【プログラミング教育奔走記】次世代の授業スタイル

コロナ禍における休校で、学校のICT環境の脆弱(ぜいじゃく)さが浮き彫りになった。子供たちの生活はどんどんデジタル化しているのに、学校教育のデジタル化は遅々として進まない。そんな中、小学校の校長を定年退職後、61歳にしてIT業界に再就職し、プログラミング教育普及のために全国の小中学校を飛び回っているのが福田晴一氏だ。「プログラミング教育は、子供たちが未来を豊かに生きるためのリテラシー」だと語る福田氏に、インタビュー第1回は、教員に知ってもらいたいプログラミング教育導入の背景について聞いた。(全3回)

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61歳でIT関連企業の新入社員に
――校長を定年退職し、61歳で再就職したのがIT業界、プログラミング教育を推進するNPO法人「みんなのコード」でした。福田さんがプログラミング教育に携わった経緯について教えてください。

私の40年にわたる教員生活の最後は、東京都杉並区立天沼小学校の校長でした。この学校は2008年にできた杉並区初の統合新設校で、私は13年4月に2代目の校長として着任しました。

統合新設校ということで、杉並区の教育ビジョンを具体化し、これからの時代のニーズに合った地域立学校のプロトタイプを目指すということで、地域運営学校(コミュニティ・スクール=CS)となりました。加えて、ICTも推進するなど、モデル校的ななかなかすごい小学校だったんです。

ちなみに天沼小では、15年度から5、6年生に1人1台、16年度には4年生にも1人1台のタブレット端末が配備され、各教室にはCisco(無線LAN)のアクセスポイントがありました。おそらく当時、公立ではトップクラスの環境にあったと思います。

東京都の公立小校長から61歳でIT業界に再就職した

16年に小学校におけるプログラミング教育の必修化が検討され、20年度からの新学習指導要領に盛り込むとの方針が出されました。ちょうどその年に、天沼小が視聴覚教育総合全国大会で研究発表をすることになり、プログラミングについてほとんど何も分からない中で「やってみようか!」とチャレンジすることになったのです。

私は当時、ICTについて特別詳しいわけでもありませんでしたが、新しいもの好きでしたし、嫌いじゃなかった。そして、プログラミングを学んでみると、面白かった。プログラミングはこれからの社会の「リテラシー」であり、さまざまな課題解決の「アクセル」になり得るだろうと感じました。

でも、アクセルばかりを踏んでいると、暴走して事故を起こしてしまいます。だから同時にブレーキも必要です。そのブレーキに当たるのが情報モラルだと考え、「プログラミング教育=アクセル」と「情報モラル教育=ブレーキ」をバランスよく学ぶことをテーマとして、研究発表を行いました。

そして17年度に東京都で最初の「プログラミング教育推進校」の募集に名乗りをあげ、都内7校のうちの1校に決まりました。

教えたことない、教わったことない、でもやらなきゃいけない
――天沼小でのプログラミング教育が、福田さんの今に大きな影響を与えているのですね。

天沼小ではタブレット端末に関わる研究も進んでいましたし、先生たちもプログラミング教育に対してやる気に満ちていました。

でも、どの教員もプログラミングを教えたことも、教わったこともないので、校内にはプログラミングの専門家がいません。そこで、情報教育に詳しい方から「みんなのコード」代表理事の利根川裕太氏を紹介してもらい、講師として来てもらうことになりました。

そうして1年間、「プログラミング教育推進校」として取り組んでいるうちに、私自身がプログラミング教育の必要性を痛感しました。なぜなら、子供たちの目の輝きが、本当に違っていたのです。これは次世代の新しい授業スタイルになるのではないかと、強く感じたのを覚えています。

プログラミング教育は、やってみたらその良さが分かるはずなのに、なかなか導入が進まない現状がありました。それをどうにかしたい思いで、61歳にして公教育のプログラミング教育を推進する「みんなのコード」の新入社員になったのです。

周りは20代、30代の若い同僚ばかり。ICTスキルで言えば、他のスタッフの足元にも及びません。でも、私の強みは教育委員会や学校へのネットワークがあることです。

現在は「みんなのコード」の「指導者養成主任講師」という肩書きで、全国の教育委員会や小学校で、プログラミング教育普及のための研修を行っています。

――今回のコロナ禍での休校中もそうでしたが、日本では教育のオンライン化や、プログラミング教育がなかなか進まない現状があります。2年間、全国を訪問していて、どのように感じましたか?

