【内田良×斉藤ひでみ】 コロナと改正給特法の狭間で

昨年の臨時国会で成立した改正給特法により、2021年度から学校現場で1年単位の変形労働時間制の導入が可能となった。新型コロナウイルスへの対応で混乱を極める学校現場で、働き方改革はどうなるのか。給特法や変形労働時間制の問題点を指摘してきた教育社会学者の内田良・名古屋大学准教授と公立高校教諭の斉藤ひでみ氏(筆名)が対談し、アフターコロナの中で変形労働時間制を導入しようとする動きに警鐘を鳴らした。


現場に降りたらどうなるか分からない
――改正給特法で変形労働時間制が導入されました。改めて、この問題はどこにあると思いますか。
変形労働時間制の導入に危機感を示す内田准教授(左)と斉藤氏

内田 変形労働時間制というのは、本来、繁忙期と閑散期が明確にある職業に適用される制度です。では、学校の教員に閑散期はあるかといえば、多くの教員は授業がない夏休み中でも、勤務時間が定時に収まっていません。

中教審の特別部会で東京都が示したデータを引き合いに出して、文科省は夏休みが定時未満であると説明していますが、これは年次有給休暇や夏季休暇の分を0時間として加算しているため、かなり恣意(しい)的なデータです。これだけでも、エビデンスに基づく政策立案になっていないのは明白です。

逆に、エビデンスと呼べるデータを持っていないから、何でもできるとも言える。制度設計をする上で、こういうことがまかり通ってしまうのは危ういですよ。

斉藤 法律が通ってしまって、それが現場に降りたとき、文科省が想定しているように年間5日程度の休みを捻出するための制度として機能すればまだいいですが、そうなる保証はどこにもありません。最初こそ、自治体は国のガイドラインを守るかもしれませんが、それが10年後、20年後も続くかといえば、必ず変質していきます。それが怖いのです。

内田 実は、斉藤さんのその主張は、私にとって新しい気付きでした。今回の変形労働時間制の導入を巡る議論では、文科省は「あくまで導入は自治体の選択制である」「5日間程度の休日のまとめ取りを可能にするのが目的だ」など一見、現実的とも受け取れる説明をしたので、問題視すべきことはあまりないかもしれないと感じていたんです。

そんなときに、斉藤さんが「どんなに正しいものだとしても、現場に降りたときにはどうなるか分からない」と声を上げた。これは強烈なロジックでした。

学校で変形労働時間制はできるのか
――今後、都道府県や市町村で、学校に変形労働時間制を導入する動きが出てくると思います。

内田 導入には、議会で条例を改正しなければいけないわけですが、やはりそこでも、夏休みでも学校は残業しているというデータがあれば、理屈上、変形労働時間制は導入できないと思うんです。実際に、石川県など一部の自治体はちゃんとデータを取っているので、そういう自治体がどういう議論をするのか注目しています。

斉藤 条例化を議論する前に、どれくらい学校現場の意見を聞いてくれるかは気になります。それから、各学校の判断で、「変形労働時間制を導入しない」という選択肢が認められるかなども、不透明です。

仮に「学校単位で」となったときに注意すべきは、管理職含め一部の教員だけで変形労働の内容を決めてしまえるということです。部活動に力を入れている学校で、部活動を前提にした変形労働時間制をやることだって可能になってしまいます。そういう学校では、8時間労働が足かせになっているのは実情でしょう。そういうものまで認めてしまえば、本当に収拾がつかなくなります。

変形労働時間制は、労基法の下では労使協定が必須となるわけですが、給特法の下ではそれが必要ないとされてしまいそうです。しかし仮にやるのであれば、全教員の意見が尊重される形にしなければなりません。

ましてや、タイムカードが導入されても、残業の月上限45時間に合わせてタイムカードを切るようなことが横行すれば、教育現場の自殺行為です。

――学校でいざ変形労働時間制を運用しようとしたときに、どんなことが問題となると思いますか。
「コロナ危機に乗じて働き方改革が終わるのではと危惧している」と内田准教授

内田 これまで、変形労働時間制の管理コストについて、全く議論されてこなかったように思います。学校のような組織で複雑な勤務体系を導入すればどうなるか。各校に数人しかいない管理職と学校事務職員の負担が増えることは簡単に想像できます。

