教える人から伴走者へ スタディサプリで変わる教師像

新型コロナ危機下で、スタディサプリが一気に躍進した。司令塔であるリクルートの山口文洋執行役員は「新型コロナ危機の前と比べて、新たな導入校は2倍になった」と胸を張る。これまで全国の高校の約5割が導入していたが、3月から5月末にかけては小学校から高校まで、さらに600校以上、約30万人も利用者が増えた。スタディサプリでは児童生徒が自身の習熟度に合わせて利用できる学習動画や練習問題などに加え、教員向けに宿題配信や進捗(しんちょく)管理、コミュニケーションの各機能が利用できる。これまで、知識を教えることが中心だった教員の役割は、メンターやコーチのような「伴走者」へと変容するかもしれない。スタディサプリが変えうる学校や教員の姿について、山口氏に聞いた。


非常時、豊富な授業動画が受け入れられた
――新型コロナウイルスによる休校を受け、スタディサプリは大きな支持を得ました。

学校現場に受け入れられたポイントは3つあると考えています。まずは授業の動画が豊富にそろっていたこと。今回の休校で、先生方も双方向の授業にチャレンジされていましたが、30人や40人のクラスを相手に双方向の授業をするのは至難の業です。

普段は先生が自身で授業をして、その後の練習問題をスタディサプリで行うというスタイルが一般的でしたが、今回のような非常時には、授業もスタディサプリの動画を見て、関連した内容の練習問題をするというスタイルが4月以降、多くの学校で広がりました。

それから、先生と生徒の双方向コミュニケーションのインフラになったことです。授業の動画や宿題の配信はもちろん、先生から生徒に向けて連絡したり、生徒が今日あったことを報告したりという情報伝達ができるようになりました。

さらに、サーバーをダウンさせることなく、安定した環境でこうした機能を提供できたことで、信頼を得られた部分もあったのではないかと思います。

――2013年の事業開始以降、スタディサプリは日本の教育にどのような役割を果たしてきたのでしょう。

当初は「月額980円でカリスマ講師の動画が見放題」(現在は1980円)という形で、個人向けにテレビCMを打ってスタートしました。携帯さえあれば低価格で学ぶことができるため、予備校や通信教育にアクセスできない子供たちにも、地域や所得の格差を気にすることなく、自由に学べるチャンスを与えることができたと考えています。

母子家庭で経済的に厳しくても、月額980円を払ってこつこつ勉強したという生徒や、山間部に住んでいて予備校のない環境でもスタディサプリを使って大学に合格した、という生徒の声を聞いています。さらに、980円でも厳しいという生活困窮家庭の子供たちには、自治体やNPOと連携して、放課後の学習支援を無料で行っています。

また、個人向けのサービスを開始後に、学校向けのサービスも始めています。もうかれこれ7年ほど、全国で100人以上の営業担当が学校現場に足しげく通い、先生の働き方改革や、一人一人の習熟度に合わせた授業動画と練習問題を提供する、という未来の教育の在り方を説いてきました。

その結果、現在では日本の高校の半数に導入されるまでになり、学校のICT化推進の一翼を担えたのではないかと思っています。これまでテクノロジーを有効な手段と捉えていなかった先生方も、新型コロナウイルスによる休校で危機感を持ったのではないでしょうか。

基礎知識は動画で、教員はメンターの役割に集中
――一人一人の習熟度に合わせた学びで、どのような変化が生まれますか。

それぞれ実力がばらばらの生徒40人に対して、先生が1人で教えるという授業や、全員が同じ内容の宿題やテストを行っている世界は、非効率ではないかと感じます。

生徒にとって、難しすぎる問題は手が付けられないし、かといって易しすぎる問題では飽きてしまいます。自分のレベルよりちょっとだけ難しい問題に取り組んだ時に、最も成長の度合いが大きくなる。ただ、これをアナログで一人一人に対して行うことは難しく、多くの生徒が放課後に宿題や塾で、もう一度同じインプットをするという非効率な状況が生まれています。

それならばいっそ、英語や数学、理科、社会のような教科の基礎知識については、先生が作るよりも、何千万回、何億回と視聴された授業動画を見ればよいのではないでしょうか。全員が同じことを学ぶのではなくて、習熟度に合わせて一人一人が最適化したコンテンツを使って学んでいけば、放課後に宿題としてもう一度同じことをやり直す必要はなくなります。

放課後は本来、自由な時間であってほしいと考えています。僕自身も塾や予備校には通わず、放課後はいつも遊んでいたのですが、そのことが「人と違うことを思い付く」「何にでも挑戦できる」といったマインドの原点になったと感じています。

多感な時期だからこそ、何でもかんでも授業で育むのではなく、好きなことに没入するための「余白」のようなものを取り戻す必要があります。趣味でも部活でも、何か夢中になれることで目標を掲げて挑戦する。挫折経験も積んで、反省して次の挑戦をする、という主体性を発揮してほしいと考えています。

