【探究と方法5】リベラルアーツ教育のモデルとしての、「編集知」の世界(松岡正剛事務所ディレクター 太田 香保)

新学習指導要領が重視する「探究」とその「方法」を考える当連載。第5回を担当する松岡正剛事務所ディレクターの太田香保氏は、「編集知」を取り上げる。なんらかの特質や特徴によって情報を分類整理する「分類知」に対して、「編集知」はそれまでになかった情報の組み合わせによって、新しい関係性や意味やイメージを発見し、創出していく方法的知識だという。STEAM教育の「A」として注目される先端的リベラルアーツ教育は、本来こうしたクリエーティブなアプローチによって成立する学びではないか。

この特集の一覧

松岡正剛の本棚が「編集」の入り口だった

「松岡さんの事務所に行ったら、本棚をよく見て学びなさい」。慶應義塾大学の図書館員だった私を松岡正剛のもとに編集見習いとして送り出してくれた、図書館長の衛藤駿先生(東洋美術教授)からいただいた、はなむけの言葉である。

当時、麻布のマンションの一室にあった松岡事務所は、果たして客間もワークルームも壁面いっぱいに本棚が組まれた迷宮のようで、そこには私が習熟していた十進分類法とはまったく違う方法によって本が配列されていた。

ある棚では世界史の本と神話や物語の本が経糸(たていと)と横糸の織物のように緻密に構成され、ある棚では宗教と生物学、デザインと情報学といった異なるジャンルの本が相並び拮抗(きっこう)しあっている。聞けばそれらの本の配列は、その時々の仕事のさしかかり具合によって、しょっちゅう組み換えもされるという。

多くの本が死蔵されがちな大学図書館とは違って、全ての本が豊かな可能性をたたえて息づいていた。博覧強記と言われる名編集者の秘密を垣間見たように思い、圧倒されながらも興奮を覚えた。世の中のことを通り一遍の「分類知」でしか見ていなかった私が、「編集知」の世界に導かれた第一歩である。

編集トレーニングから学習プログラムへ

「分類知」は文字通りに、なんらかの特質や特徴によって情報を分類整理するための方法的知識のことである。「編集知」とは、それまでになかった情報の組み合わせによって、新しい関係性や意味やイメージを発見し、創出していくための方法的知識のことである。

もちろん、「分類知」と「編集知」は相反するものではなく、「分類知」は「編集知」の一つと考えることもできる。ただし、いったん分類されラベリングされた情報はそのまま固定化されてしまいがちで、それを知識としてため込むばかりでは「編集知」が発動しにくくなってしまう。十進分類法以外の本の並べ方があるということすら想像したこともなかった私は、まさにそのような不自由きわまりない状態にはまっていたのだ。

ちょうどそのころ松岡は編集工学研究所を設立したばかりで、私のような若い編集見習いが次々と迎え入れられ、ベテランスタッフとともに編集工学の研究会を兼ねたワークショップをずいぶん数多く体験させてもらうことができた。

そこでは、編集の対象となるどんな物でも事でも、その奥にある多様な意味とイメージの重ね合わせを意識すること、また常に自分の発想や思考の源泉やプロセスをトレースすることを求められた。

自分がそれまで触れたこともないような、例えば平安王朝の文化や古代ギリシアの自然学の本を与えられ、その内容を知識としてではなく、「方法」として捉えて要約編集するといったトレーニングもたびたび課せられた。これは、広範なジャンルの知識編集を要する研究所のスタッフには欠かせないスキルだった。

松岡は、このような学習を同時多発的に起こさせるため、社内LANを駆使して、「イメージの歴史」に関するオリジナルテキストを配信し、それに対してスタッフが素早く応答して相互にも対話し続けるというかなり実験的なプログラムも編み出した。私を含む全スタッフがどのエクササイズよりも夢中で取り組み、「編集知」が活性化される実感を共有し合えたという、画期的なものになった。

