「教科書を100%教えない」 教育課程課長が語る学習の指針

6月5日に通知された「『学びの保障』総合対策パッケージ」は、突然の新型コロナウイルスの感染拡大と長期休校という非常事態に直面し、前例のない対応に追われた文科省が考え抜いた末に作り上げた、Withコロナ時代の学校運営の指針だ。取りまとめにあたった同省初等中等教育局教育課程課の滝波泰課長は「パッケージの中核は、学習活動の重点化にある。教科書を100%、学校で同じように教えるわけではない、という考え方が鍵だ」と説明する。重点化によって授業に必要な時数を1割程度圧縮できれば、土曜授業や夏休みの短縮と組み合わせて、例年と遜色ない学習内容を子供たちに保障することができる、という考え方だ。パッケージの狙いを聞いた。

(教育新聞編集委員 佐野領、秦さわみ)


矢継ぎ早の特例的な対応

新年度になって、いきなり最大2カ月間の休校。家庭学習をある程度組み合わせるといっても、授業の遅れを取り戻すことは容易ではない。滝波課長は「実際の授業の中でどう取り組んだらよいか。再開後の学校現場にとって、死活問題だと分かっていた」と振り返る。

これまでの経緯を振り返ってみよう。安倍晋三首相が記者会見で突然、全国の学校に春休みまでの一斉休校を求めたのは、新型コロナウイルス感染症が一気に広がった2月27日夕方のこと。文科省では多くの幹部にとって寝耳に水の決定だった。2009年に新型インフルエンザの流行で、関西の一部で学校が1週間の休校に追い込まれた際、児童生徒や保護者に混乱が広がった経過を出向先の自治体で当事者として経験した滝波課長は、一斉休校に不安を感じたという。

文科省は当初、「休校がこれほど長期化して、授業をできない状態が続くとは考えていなかった」(滝波課長)。新学期からの学校再開を見込み、3月24日には登校時の検温などを求めたガイドラインを都道府県の教育委員会などに通知した。しかし、感染症の勢いは増し、学校再開をためらう自治体が続出。政府は4月7日、7都府県に緊急事態宣言を出し、4月16日には全国に拡大され、学校再開は遠のいた。

先行きの見えない休校が続く中、文科省は矢継ぎ早に特例的な対応を打ち出した。4月10日には休校中の家庭学習について、学習内容が定着すれば、再開後の学校で同じ内容を再度扱う必要はないと通知。「とにかく子供たちの学びを止めてはいけない、と考えた。家庭用の学習計画表を添付資料に入れるなど、これまでにない取り組みもやった」(同)。

4月21日の通知では、家庭学習や学習状況の把握のためには「ICTを最大限活用して遠隔で対応することが極めて効果的」として、「ICT環境の積極的な活用に向け、あらゆる工夫をする」よう明確に打ち出した。学校現場に対して「自治体や学校の平時におけるICT活用ルールにとらわれることはない」と、踏み込んだ表現でこれまでの常識を切り替えるよう促している。

5月1日には、分散登校によってフルスペックではなくても学校再開に道筋をつける「学校運営上の工夫」をまとめ、5月15日の通知では、遅れた授業について次々学年まで繰り越しを認めている。さらに5月22日には、地域の感染状況に応じて学校現場に必要な感染予防策を一冊にまとめた衛生管理マニュアルを通知した。

いつの間にか学習指導は「学びの保障」へと呼び名が変わり、補正予算編成をはじめ政策対応のキーワードになった。4月7日には緊急経済対策として4年かける予定だったGIGAスクール構想の年度内前倒しが打ち出され、その費用として2292億円を盛り込んだ第1次補正予算案が閣議決定(4月30日成立)。5月27日には、学習指導員など再開後の学校に必要な人員確保などを盛り込んだ第2次補正予算案が閣議決定された(6月12日成立)。

次第に感染症の拡大は緩やかになり、5月25日には全ての都道府県で緊急事態宣言が解除。6月からほとんどの学校が再開された。しかしながら、感染症が収束する見通しは不透明なままだ。学校現場は感染症が収束するまで、感染予防に最大限の配慮をしながら、辛抱強く学校運営を続けるしかない。

「鍵は教科書にある」

そうした「Withコロナの時代」の義務教育課程で学校再開後の基本的な指針となるのが、『学びの保障』総合対策パッケージだ。滝波課長は「内容的にはかなり包括的。5月15日の通知で学習活動の重点化を示すと予告しており、なるべく早く示さなければいけないと考えていたが、関係する全ての教科書の膨大な記述の仕分け・確認作業に時間がかかった」と背景を説明する。

パッケージでは「あらゆる手段で、子供たち誰一人取り残すことなく、最大限に学びを保障」と目標を掲げ、それを実現するために授業日数のイメージから対策を組み立てている。

4月と5月が学校の臨時休業となり、6月が分散登校によって一部の授業が取りやめになったと仮定した場合、1年間の平均的な授業日数200日程度のうち、新型コロナによって失われた授業日数は45日程度となる。土曜授業や夏休みの短縮などで確保できるのは35日程度。4月10日の通知で特例的に示したように、学校が課した家庭学習を授業と同様に評価しても、まだ足りない。

