【教員のメンタルヘルス】夏休み明けが疲れのピークに

各地の学校が短い夏休み期間に入り始めた。しかし専門家からは、教員のメンタルヘルスの悪化は「夏休み明けが要注意」といった指摘もある。

教員はどのように今年の夏休みを過ごし、新学期をどんな心持ちで迎えるべきだろうか。感染拡大が続く首都圏にある2つの小学校に現場の様子を聞くほか、自身の経験を踏まえ教員の心の健康について啓発する追手門学院小学校講師の多賀一郎氏と、公立学校共済組合九州中央病院の十川(そがわ)博メンタルヘルスセンター長に話を聞いた。

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割り切って、新たな取り組みを

「新しい生活様式」に対応した学校生活が始まった。東京都の杉並区立天沼小学校(松野泰一校長、児童645人)では、毎日午後4時半になると教員全員で15分間の消毒作業を行う。教室や職員室、トイレのドア、昇降口、げた箱近辺――。

消毒をしている間、少しでも楽しい雰囲気になるよう明るい音楽を流すが、本音では「かなり負担を感じている」と松野校長は明かす。作業そのものの大変さより、「いつまで続くのだろうか、という見通しの立たなさ」がつらい。

校庭や階段などの“密”を避けるために休み時間を分けたり、感染リスクの低い行事や避難訓練の方法を検討したりと、新しく考えなければいけない場面も増えた。しかも、感染状況などによって急な変更が生じることもある。新しい業務の増加と度重なる計画変更は、特に管理職に大きな負担としてのしかかっている。

1学期はほとんどの行事が中止になった。行事は「思い出に残る」ということ以上に、特に高学年がリーダーシップを発揮して達成感を得る機会だが、今年はそれができない。

「教員も、子供たちの達成した姿に喜びを感じ、それをモチベーションにして仕事をしてきた。今の先生たちにはそうした喜びが得られない」。それどころかマスクの着用で、子供たちの笑顔を十分に見ることすら難しい状況だ。

杉並区立天沼小学校の松野泰一校長

松野校長は「これまでのやり方が通用せず、達成感もないとなると、ベテランの先生方の意欲が続かず、再任用などを諦めて学校を去ってしまうのではないか」と危惧しつつも、「元の生活に戻すことはもはや無理なのではないかと思ったら、もう仕方ないと割り切って、子供たちや教員が学校のよさを感じられる新たな取り組みを考えていくしかない」と前を向く。

「今までのやり方にこだわると、『あれもこれもできない』とマイナス思考になってしまう。オンライン授業や動画配信、新たなスタイルの行事など、これまでとは違うものを作り上げていくことを励みにプラス思考でいきたい」と話す。

同小の夏休みは8月1日から24日まで。「教員はこの1学期、これまでと違うことをしてきたのだから、まずは心も体も休めてほしい。それから、2学期以降の行事をどうするかも考えていかなければいけないが、今年だけの対応でなく、今後の新しいスタンダードになるかもしれないことを念頭に、考える時間を作ってほしい」という。

夏休みはしっかり休養を

夏休みを短縮している学校も多い。文科省が7月17日に公表した調査によると、全国の小中高の多くが今年の夏休みを「2~3週間」に設定している。

千葉市立平山小学校(池田亘宏校長、児童501人)では市の方針にのっとり、8月8日から23日までの16日間を夏休み、11日から14日までは学校の閉庁日としている。夏休みの日数は例年の半分以下。教員向けの研修も中止となっており、「しっかり休養していただく期間にしてほしい」と池田校長は話す。

今年の夏休みは「2~3週間」が最多

夏休み以上に長い休校を経験した児童の中には、体力が落ちてしまい、痛みや不調を訴える子もいたという。気温が上がる中でマスクを着用する場面もある。同校では児童らに「遅れを取り戻そうと何が何でも登校するのではなく、早めに休養を取り、無理をしないように」と指導している。

池田校長は「先生方も同じで、これまでの疲れが蓄積している。休校中、インターネット上で『教員は暇なのではないか』という、いわれもない風評を目にすることがあったが、実際は受け入れ児童の対応や教材研究、再開への準備などがあり、仕事が途切れない感覚が続いていたと思う。教師自身が心身ともに健康で、気持ちよく仕事をすることが大切だ、と声を掛け続けている」という。

「いかに捨てるか」を大切に

同じく夏休み明けの危険性を指摘するのは、追手門学院小学校で講師を務める多賀一郎氏だ。「夏休みが明けた後が、現場の先生の疲れのピークになるのではないか。すでに学校再開後のストレスに対応しきれず、休職した先生もいると聞く」と、教職員のメンタルヘルスの動向を注視するべきだと話す。

多賀氏は、制限がある学校生活の中でも「マスクをしての授業は、想像以上に負担がかかる」と話す。「私たちは、児童生徒一人一人の表情を見ながら授業をしている。マスク越しで生活する今は子供たちの表情はおろか、顔さえもよく分からない。もちろん子供たちも、教師の表情を読み取れない。ソーシャルディスタンス以上に、心の距離ができてしまっているように感じる」と続ける。

コロナ禍で新たに増えた学校現場の負担について、「多くの先生が、今は不満に思っていない。『子供たちに会えてうれしい』『こんな時だから、子供たちのために』が先行して、がむしゃらに頑張っている。でも実はこれが一番怖い。自分のキャパを超えて頑張り続けてしまうと、いつか心が折れる」と警鐘を鳴らす。

これは、阪神淡路大震災での多賀氏自身の経験に基づく推察だ。当時、被災地の学校で教鞭(きょうべん)を執っていた多賀氏は「今の皆さんと似ていて、『こんな時だからこそ、子供たちのために』と頑張っていた」と振り返る。

