【カンボジア編(下)】頑張る教員ほど負担増の不公平さ

ヴィチカー先生

自由に使えるパソコンがない、コピーができない、印刷ができない、道具がない、そもそも理科室がない。休み時間と勤務のない午前または午後は副業。時間がない。給料は1カ月250~300ドル。お金がない。

「ない」ものだらけのカンボジアの小学校に赴任した2018年8月。授業支援に入る学級の授業見学をしていた時に出会ったのが、チアシム小学校5年生担任のヴィチカー先生だった。

この小学校では、教員は毎年同じ学年を担任する。見学したのは5年生の「電気」の授業。直列つなぎで豆電球が光る実験を児童たちに見せていた。カンボジアで実験を見せる先生との初めての出会いだった。

日本の小学校でよく使う便利な実験キットはない。ヴィチカー先生は2つの電池をテープでつないで実験をしていた。先生の周りに児童全員が集まり、視線を注ぐ。つかない。電池を3つに。つかない。4つに5つに6つに。最終的に電池は12個になった。それでもつかない。と、児童の一人が自分のキーホルダーから電球を外してヴィチカー先生へ。電球が壊れていると考えたらしい。すると「ピカッ!」。光った。

子供たちもヴィチカー先生も拍手。実験に使った電池も導線も電球も、全てヴィチカー先生が自ら市場で買って用意したらしい。「ない」ものだらけの環境でも、こうして頑張っている先生がいるということを知った記念すべき日だった。

「忙しい」を理由にしない先生

それから週1回、ヴィチカー学級の授業支援を行った。ヴィチカー先生がすごいのは授業だけではなかった。教室に入る前の靴の置き方を見れば一目瞭然。つま先を外に向け、行儀よく並んだサンダルたち。はだしで歩いても足の裏が汚れないのは唯一このクラス。

行儀よく並んだサンダル

授業時間厳守、教室内での飲食禁止、宿題チェック、保護者への協力依頼、個別指導。日本では当たり前に思われることかもしれないが、周りがそうではない環境でこうあろうとするのは、日本で同じことをするよりずっと難しい。

ヴィチカー先生は厳しい。予習・復習は当たり前、自分の考えを発表しようとしない児童にも指導が入る。

「間違えることがいけないんじゃない、考えを話そうとしないことがいけない」

ヴィチカー学級の1年間で、子供たちは目覚ましく成長する。学習する習慣のなかった子が家でも教科書を開くようになる。発表して褒められた時に見せる笑顔とガッツポーズは最高だった。

昨年8月の学年末、クラス最後の日に教室を訪ねるとお別れ会の最初から、子供たちが別れを惜しんで泣いていた。ヴィチカー先生の机は児童からのプレゼントで溢(あふ)れていた。

熱心に授業を受ける児童ら

誰よりも子供たち自身が自分の成長に気が付いているのだろう。そんな児童らをヴィチカー先生は「また来年も会えるじゃない」とうれしそうに笑って見ていた。

2年目はヴィチカー学級の授業支援にたくさん入った。「明日は校内の植物を観察しよう」「サトウキビを持ってくるから教室の前に植えよう」。2人で授業の進め方を相談することもますます増えた。

授業の前、ヴィチカー先生は必ず教材研究をする。毎年5年生を担任しているけれど、「今年の子供たちは書くことが苦手だから…」と、その年の児童に合わせた指導方法を考えるのだ。時には実物を見せ、それが難しい時には模型を作って、ワークシートを班の数だけ手書きで作ってきた。「忙しい」が口癖のカンボジア人が多い中で、「忙しい」を理由にしない先生だった。

不公平な状況

ある日、夕食に招かれて家に行ったとき、ヴィチカー先生から「来年は教員を辞めようと思っている」と告げられた。

教員の中には学校に来なかったり、来ても遅れてきたり、きちんと授業をしなかったりする者がいる。もちろんヴィチカー先生のように一生懸命、仕事に取り組む教員もいる。そうすると、保護者はきちんと授業をしてくれる先生のクラスに子供を入れたがる。管理職はしっかりした教員のクラスに学力に課題のある児童を任せる。

そうすることで、児童の数や学習定着度が公平ではなくなる。公平になるよう念入りにクラス分けを考える日本とはまるで違う。不満に思っても管理職に意見することは決してできない。そういう状況に疲れたのだと言う。

これはこの学校に限った問題ではない。今のままでは頑張っている教員ほど負担が増える。協力隊として先生一人一人の授業は支援できても、その考え方や姿勢は変えられなかった。カンボジアのこれからを担う子供たちのためにも、ヴィチカー先生のように一生懸命な先生が認められるように、そしてそれが当たり前になるように――。微力ながらカンボジアの教育に関わった一人として切に願う。

(猪股史子=いのまた・あやこ、埼玉県の小学校教諭。青年海外協力隊の任期を終え、現場復帰)


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