そこで浮上したのが、学習活動の重点化だ。これで20日程度を捻出することができれば、もし感染第2波がきて再び1~2週間の休校に追い込まれても、必要な年間授業日数を確保でき、文化祭や運動会など学校行事に充てる日数の確保も可能になる。これが文科省が走りながら考えた末にたどりついた、学びの保障の基本的なイメージとなっている。

滝波課長は「この学習活動の重点化が、パッケージの中核」と強調する。重点化された部分は、限られた授業日数を使って従来通り教員が児童生徒に対面で教える一方、個人でも実施可能な学習活動の一部は、家庭など授業以外の場で実施するという考え方だ。

ただ、実際に学習活動を重点化しようとしたとき、どこの部分に重点を置き、どの部分を授業以外の場でも実施できる内容だと仕分けるのか。その線引きを学校現場や全国各地の教育委員会がそれぞれ独自に判断することは難しい。学習指導要領に基づいた義務教育課程という性格を踏まえれば、これは文科省の役回りになる。検討作業に着手したのは、4月7日に緊急事態宣言が出されてから間もなくのこと。「学校の臨時休業がやむなしとなり、文科省は何らかの指針をなるべく早く示さないといけない」状況だった。

識者の中には学習指導要領から重点項目を挙げるよう求める声もあった。これについて滝波課長は「学習指導要領は大綱的なもので、そこから一部を取り上げて『ここは指導しなくていい』というやり方をすれば、学習内容の一部が欠落したまま、子供たちが社会に出て行くことになる。それは、私たちの責任としてやってはいけない」と語る。

「鍵は教科書にある、と最初から思っていた」という。「教科書は学習指導要領に基づき、基礎を押さえた上で、発展的な学習も含めて子供たちに興味関心を持たせるように作られている。学習活動を重点化するために、教科書を100%、学校の授業で教えなくてもいい。それを教科ごとに、具体的に示す必要があった」

教科別の指導計画修正案を明示

小中学校で使われている全ての教科書を対象に、学校の授業で重点的に教えるべき箇所をリストアップし、一部を家庭など授業の場以外でできる内容に仕分けていくのは、膨大な作業だ。文科省では、関係課の担当職員に加え、関係する各教科の教科調査官が総出で、教科書会社とタッグを組んで作業に取りかかった。

まず優先したのは、来春に卒業を控え、次年度への授業の繰り越しができない最終学年の小学6年生と中学3年生。その作業がようやく終わったのが、パッケージを公表した6月5日だった。最終学年以外の仕分け作業は、まだ継続中だ。

滝波課長は「教科書は本来なら、編集や検定だけで何年もかかる。それをこれほど短期間で仕分けしていいのか、と思われる方もいるかもしれない。でも、一刻も早く学校現場が授業を効率的に進めていける材料を示さなければならなかった。一通りの内容は、このパッケージに集約されている」と説明する。

具体的に仕分けした内容は教科書協会のホームページで確認でき、文科省の「子供の学び応援サイト」からもリンクされている。教科書が想定している授業時数に対し、授業の場以外で行える学習活動の内容と学習時間を赤字で明記し、重点化によって必要となる学校での授業時数を一覧で示している。

小学校6年生の「国語」を例にとってみよう。教科書の指導計画案は、学習活動として「教科書の3つの文章を読んで、気付いたことを伝え合う」「教科書の絵や例を基にして、原因と結果の関係が分かるような文章を書く」と示している。

学習活動重点化の例(東京書籍小学6年生「国語」より)

これに対して、パッケージの一部として公表された「臨時休業明けの年間指導計画参考資料」では、家庭など学校の授業以外の場で学習できる内容として「教科書の文章を読み、気付いたことについてまとめる」「原因と結果の関係が分かるような文章を書く」部分を挙げ、教室での対面授業では「考えの交流」「文章の妥当性の確認や交流」に重点化するよう促している=図参照。

こうした具体的で細かな教科別の指導計画修正案を小中学校全ての教科書に明示しようというのが、パッケージの狙いだ。学校現場では、臨時休校で失われた授業日数や学校行事に必要な日数を踏まえ、仕分けされた教科書の内容を確認しながら、それぞれの事情にアレンジして学習活動を重点化し、カリキュラム・マネジメントを手直ししていけばいい。

滝波課長は「実際の授業時数のカウント方法は、学校によってまちまちだろう。家庭学習を授業と同様に評価する時間数を積み上げるのはどうかという議論もある。また、発達段階を考えれば、小学校低学年では思い切った重点化は難しいと思う。学校ならではの学びである学校行事を通じていろいろ経験する機会を奪ってしまうのは、学校の在り方としてどうかも考えなければいけない。教科ごとに学習活動を重点化する道筋は示すことができたので、ここから先は感染第2波の可能性もにらみながら、それぞれの学校現場や教育委員会で考えてもらいたい」と話している。


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