プログラミング教育以前にも、やれ外国語だの、やれ道徳だのと、日本の先生たちは本当に大変だったわけです。「ただでさえ忙しいのに、プログラミング教育だと !?」と思うのは当然です。ただ上から言われるだけじゃ、やれるような状況にならないわけです。

プログラミング教育は未来を豊かに生きるためのリテラシーだと語る

外国語もそうでしたが、プログラミング教育も先生にとっては「教えたことない、教わったことない、でもやらなきゃいけない」ものでした。

だからこそ、私は全国の小学校を回りながら、プログラミング教育がなぜ導入されようとしているのか、その背景を伝えてきました。

日本の先生はレベルが高いし、真面目だし、誠実です。導入の背景を理解すれば、一生懸命、子供たちのために全力で取り組みますし、より創造性豊かで工夫した授業を展開してくれます。実際に研修で訪れ、背景を理解した学校は、楽しみながら意欲的にプログラミング教育を実践しています。

世界は経済からテクノロジーにシフト
――プログラミング教育の導入背景とは、具体的にはどのようなことでしょうか。

一つは世界の時価総額ランキングです。これ、研修で先生方にクイズとして出題するのですが、意外とウケますし、皆さん知りません。

2018年(平成30年)の世界時価総額ランキングは、1位がアップル、2位がアマゾン・ドット・コム、3位がアルファベット(グーグルおよびグループ企業の持ち株会社)、4位がマイクロソフト、5位がフェイスブックと、米国のICT関連企業が並んでいます。

トップ10は米国と中国の企業が占め、トップ50の中に日本企業はようやく35位にトヨタがランクインしているだけです。

では、1989年(平成元年)の世界時価総額ランキングの1位はどこだったと思いますか?

実は、NTTなんです。2位は日本興業銀行、3位は住友銀行、4位は富士銀行、5位は第一勧業銀行と、日本企業がトップ5を占めていました。トップ50に日本企業が31社も入っていたのです。

ランキングに入っている企業を比較すると、この30年で何が変わったのかがすぐに分かります。1989年は「経済」でしたが、2018年には「テクノロジー」にシフトしているのです。日本は学校だけでなく、企業もそのシフトについていけていないのです。

ここで、これから到来する「Society 5.0」の時代を生きる子供たちに必要な資質・能力、リテラシーとは何かと先生方に問うと、今の教育内容でいいのかと疑問に思います。

例えば、今では当たり前のように行われている家庭科の「調理実習」ですが、実は戦前はそもそも「家庭科」という教科がありませんでした。それが戦後の1947年に教科として位置付けられます。でも、その時代は「家庭科」といっても被服しかなく、余った布で何かを作るという活動をしていました。

要するに、戦後の復興期に必要なスキル、リテラシーが被服だったわけです。その時代に調理実習なんて、できるわけがありません。そもそも食材がないわけですからね。

それが、その10年後の1957年実施の学習指導要領で、家庭科に調理実習が入るようになります。保守的な家庭からは「なんでうちの息子に台所の仕事をさせるんだ!」と反対もあったそうです。

でも、東京オリンピックの開催が決まり、高度経済成長期に入った日本は、男性も女性も社会進出して、男女共に家庭の仕事ができないといけないようになりました。つまり、これからの時代、国民に必要なリテラシーとして調理実習が行われることになったんです。

調理実習をするからといって、調理師を育てようとしたわけではないように、プログラミング教育をするからといって、プログラマーを育てようとしているわけではありません。もちろん、その中で優秀なプログラマーが生まれれば、それに越したことはありませんが、何よりみんながより豊かな生活を送るために、プログラミングを体験するわけです。

「子供たちには豊かな発想力がある」と福田氏

今の子供たちは、テクノロジーの消費者にとどまっています。子供たちがただゲームをやるだけでなく、コンピューターの仕組みが分かれば、それを使って問題解決ができるようになる。つまり、テクノロジーの消費者から、共生ひいては価値の創出者になり得るわけです。

先生たちもよく分かっているんです。子供たちには大人にはない「豊かな発想力」があると。だからこそ、義務教育段階からプログラミング教育を体験させるべきだと思います。

(松井聡美)

【プロフィール】

福田晴一(ふくだ・はるかず) 1956年、東京都生まれ。みんなのコード学校教育支援部主任講師、元東京都杉並区立天沼小学校校長。約40年の教員生活を経て、2018年4月にNPO法人「みんなのコード」に入社。61歳で新入社員となる。20年度からの小学校におけるプログラミング教育必修化において指導教員を養成すべく、全国の小学校や教育委員会を訪問し、研修などを行っている。学校心理士の資格も持ち、東京都三鷹市の巡回心理士や、文科省のコミュニティ・スクールのコンサルタント、埼玉県戸田市のコミュニティ・スクールのディレクターも務める。

※新型コロナウイルス拡大防止のため、インタビューはWEB経由で実施し、写真撮影は感染防止対策をとった上で、短時間で実施しました

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