【人生の扉を開く起業家教育】育てるのはマインド

子供たちに、チャレンジ精神や創造性を育むと言われる起業家教育。20年以上前にその有効性に気付き、地方の学校で実践し始めた大西正泰氏。徳島県や大阪府などの小中高校で教鞭(きょうべん)を執った後、退職して自らが起業し、起業家支援や地方を活性化させる「街づくり」に従事してきた。コロナ禍で一層不透明になった混乱時代を、子供たちはどのように生きていくべきか。起業家教育の第一人者である大西氏と共に、これからの子供たちに求められる「起業家マインド」を考える。(全3回)

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求められる自分で正解を作る力
――そもそも、なぜ起業家教育に着目したのですか。

私は社会科が専門です。教師を目指していた学生時代から、社会科を子供たちに教えるそもそもの目的について考えてきました。その一つとして、よく「市民を育てる」ことが挙げられますが、ではこの「市民」とは誰なのでしょうか。

例えば、自分の住んでいる地域の市民という意味では実態がありますが、社会科教育では、科学的な判断と意思決定できるという想定が「市民」でした。だから、目標としては分かるけれども、リアリティーに欠けると思いました。たどり着いた答えは、子供たちが社会に出た時、どんな仕事や役割についても必要になるリアルな力を育むことでした。

社会科の授業でその力を身に付けるためには、「なぜ」という疑問を入り口に、知りたいことを詳しく知っていく過程を大切にします。例えば「なぜ、私たちはお金を使って、経済を回しているのか」「なぜコロナは起きたのか」といった子供自身の「なぜ」を中心にして、思考を多角的に広げながら、学びを深めます。

そして、その学びの先にあるものが、意思決定です。私たちは日々、正解がない問いに対して、自分ならではの答えを選び取りながら生きています。

大西正泰氏(オンライン会議システムで取材)

ここまでが、これまでの社会科教育で主に論じられた範囲ですが、今の社会に求められているのは、自分で何かしらの正解を作る力。それはリアルに存在する「起業家」など、過去にないものを創造的に工夫していく力を持った人。そういった現場の人々のリアルな姿勢を起業家マインドとして軸に据えたかったのです。

こういった考えに至った背景には、大学院時代にお世話になった小西正雄先生の「提案する社会科」論の影響が大きかったと思います。知識を学ぶ以上に、自分と社会をつなぐ「プラン=提案」を出す小西先生の発想は、まさに私の考える起業家マインドの原点でした。

私も教師時代とその後の起業を経て、いろいろな人に出会ってきましたが、会社員でもアーティストでも公務員でも、どんな仕事や立場にいても、起業家マインドを持っている人が自分の人生を心から楽しめているように思います。

――そこで起業家教育を実行に移すのですね。

大学時代からぼんやりと思い描いていて、教師になって5年目の1999年から実践し始めました。

具体的には、「ゲーミフィケーション」を取り入れた学びを展開しました。例えばパソコン工場の創業者になって、売り上げを立てて大きくしていくシミュレーションゲームなんかは、生徒も夢中になって取り組みました。他にも株式学習ゲームはよくやりました。授業でも株式の仕組みや、チャート分析の方法、財務諸表の読み方について触れていました。

バーチャルな学習だけでなく、リアルでの活動もしました。自分たちでTシャツを作って文化祭や地域のマルシェで販売したり、起業家が集まるセミナーに出向いて、いろいろな立場の大人と対話したりしました。

実践を通じて子供たちを起業家にしたいわけではありません。あくまでゲームやその体験の中から社会の構造を知り、自分たちの提案でルールや関わり方が変わる。いわゆる「社会」を変えることのできる基礎体験を学ぶことが大事だと子供たちに伝えてきました。

学校で社会の面白さを伝える
――当時は、地方の学校が積極的に起業家教育を進めることは、珍しくありませんでしたか。

そうですね。当時はゲームをしたり、遊んだりしているだけに見えていたのか、他のクラスの先生から怒られることもありました。

起業家教育の歴史を振り返ってみると、英国ではエンタープライズ教育、米国ではアントレプレナー教育と呼ばれ、国内でも今ほどではありませんが授業で取り入れている学校はありました。ただ、会社や新規事業の立ち上げ方など、実際に起業するための「起業家になるための方法を学ぶ教育」を習得するものが多かったように思います。

――そこを、あくまでマインドにこだわったのですね。起業家マインドとはどのようなものを指すのでしょうか。

人は誰しも、生まれたときは起業家マインドの種を持ち合わせています。赤ちゃんを思い浮かべてください。目の前にある物を片っ端から触って、口に入れて、まずかったら吐き出して、おいしかったら食べる。分からないものに関わっていこうとするその姿は、起業家マインドそのものです。

