「受験生ファースト」は守れたか 大学入試を巡る混乱の経緯

6月19日、2021年の大学入試の方針を定めた「令和3年度大学入学者選抜実施要項」が文科省から公表され、大学入学共通テストでは高3生が2つの日程から選択できること、総合型選抜は昨年から1.5カ月(当初予定から2週間)後ろ倒しとすることなどの方針が示された。

例年、6月上旬に公表されるこの実施要項だが、今年は新型コロナウイルスの感染拡大による休校と学習の遅れを踏まえ、入試日程を後ろ倒しにしたり、出題範囲を縮小したりなどの配慮が必要かどうか、議論が行われてきた。

受験生からは、入試日程が決まらないことへの不安の声や、長引く休校で生活リズムが保てず、受験勉強に支障が出るといった声が上がっていた。

実施要項が公表され、入試日程や出題内容を巡る議論は一応の決着を見たことになる。しかし、ここに至るまでには紆余(うよ)曲折があった。立場の異なる団体から対立する意見が出され、一時は議論が平行線をたどるかとも思われた。

特定警戒都道府県に指定された地域とそうでない地域の差、公立高校と私立高校の差――。現在の状況下では、どのような対応を取ったとしても、不公平感を完全に拭い去ることは難しい。今回の議論は「受験生ファースト」の結論を導き出せたと言えるだろうか。これまでの経緯を振り返り、今後の課題を整理する。


「全高校にアンケートを」文科省が要望

「入試日程を遅らせるということで検討いただけないか」。全国高等学校長協会(全高長)の萩原聡会長(都立西高校長)が文科省に要望したのは5月中旬。全高長の常務理事会で入試日程に関するアンケートを実施したところ、2週間から1カ月程度の後ろ倒しを希望する意見がやや多い状況だったためだ。

大学入試の検討状況を説明する萩生田光一文科相

それに対して文科省担当官は「(全高長の会員である)高校全てを対象とした調査をしてほしい。大臣もそう望んでいる」と応じた。萩生田光一文科相は後日の記者会見で「今までのように、代表の方の意見だけをもって高校生の声とするのはリスクがあると思い、アンケートを取った」と明かしている。

全高長は6月上旬、各県の事務局にアンケートを発出。結果は、大学入学共通テストについて「現時点では、当初予定通りの実施とすべき」という意見が約7割というものだった。

この結果を受け文科省は11日、「大学入学者選抜方法の改善に関する協議」の初回会合を開催。大学関係者の側から、当初予定通りの実施を念頭に「予備日は今決めるのではなく、必要になった時に決めるようにすればよい」といった意見が挙がる一方、全高長側が表明したのは「全体の3割が延期すべきと答えている。何らかの事情で困っているのではないか」という意見だった。

実際に全高長のアンケートの結果を詳しく見ると、特定警戒区域に指定された13都道府県の高校で予定通りの実施を希望する学校は、多数派ではあるものの65.3%にとどまっており、それ以外の地域(72.6%)とは差がある。また、私立高校では75.3%が予定通りの実施を希望したのに対し、公立高校では66.9%にとどまり、こちらも開きがある。

全高長は13日に会議を開き、大学入試の日程を1カ月程度遅らせることを、文科省や大学関係団体などに要望することを決めた。要望書には、「通常通りの活動が行われている地域がある反面、登校時間や登校人数が制限されいまだに通常授業が実施できていない地域があるなど、地域格差が予想以上に大きい」という指摘を盛り込んだ。

「少数派の3割」をどう尊重

全高長側が16日夕方、要望書を文科省に持参したところ、文科省担当官は「要望書の内容には日本私立中学高等学校連合会(中高連)など私立高校の意見が含まれていない。全ての高校の意見を反映させてほしい」として受け取らなかった。

中高連は「アンケートの結果を尊重し、予定通り実施すべき」という姿勢を崩さず、全国の国立大学で構成する国立大学協会も「全体の70%が予定通りの実施を望んでいるなら、70%の意見を反映させ、残り30%が危惧している問題を解決する道を探るべきではないか」と主張した。

要望書の受け取り拒否を受けて会見する、全高長の萩原聡会長ら

全高長の萩原会長は要望書持参後の記者会見で「せっかく要望書を出したのに、議論の俎上(そじょう)に載らなければ不本意だ。合意はできないと考えてほしい」と述べ、そのまま17日に2回目の協議を迎えた。