斉藤 教頭の負担は増えるでしょうね。例えば、今度の変形労働時間制では、介護や子育てを抱えている教員には適用しないことになっています。つまり、導入するとなれば、個々の教員の事情を把握して、その上で具体的な実施体制を考えることになります。その調整は誰がするのでしょうか。ただでさえ忙しい教頭が倒れてしまいますよ。

やはり、変形労働時間制がこの学校にとって本当にメリットがあるものなのか、管理職も教員も事務職員も、本音で議論しなければいけないと思います。

コロナ危機における働き方改革の行方
――新型コロナウイルスの影響による休校から学校が再開し、感染防止対策や学習の遅れを取り戻すための教員の負担増が懸念されています。そのような状況下で、働き方改革はどうなってしまうのでしょうか。

内田 直近の問題として、夏休みがどうなるかがあります。是非はともかく、2000年代以降、授業時間数確保を目的とした夏休み短縮の流れがありました。しかもここ数年でエアコンが整備されたこともあって、本来の夏休み期間を授業日に充てようという機運はさらに高まっているように私は感じています。しかも今回のコロナ危機です。多くの自治体では、夏休みを2週間ほどにまで短縮して、授業の遅れを取り戻そうとしています。

通常の夏休みでも、研修や部活動、9月以降の準備など、山のように仕事があります。それが短縮されるわけですから、もはや、閑散期における休日のまとめ取りどころか、休日自体があるのか、と。休日のまとめ取りという実感は、とても遠いものになっていくと思います。

私が今、最も危惧しているのは、この危機に乗じて、働き方改革が終わってしまうのではないかということです。私個人は、国や自治体には、授業内容の削減や先送り、入試の出題範囲の縮小など、子供や教員がそこまで大きな負担にさらされない形で、今年度を終えられる施策やアイデアを出してくれることを期待します。誰も休めないような学校生活にはしたくありません。

私たちはこのコロナ危機の中、安全・安心を軸に、学校・社会生活の在り方を模索しました。この理念は感染が仮に収まったとしても、忘れてはならないことです。リスクは、コロナだけではありません。

変形労働時間制の議論は「最低3年間は凍結すべき」と話す斉藤氏

斉藤 現場で教壇に立つ身としても、学校が再開して、「これからとてつもなく大変になるぞ」と身震いしています。夏休みも冬休みも返上で、いよいよ教員は、年中ノンストップの過労死ラインで働く職業になってしまうのではないでしょうか。

そんな中で仮に、変形労働時間制の導入をこっそり進めてしまおうとする自治体があれば、非難されて当然でしょう。変形労働時間制の議論は、勤務が平時の状態に戻り、年間の詳細な残業時間がエビデンスとして得られるまで、最低3年間は凍結してもらいたいと考えます。

生徒の学びの保障や、安全・安心の確保は当然重要です。この緊急事態の中で、教育公務員としては、今こそ「生徒のために」尽くすべきときだと思っています。でも、だからこそ、教員の労働時間や感染リスクへのケアも、教育委員会や文科省には常に頭の片隅に置いていただきたいのです。

コロナへの対応で「せざるを得ない残業」も、給特法の下では「好きで働いたこと」とされてしまう、頑張ったら頑張っただけ砂をかけられるような現状です。

教員をさらに無償で酷使しようという「働かせ方『改悪』」ではなく、今こそ人的支援や教育予算の拡充など、真の意味での働き方改革を進めてほしい。働き方改革はコロナ危機で終わるのではなく、これから始めるのだと強く言いたいです。

(藤井孝良)

【プロフィール】

内田良(うちだ・りょう) 名古屋大学准教授。専門は教育社会学。学校事故や教員の長時間労働について研究・発信を行う。主な著書に『教師のブラック残業』(学陽書房、共著)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)、『ブラック部活動』(東洋館出版社)など。3月に斉藤氏らとの共著『迷走する教員の働き方改革――変形労働時間制を考える』(岩波ブックレット)を出版した。

斉藤ひでみ(さいとう・ひでみ) 公立高校教員。斉藤ひでみは筆名。生徒の部活動の入部強制、教員の顧問強制など、部活動の在り方を疑問視し、ツイッターで発信し始める。教員である夫を過労死で亡くした工藤祥子さんと共に、変形労働時間制の導入に反対する署名活動を展開し、注目を集めた。3月に内田准教授らとの共著『迷走する教員の働き方改革――変形労働時間制を考える』(岩波ブックレット)を出版した。


関連