達していく様子を動画で投稿する子もいます。

コンテンツはそれぞれ違うのですが、みんな成長していく自分自身を楽しんでいるようで、「オンライン自習室」を開けていない土日やゴールデンウィーク中も、休まず取り組み続けた子がいて驚きました。彼らには、平日も土日も関係ないんですよね。楽しいことならやり続けられるし、やり続けたくなる。まさに、アクティブラーナーだなと感じます。

一斉休校で明らかになったこと

新型コロナウイルスの世界的拡大を受けて、世界中の学校で休校が相次ぎました。休校に入ってから、学校と子供たちのつながりが断たれ、学びが止まってしまった。日本の公立学校に関しては、ICT環境の整備が遅れていたせいだと言われることが多いのですが、僕はもっと根本的な問題があると考えています。つまり、学校や先生が授業を提供しなければ学べないということは、われわれ教員は、子供たちを自立的学習者に育成できていなかったということです。

学校という場所に子供たちを集め、教科ごとの到達目標や時間割などに沿って提供される強制された学びでは、子供たちを「自ら学び成長したい」と思わせることができなかったのだと思います。その結果として、学校が一斉休校になった途端、子供たちの学びが止まってしまったのではないかと。

子供たちは、好きなことであれば放っておいても勝手にやります。学校が休みになったら、学校でやっていた学びを継続しなかったという事実は、つまりは学校が提供している学びそのものが、子供たちにとって楽しいものではなかったということですよね。

学校教育は、アクティブラーナーに育成することができていなかっただけでなく、「勉強」に対するイメージ、いわば子供たちの学習観をネガティブなものにしている可能性すらあると感じます。

(森田亜矢子)

【プロフィール】

蓑手章吾(みのて・しょうご) 東京都小金井市立前原小学校教諭。全国に知られるICT先進公立校である同校は、総務省「次世代学校ICT環境の整備に向けた実証(スマートスクール・プラットフォーム実証事業)」の指定校。蓑手教諭は、3年間にわたって同校の研究テーマである「21世紀を拓く『新しい学び』の創造」の研究推進委員長を務め、ICTを活用したアクティブラーナー育成を実践している。共著に『全員参加の全力教室2』(日本標準)、『知的障害特別支援学校のICTを活用した授業づくり』(ジアース教育新社)などがある。


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