2回目の協議の場では、文科省が大学入試の日程案を提示。文科省案では▽本試験(第1日程)は1月16・17日に予定通り実施し、同時に出願時から選択できる追試験(第2日程)を2週間後に設定▽さらにウイルス感染などによって追試を受けられなかった受験生を対象に、その2週間後に「追試の追試」(特例追試験)を実施▽総合型選抜(旧AO入試)は2週間後ろ倒しする一方、学校推薦型選抜(旧推薦入試)は予定通りの日程で実施▽国公私立大の一般選抜(個別試験)は、追試験の設定や出題範囲の工夫などを前提に、予定通りの日程で実施――といった内容が盛り込まれた。

入試日程を巡る意見の対立は、一時は平行線をたどるかと思われたが、「共通テストで複数回の受験機会を保障し、一般選抜でも配慮を行う」とするこの入試日程案を、全高長の出席者もやむなく受け入れる判断をした。19日にはこの内容を反映する形で「令和3年度大学入学者選抜実施要項」が公表された。

萩生田文科相は先立って「今年の受験は本当に特殊な事情。巡り合わせで受験生となった人には、時間的にも心理的にもさまざまな負担が生じている。こういう事態の中、日程的にも中身も変わらないまま、『同じ条件だから受験せよ』というのは非情ではないか」という意見を表明しており、それが今回の入試日程の工夫につながった格好だ。

公平なはずの学力試験、かえって不公平に

2回の「大学入学者選抜方法の改善に関する協議」で座長を務めた大阪大学の川嶋太津夫特任教授は「高校生にとっては、何も決まらないことが最も不安。学習の遅れに対応する日程案が出された以上、さらに議論を続けて本当に高校生のためになるのか、という思いで、いったんの合意につながったのではないか」とみる。

全高長の萩原会長は「協議では(予定通りの実施を求める)大学関係者が圧倒的に多い。また、同じ高校側でも私立高校は予定通りの実施を求めており、文科省にわれわれの意見をくんでもらう余地はなかった」と不満を漏らす。

その上で、「各大学で一般選抜での配慮はしっかり行っていただきたい。非常に苦しい状況に置かれた3割の高校の子供たちに対して、何も手を打たないのは納得できない。文科省には入試が終わった後も、各大学が適切な対応をしたかを検証してほしい」とした。

これから焦点となるのはまず、どのような受験生が第2日程を選べるのかという要件だ。既卒者についてはすでに「学習の遅れが想定されていない」として、第2日程の選択を認めない方針を萩生田文科相が示している。高校3年生については、個人が自由に選択できる形とするほか、学校長などによる学習の遅れの証明を要件とする、といった方法がある。

ただ、今回は初の共通テストということもあり、第1日程の様子を見た上で、第2日程で受験をしたいと考える受験生が多く出てくることも十分に考えられる。試験会場の広さなども考慮して、要件設定や事前の希望調査が必要になる可能性もある。

また、一般選抜における大学側の配慮も容易ではない。例えば出題範囲は、大学のアドミッション・ポリシー(入学者の受け入れ方針)と密接に関連する。今年は例外的とはいえ、範囲の削減や選択を行うにあたって、大学は慎重にならざるを得ない。

川嶋特任教授は「学力試験は公平公正・客観的だと思われがちだが、今回のような事態では大きな課題が出てくる。高校の休校状況などの書類も考慮して決められればよいが、受験者数や入試日程によっては負担が大きく、(前もって行われる)総合型選抜への定員振り替えを検討している大学もある。いずれにせよ、これから第2波、第3波も想定される中では『会場まで行って試験を受ける』という在り方を抜本的に見直す時期に来ている」と話す。

文科省の「大学入試のあり方に関する検討会議」で委員を務める日本大学の末冨芳教授は「共通テストの日程を2回設けるという大胆な方針は画期的。現時点で、最大限の努力をされたのだと思う」と評価する。

ただ「9月入学の議論に時間を割かれ、大学入試に対する受験生の意向を十分に確認する時間がなかったのは残念。今後、各大学で一般選抜の方法を急いで検討することになるが、共通テストの利用や入試時期などにおいて、どこまで救済の方法を考えられるか。本当の『受験生ファースト』が問われるのはこれからだ」と指摘する。

(秦さわみ)


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