米国のインクルーシブ教育 「違い」が軸にある米国

インクルーシブ教育のハードルが低い

前回、私が訪問した米国ニューヨーク州シラキュースの教室では、さまざまなレベルで「違い」が溢(あふ)れていると書きました。このことは、インクルーシブ教育の持つイメージや進め方にも影響を及ぼします。

端的に言えば、「『違い』が溢れていると、インクルーシブ教育のハードルが低い」ということです。なぜ、このように言えるのか。私が教室で出合ったいくつかのエピソードをもとに説明します。

「みんな同じように学ばなければ」とあまり思っていない

「ハードルが低い」と言えるのは、「違い」が溢れているために「みんな同じように学ぶ」ことをそれほど求めていないからです。

ある公立幼稚園(年長)に見学に行ったときのことです。幼稚園とはいえ、文字や数字もたくさん教えていました。イメージ的には小学校1年生に近い感じです。学力的にはニューヨーク州全体で平均クラスの学校でした。

思い思いに読書する子供たち(著書『アメリカの教室に入ってみた』ひとなる書房より転載)

知的障害や学習障害のある複数の子供も学んでいました。午前中3時間ほど教室の中に入ったのですが、一番印象に残ったのは、「一緒にみんなで遊ぶ・学ぶ時間がほとんどない」ということです。

それぞれが自分の学習課題(ドリル)をもとにグループに分かれて学んでいます。言語聴覚士(ST)が教室に入りこみ、コーナーで障害児に個別指導を行っていました。また、そろって学ぶ時間もあったのですが、その時間でもSTが個別指導をしていました。

みんな自分のペースで学ぶ

このように、同じ教室で学んでいるものの、それぞれが自分のペースで学ぶ時間がかなりありました。日本のように同じ学習内容を学ぶことが少なかったのです。学校や学年、教科によって状況は異なりますが、総じて日本の通常学級ほど「みんなで同じ内容を学ぶ」頻度や志向性は少なかったです。

もっとも日本においても、通常学級で学ぶ障害児に対して、加配の先生が個別に指導することはよくあります。しかし、できるだけ同じ学習内容を学ばせようとすることが多いでしょうし、違う学習を指導する場合でも違う内容をおおっぴらに教えることは少ないでしょう。

みんなで「いただきます」をしない

学習場面だけでなく、生活場面でも同じような状況でした。例えば、ランチでの「いただきます」です。

1年間、米国のさまざまな教室に入りましたが、お昼ご飯のときに、みんなで一緒に「いただきます」と言う声を聞くことは一度もありませんでした。自分が準備できたら、めいめいに食べ始めます。

このことは、インクルーシブ教育を考える上で象徴的な例です。と言うのも、私が日本の教室(特に幼稚園や小学校低学年の教室)に入ると、この「いただきます」を巡って問題が起きることがあります。みんなで「いただきます」をする中で、衝動性の強い子供が先にご飯を食べてしまい、「待てない」ことが問題になるのです。そして、この子は「気になる子」として浮かび上がります。

しかし、米国の場合、そもそもみなと同じように「いただきます」をしないため、「気になる子」として注目されることがありません。「それぞれ食べるタイミングは違うのだから自由でOK」ということなのでしょう。

「よしあし」ではなくハードルの「高さ」が違う

私は米国と日本でのインクルーシブ教育のどちらが優れているかを論じたいわけではありません。どちらにも一長一短があるので、そう簡単に優劣を決められません。ただ、少なくとも両者の比較から言えるのは、「日本のインクルーシブ教育はハードルが高いな」と言うことです。

米国の場合、みんな同じ内容ではなく、それぞれの違いに合わせて学習を進めます。生活の場面でも、それぞれのペースで生活します。だからこそ、学習の遅れや行動の違いがあっても、それが教室の中で大きな問題にならずに「包摂」しやすいです。

一方、日本の場合は、同じ学習内容、同じ生活様式を前提とし、かつ、それを目指してインクルーシブ教育を進めようとしています。しかし、発達障害の子供だけではなく、外国にルーツのある子供、虐待を受けた子供など、以前に比べ多様な子供たちが増えている状況を踏まえれば、「同じ」を目指すインクルーシブ教育はハードルが高いのは事実です。実際、近年、特別支援学級や学校の在籍児が急増している事実がその証拠です。

私たちがインクルーシブ教育をすすめようとする際、「どうすればいいか」という方法だけを考えるのではなく、そもそも「どんな価値観を有しているのか」についても自覚する必要があるでしょう。

【プロフィール】

赤木和重(あかぎ・かずしげ) 神戸大学大学院人間発達環境学研究科准教授。専門は発達心理学、インクルーシブ教育。保育・学校現場に入り、子供や教師の姿に感動し、それを理論化する仕事をしている。著書に『アメリカの教室に入ってみた:貧困地区の公立学校から超インクルーシブ教育まで』(ひとなる書房)、『目からウロコ!驚愕と共感の自閉症スペクトラム入門』(全国障害者問題研究会出版部)など。

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