休校中の教育格差 川口俊明福岡教育大学准教授に聞く

新型コロナウイルスの影響による長期休校で、教育格差の拡大が懸念されている。ひとり親や共働きの家庭、低所得世帯などからは悲痛な声が上がっており、深刻なエピソードは枚挙にいとまがない。では実際、休校の間に子供たちの教育格差はどれだけ拡大し、どのような施策が求められているのか。教育機会の不平等や、学校教育の成果に関する研究を専門とする福岡教育大学の川口俊明准教授に聞いた。


格差拡大の恐れはあるが、実態把握が難しい
――新型コロナウイルスによる休校などで、教育格差が拡大していると言われています。

仮説ではありますが、格差が広がらないわけがないでしょう。まず、休校中に保護者が子供の勉強をフォローできた家庭と、仕事や家庭の事情で難しかった家庭があります。

日本で一般的に行われている「学校が宿題を出して、それを家庭でやる」という方法は、親のどちらかがフォローすることが前提となっていますが、何らかの事情でそれが成立しない家庭があります。

分かりやすいのはひとり親家庭です。他にも外国にルーツを持つ家庭、共働きの家庭、両親はいても病気などで子供の面倒が十分に見られない家庭なども苦しいでしょう。

それから学校の側も、これまで35~40人が1つの教室に集まって授業をするという前提で動いてきました。今回のコロナ危機で、それを「してはいけない」と言われた時、すぐに対応できた学校は少なかった。これで格差が広がらなかったら、むしろ「これまで学校は何のためにあったのか」ということになってしまいます。

――それでは、実態はどうなっているのでしょうか。

実態を把握するには質の高いデータを収集し、分析する必要がありますが、それができる状況になっていないのが現状です。

各学校には、出席日数や欠席日数、家庭の状況に関するデータはあります。また、経済的な理由で就学援助を受けている子供の情報も、各学校や各教育委員会で把握しています。さらに今回でいえば、休校中のICT環境の整備や、オンライン授業の実施状況についても、各学校で記録は持っているはずです。

こうしたデータと、定期的に行っている学力調査などのデータを合わせれば、家庭環境が厳しい子供の学力がどのような状況にあるか、オンライン授業を進めた学校では子供の学力がどう変化したか、といった実態を検証することができます。

ただ、このように分野をまたがるデータを集約する仕組みが日本では整っていません。就学援助に関する情報も、各学校や教育委員会の担当課が持っているだけで、指導を担当する部署などには共有されにくいのです。

理由として挙げられるのは個人情報保護の問題ですが、データは匿名化できます。本音は「データを集約する必要がない」といったところでしょう。就学援助を担当する部署では、手続きさえ無事に終わればよいのですから。

非常時に慌ててデータを取るのでは遅い

――休校の影響を調べるには、改めて大規模な調査が必要になるのですか。

そうではなく、本来は「すでにあるデータを整理してひも付ければ、ある程度の状況の把握は可能だ」と考えなければいけない。非常時になって慌てて、新しい調査をかけるということでは遅いのです。

今年は全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)が中止になりましたが、定期的な調査なのであれば、こういう非常時にこそ実施するべきでした。結果は普段よりも悪化するかもしれませんが、家庭環境などのデータと組み合わせて、どういう状況に置かれた子供の学力が特に低下したかを検証することができれば、適切な対策に向けた議論もできたはずです。

本来、データは普段から淡々と調べて、集計しておくべきものです。普段から調べておかないと、今回のような非常事態が起きたときに通常時との比較ができず、何が変化したのかを正しく検証できません。

コロナ危機による休校は、中長期にわたって子供に影響を与える可能性もあるのですから、データに基づく議論ができないことは問題です。各学校や教育委員会で持っているデータは、わざわざ個別に問い合わせなくても、普段からオンラインで共有されているようなシステムを作る必要があります。

――データの整備が十分にされてこなかった理由は。

ここには構造的な問題があります。日本の教育行政では、「データを分析し、実態を検証した上で何らかの施策を打つ」という形ではなく、「推進したい施策が先にあり、どうしても裏付けが必要になったら事後的にデータを取る」という形になりがちです。とりわけ教育の分野では、施策の立案に当たって「子供のために」という思いが先走ってしまう傾向があります。

推進したい施策の方向性と合致しないデータが出てくると、行政にとっては不都合でしかありません。「実態と合致しない施策を打って税金を無駄にした」として、担当者が責任を取らされ、政治家や世論、マスメディアから批判を受けることになるからです。

それならばいっそ、データはないほうが都合がよい。このように、データに基づいて意思決定をしようということに、そもそもならない構造になっています。

本来、政治家や世論、マスメディアは、施策の効果がなかったことを責めるべきではありません。「効果はなかったけれど、新しい知識が手に入った。次は繰り返さないようにしよう」と考えればよいのです。真に責められるべきは、きちんとしたデータに基づかない施策を行うことや、効果がないと分かった施策を繰り返してしまうことです。

データ収集・分析を担う独立した部署が必要
――なぜそうした問題が起こるのでしょうか。

背景にあるのは、行政において施策を打っている部署が、同時に調査やデータ収集も担当しているということです。

今回の長期休校や子供の学力状況、ICTの整備状況について、施策を打っている文科省で同時に調査も行うとなると、「調査の結果が悪いと、ペナルティがあるのではないか」「成績が下がっていてはいけない」という臆測が生まれます。

調査を受ける側の学校現場も、施策を打っている文科省からICTの整備状況を問われて、「整備していません」と率直に答えられるでしょうか。責任を追及されることを恐れ、「きちんと答えないほうが得だ」ということになりかねません。

――この状況をどこから変えていくべきでしょうか。

この状況を回避するには、「淡々とデータを取るだけの、独立した部署」を国や都道府県、政令指定都市レベルで設けることです。施策を打つ部署とは別の部署でデータ分析を行い、よい結果も、悪い結果も淡々と発表する。

そして政治家やマスメディアも、悪い結果が出たからといって施策の担当者を責めるべきではありません。とにかく、データを取るインセンティブ(動機)をきちんと働かせることが必要です。

データを収集したり分析したりする人材には、専門のスキルを持ったスペシャリストを採用する必要があります。学校でICTを活用した授業を行う場合、コンピューターの操作ログなどで、どのアプリを何時間使用したかといったデータが取得できますが、適切な解析を行うにはやはり専門性が必要になります。

これまで行政では数年ごとに異動を繰り返し、ゼネラリストを養成してきました。しかし今後、データに基づく議論を推進するためには、組織や人材に関する考え方も大きく転換する必要があるでしょう。

(秦さわみ)

【プロフィール】

川口俊明(かわぐち・としあき) 1980年、高知県生まれ。専門は教育学・教育社会学。研究分野は学校教育の効果、学力調査、教育と不平等など。大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了。2016年から文部科学省「全国的な学力調査に関する専門家会議ワーキンググループ」委員、2019年から同「全国的な学力調査に関する専門家会議」委員。


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