次のステップとして「まずいものには砂糖をかけるとおいしくなるぞ」とか、「そもそもこれは食べるものではない」「使うと便利だぞ」とか、原体験を踏まえてどんどん実験して、自分の周りの環境をより良くしていくのです。

そのマインドを成長しても持ち続けるためには、学校が子供たちに、社会はワクワクする面白い場所だと伝えることがとても大切です。私が子供のころの社会科の授業は「将来、石油は枯渇する」「権力者は民衆を困らせる」といった、暗いイメージだったように思います。歴史の過ちや社会の課題に触れながらも、私たちは現状をより良くするために社会と関わり、何よりその中で自分自身が楽しまなければなりません。

要するに、どの教科でも自分たちが住む世界とどう関わるのかという視点を子供たちに持たせながら、学びを進めることが重要です。見つける課題や関わり方は人それぞれです。家族やクラスメートとの関係性を変える、少し早起きして散歩しながらゴミを拾う、といった身近な取り組みでも構いません。学びを通して、自分の世界を少しでも変えようと動くことが、起業家教育の本来の狙いなのではないでしょうか。

型や枠にとらわれない学びを
――起業家教育は、今では当時よりもポピュラーなものとなりました。現状をどのように受け止めていますか。

日本の学校教育全般に言えることですが、新しいことが始まると、「起業家教育はこういうもの」「アクティブ・ラーニングはこうあるべき」といった正解を求めがちです。まずは「型」にとらわれることなく、実践してほしいと思っています。

起業家教育という枠を気にせず、いま主流のプロジェクト型学習のように、子供たちが自分で課題を見つけて解決する方法を探る手法をとり、目の前の子供を中心にした学びを展開するとよいのではないでしょうか。起業家教育の肝は、子供が自分自身を違う分野や世界にスライドさせ、凝り固まった気持ちや価値観、立ち位置から軽やかに旅立てるような体験をさせることだと思います。

最初に示したカリキュラム通りにやらなくても大丈夫です。想定内より想定外の方が、起業家教育らしいからです。目の前の子供と向き合って、気持ちよく計画を捨てて、一緒に計画を練り直すぐらいの気持ちで良いかと思います。

私は今年4月から、岡山県の吉備国際大学で教鞭を執り始めました。教職を辞してから地元の徳島県にある上勝(かみかつ)町を中心に取り組んできた「街づくり」についての講義を担当しています。新型コロナウイルス感染症の影響で、先日やっと初回の対面講義をしました。

久しぶりに教壇に立ったので、学生に向けて街づくりの面白さをどう伝えようかと、かなりの時間をかけて講義内容を作り込みました。大半の学生は熱心に聞いていたのですが、居眠りや携帯をいじっている学生が数人いて、思わず叱ってしまいました。

型や枠にとらわれない学びの必要性を訴える(大西氏提供)

しかし、講義を進めながら改めて、「学生にとって、この内容は面白いのか」と考え直したのです。実際、街づくりに取り組むメンバーに授業内容を話すと、とても面白いと言ってもらえました。

一方で未経験の学生目線に立つとどうでしょう。まだ若く、漠然とした不安感を抱いている彼らは「自分がどう生きるべきか」さえも見つけられていません。街や地域を語る以前に、そんな彼らときちんと向き合って、学生の個人的なテーマから内容を膨らませていく必要があったのではないかと反省しました。

講義の最後に「ごめん、面白くないのが分かってきた。来週からやり方を変えるわ」と学生たちに謝罪しました。どのようなアプローチをすれば彼らから良い反応が返ってくるのか、これから試行錯誤の日々が続きそうですが、それが学びの面白さだと思います。

マニュアルや一つの方法に依存するのではなく、目の前の子供の反応や背景に応じてどんどん変えていく。そして、その子が一番エネルギーを発散でき、夢中になれる形をつくる。それこそが、真の学びだと思います。

(板井海奈)

【プロフィール】

大西正泰(おおにし・まさひろ) 一般社団法人ソシオデザイン理事、吉備国際大学社会科学部経営社会学科講師、地域再生コンサルタント。元社会科教師。私立中学で管理職として“起業家教育”を軸に学校の立て直しに挑むなど、その実践が評価され経済産業省「DREAMGATE」に参加。四国エリアの責任者として起業支援で実績を重ねる。2006年1月に有限会社VentureGenomeを設立。四国における地域再生支援に取り組む傍ら、創業塾講師として全国各地で活躍中。その後、生まれ育った四国徳島の地域再生をしていこうと事業ドメインを変更。12年に一般社団法人ソシオデザインを設立。現在は、徳島県上勝町をフィールドのベースにして、全国各地の自治体向けコンサルティング及び地方創生に関わる講演を行なっている。16年、スローフード日本代表団(イタリア・トリノ)。18年、中小企業庁「創業機運醸成賞」受賞。19年、中小企業基盤整備機構TIP*Sアンバサダー。


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