――それでは、教員の役割はどうなるのでしょうか。

先生や学校という存在がなくなって、完全にAIに置き換わることはまずないと思います。世の中で、自分一人で学習へのモチベーションを高めて成果を出せる人は1~2割程度しかいないでしょう。残りの8割以上の人は、「勉強は苦手だな」と思っている。

そこで、先生という存在が彼らに伴走して「こういう意味があるから学ばなければいけないよ」「君はこういう強みがある」「こういう学び方をしたらよいのでは」というコーチングをしていく必要があります。

先生に最も時間をかけてほしいのは、このように生徒に対して内発的な動機付けをするメンターやコーチのような役割です。また、基礎知識をベースとして正解なき問いと解を探究していくようなアクティブ・ラーニングや探究学習こそ、授業のファシリテーター、プログラム・コーディネーターとしての先生の腕の見せ所です。

逆に、必ずしも先生がやらなくてよい役割や非効率な業務は、スタディサプリのようなEdTechで代用してしまえばよいのではないでしょうか。

今回の新型コロナ危機で、知識を教えるだけのティーチングはスタディサプリに任せて、先生は双方向の学びやコーチングに集中する、という役割分担をする学校が出てきました。まさに先生の役割を変革した事例であり、うれしく思います。これからの先生には教科の専門性よりもむしろ、心理学や行動経済学を学んでほしいと思っています。

スタディサプリは、1~2割の能動的で主体性のある生徒にオンライン完結型の学びを提供するというより、8~9割の勉強が苦手な生徒に伴走するに当たって有用なツールを、先生に提供していくことを目指しています。

――スタディサプリを使って、どのように伴走するのですか。

例えば、高校の入学時には「到達度テスト」を提供しています。小学校・中学校の履修範囲から出題されており、高校入学までにどこでつまずいたかが可視化されます。これまでの苦手を克服する学習プランが自動生成されるので、1学期のうちに宿題や補習の形で進めることができます。

この到達度テストは学期ごとに用意されていて、次の高1の2学期には1学期までの履修範囲から出題されます。そこで、以前の苦手は克服できているか、新たな苦手は何か、といったことが分かる。この仕組みを回していくと、個人の習熟度に合った最適なパーソナルラーニングができます。

先生はチャット機能なども活用しながら、生徒がスケジュールにのっとって苦手克服を進めているか、といったコーチングを進め、できていない生徒には声掛けをするなどのフォローをすることができます。

5年後には、学校現場に定着したインフラに
――学習ログなどのデータはどう活用すべきでしょうか。

スタディサプリでも学習ログは取得できるので、それを蓄積したビッグデータを活用することで、将来的につまずく可能性のある単元などを予測することは可能です。ただ実は、学習ログそのものにそれほど大きな価値があるとは思っていません。

スタディサプリでは学習支援だけでなく、リクルートがこれまで手掛けてきたキャリア教育や進路支援も同じプラットフォームで行っています。適職診断や目標に対する振り返りのデータを蓄積して生徒や先生にフィードバックしており、こうした内面のデータのほうが価値は高いと思っています。

こうしたデータは、入試や成績評価などの場面で先生だけが使うのではなく、生徒自身が自分の客観的なデータを見て内省し、自分の強みや弱みを把握するために使ってほしい。学習習熟のデータと合わせて、他人との比較というより「過去の自分よりも成長した」という観点で見ることで、自己肯定感の向上にもつながると考えています。

データのオープン化についても検討し、日本の教育全体の発展に貢献していければよいと考えています。

――これから学校のICT化は、どのように進んでいくのでしょうか。

今回の新型コロナウイルスで、いつ休校になってもおかしくないという不確実な環境にあるということが分かりました。地震などのリスクもありますし、ICTのインフラや有事に使えるソフトウエアを常備するのは、「乾パン」を常備しておくのと同じで、もはやマストなのではないでしょうか。

ただICTについては、乾パンのように非常時にしか食べないのではなく、平時のときから食わず嫌いをせず、勇気をもってチャレンジしてほしい。とはいえ、いきなりプログラミングの講座をしようとしても難しいので、まずは紙ベースでやり取りしていた連絡帳をメールにしてみる、プリントで出していた宿題をオンラインで配信してみようという、シンプルで簡単なステップからICT化を進めていくのがよいのではないでしょうか。

スタディサプリも一過性のブームで終わるのではなく、5年後には「完全に定着したな」と思われるぐらいのインフラになっていたいですね。

(秦さわみ)

【プロフィール】

山口文洋(やまぐち・ふみひろ) 1978年、神奈川県生まれ。2000年に慶応義塾大学卒、ITベンチャー企業を経て2006年にリクルート(現リクルートホールディングス)入社。2012年にリクルートマーケティングパートナーズ執行役員、2015年に同社社長を経て、2019年4月よりリクルート執行役員、教育・学習事業担当兼リクルートマーケティングパートナーズ執行役員・まなび事業統括本部長。


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