イシス編集学校と「千夜千冊」の両輪

振り返ってみると、これらのワークショップは、松岡にとっては、システム工学や認知科学の成果をふんだんに取り入れた編集工学を、学習プログラムに応用していくための試行錯誤の機会にもなっていたのだろう。私にとっては、物事の見方や考え方、ひいては人間観や社会観や世界観を深めていくための、全存在的・汎(はん)教養的トレーニングにさえなっていたように思う。

このような松岡正剛による編集思想やメソッド、またその指導法の全てを集大成して2000年にインターネット上ではじまったのが、「イシス編集学校」と「千夜千冊」である。「千夜千冊」は超ジャンル的なブックナビゲーションであるだけではなく、網の目状の「知」のハイパーリンクを構成しながら増殖し続ける「編集知」のアーカイブそのものである。

近年、「イシス式」は、単なる発想術やビジネススキルとしてではなく、eラーニングの先駆としてだけでもなく、先端的リベラルアーツ教育のモデルとしても期待されている。これは、編集学校が千夜千冊との「両輪」によってカリキュラムが組み立てられ、指導陣もこの「両輪」を踏まえて研鑽(けんさん)を積んでいるためである。

実際にも、編集学校には、かつて私が初めて松岡事務所を訪問して興奮したときと同じように、「千夜千冊」の「知」の圧倒的重層性に好奇心をかきたてられて入門し、1冊の本から無限にたくさんの本へと、自在に出入りしながら「知」を編む楽しさに目覚めた人たちが数多くいるのである。

***************
【千夜千冊】

2000年に開設した、古今東西の本を論じる「ブックナビゲーションサイト」。20年6月現在、古典文学から生命科学まで、民俗学からポップカルチャーまで1745冊以上が紹介されている。06年には求龍堂から全8巻として出版され、10万円の全集本がこれまで2000セット以上が完売。18年には角川ソフィア文庫から「千夜千冊エディション」としてテーマごとに文庫化され、「本から本へ」「デザイン知」「情報生命」「面影日本」など16タイトル以上が出版され、現在も続刊中。

【編集工学】

松岡正剛は「編集工学」のスコープを次のように設定している。

    • 生物の遺伝情報や人間の脳神経および免疫システムに潜む情報編集方法を他の領域に応用すること。
    • 歴史的な情報文化技術の現在的適用。
    • 世界のコミュニケーションとメディアの歴史に関わり、新たな研究開発に寄与させること。
    • すでに表現された世界像の再編集。文字・記号・図像・言語・科学体系・機械・建築・都市・祭祀・芸能などが発している情報の、多様な変容に関わること。
    • そのほかコミュニケーション、知覚活動、社会活動などをモデル化し、工学的に応用可能なプロセスに着目すること。

このスコープに基づき編集工学研究所は、「生命に学ぶ」「歴史を展(ひら)く」「文化と遊ぶ」をスローガンとしている。

***************
【太田香保氏プロフィール】

太田香保(おおた・かほ) 慶應義塾大学日吉情報メディアセンター(図書館)元秘書。1989年、松岡正剛事務所入社。続刊中の「千夜千冊エディション」、『18歳から考える国家と「私」の行方(東西本)』 などの松岡正剛氏の単著、田中優子氏との共著『日本問答』、田中泯氏との共著『意心伝身』の編集を手掛ける。平城遷都1300年記念プロジェクト「NARASIA」など様々な活動でディレクターも務める。イシス編集学校の世界読書奥義伝[離]では第1期から講座リーダーに当たる総匠として携わり続けている。

【イシス編集学校】
校長は松岡正剛。イシス編集学校の「イシス(ISIS)」は、「Inter-active System of Inter Scores」の頭文字をとった略称。新しい価値の創出には異なるスコア同士を掛け合わせることが不可欠で、イシスはその方法を相互にアクティブに学習していくシステムである。相互に交わし合うことで、探究への好奇心を引き出すことにその特徴がある。
この連載の一覧
関連

あなたへのお薦め

 
特集