学校再開以降も度重なる余震や学習の遅れ、子供たちの心のケアに奔走し続けた。しかし、しばらくたつと、子供たちにも多賀氏にも変化が見られるようになった。制限のある学校生活にストレスを感じ、子供たちがだんだんと荒れるようになってきたのだ。そんな子供たちを前に多賀氏は、いつもの自分では考えられない感情を抱いたと言う。

「本来、子供はずっとお利口にしてなんていられないもの。けれどあの時は、これまで気にならなかった小さなことでイライラして、自分の変化に戸惑った。そうするとどんどんドツボにハマり、心に隙間風が吹いているような感覚を常に抱くようになっていった」

この時の自身の変化を、「当時は気付かなったが、ある種のPTSD(心的外傷後ストレス障害)だったと思う」と振り返る。

阪神淡路大震災後は被災地の学校を中心に学級崩壊やいじめ問題が増加したことを踏まえ、「このコロナ禍でも、同じような流れが予測できる。ストレスを抱えて、限界になっている教師がこのような問題に直面すると、耐えられないだろう」と注意喚起する。

追手門学院小学校講師の多賀一郎氏

コロナ禍で打ち出された学校の新しい生活様式は、教師たちに「思うように授業や学級経営ができない」という困難も与えている。飛沫(ひまつ)感染防止のため授業中であっても児童生徒同士が対面することや、発話し合うことは避けなければならない。その中で対話型の学習や協働的な学びをどのように実現すればいいのか、迷いは尽きない。

多賀氏は特に若手教師が苦しんでいると話す。「若手の教師は協働学習や対話型授業を主流に、スキルをつけてきた。それが制限された現在は、ひと昔前の一斉型授業をとるしかなく、そこでどのように深い学びを実現すればいいのか、とても苦慮しているようだ」と説明する。

それらを踏まえ、多賀氏は「今年度は、いかに『捨てる』かを大切にしてほしい」と提案する。

「今は平時でない上に、これから先もどうなるのか分からない。その中で日常の『やるべきこと』を全て、真面目に取り組んでいたらダウンしてしまう。そして真面目で誠実な教師ほどつぶれやすく、それは何としても避けなければならない。児童生徒としっかり向き合うことだけは大切にして、そのほかは手を抜くことも必要だと、管理職や中堅教師が声を掛けて進めていってほしい」と呼び掛ける。

教職員が感染したら…の恐怖

直近では大都市を中心に感染者が再び増加傾向にあり、感染拡大は予断を許さない状況だ。教育新聞「Edubate」の読者投票では、「感染への不安や緊張」をストレスとして挙げる声が多数あり、新型コロナウイルスへの感染や、それによる風評被害から児童生徒と教員をいかに守るか、神経をすり減らす学校現場の実態が浮き彫りとなった。

滋賀県が県立学校で感染者が出た場合、学校名を公表しない方針を示したほか、熊本県は県内の小学校教諭の感染が明らかになっても「誹謗(ひぼう)中傷が生じないよう配慮が必要」と、学校名を明らかにしていない。また宮崎県宮崎市立高岡中学校(渡部一博校長、生徒221人)は生徒が主体となり、感染者の特定や誹謗中傷をやめるよう、地域に向けて啓発活動を始めた。

千葉市立平山小学校の池田校長は「感染は誰にでも起こりうる。感染への不安は仕方がないが、『教職員が感染したらSNSでたたかれるのではないか』と恐れてほしくはない。教職員の感染に対して個人攻撃をしたり、クレームを入れたりする社会の風潮はなくし、困難な状況にある学校をサポートしていただきたい」と話す。

職員室で何気ない会話や雑談を

公立学校共済組合九州中央病院の十川博メンタルヘルスセンター長はコロナ禍における教職員のメンタルヘルスについて、まだデータはないとしつつも、「おそらく悪化するだろう」と慎重な見方を示した。

十川氏によると教職員のストレス要因を大まかに分類すると、▽対処の難しい児童生徒への対応▽事務作業や部活動など業務の負担▽管理職や同僚との人間関係▽保護者対応――などが占める割合が大きい。

特にその中でも人間関係はメンタルヘルスに大きく影響すると言い、「コロナ禍で必然的に会話の数が減り、業務後の食事や飲み会などコミュニケーションをとる機会がない状態が続くと、職場がぎすぎすしてストレスが大きくなるのではないか。さらに夏休みの短縮や消毒作業など、教職員の負担が増しており、これまで進めてきた働き方改革が元の状態に戻りつつある。各職場で対応していかなければ、さまざまなストレスが積み重なり、教職員のメンタル悪化は免れない」と指摘する。

十川氏はこのコロナ禍で制限のある日常の中で、職場を少しでも「いやすい場所」にするために、管理職など役職や立場を超えた取り組みが必要だとみている。その一つが「ちょっとした会話や雑談を意図的に増やす」ことだ。

例えば朝のあいさつ時に「おはようございます」だけでなく、天気の話題や昨晩の夕食の話題を一言添える。職員室で同僚に話しかけられたら、業務の手を止め、しっかりと相手のほうを向いて返答する。

何気ない行動に思われがちだが、「こういった特殊な状況では、こんな小さな積み重ねが職場の環境を良くすることにつながる。これらの行動は、『私はあなたに敵意がない』というメッセージになる」と説明する。

さらに、宇宙飛行士である若田光一氏がテレビ番組の新型コロナウイルス特集で発言した内容に触れ、「『普段の何気ない、たわいもない発言や会話が実は大切なコミュニケーションの潤滑油になっている」と発言している。宇宙飛行士は極限のストレスがかかる仕事なので、大変重みがある発言だ。ちょっとした会話によって職場の円滑なコミュニケーションが形成されていく」と強調した。

(板井海奈、秦さわみ)


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