【日野田直彦×苫野一徳】学校の役割とは何か?

今回のコロナ危機対応でも教育界をリードする武蔵野大学中学校・高等学校の日野田直彦校長と、以前より教育哲学者として学校教育のシステムを変えるべきだと提言してきた熊本大学教育学部の苫野一徳准教授の対談が、6月28日にオンラインで行われた。教室でのリアルな学びが止まった一斉休校は、これまでの学校教育の問題点を浮き彫りにした。各校では学校再開後も試行錯誤が続いているが、どう教育と学校を再構築すればいいのだろうか。2人の対談から「Withコロナの学校」を巡る課題と具体策について考えていく。全3回。(司会・教育新聞編集部長 小木曽浩介)

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これまでの学校の目的は「コンテンツの注入」だった
――このコロナ危機によって、学校教育のどのような問題が浮き彫りになったと考えますか?

日野田 公立、私立問わず、問題を抱えていない学校組織はないと思いますが、私は基本的には「日本の教育は悪くない」と思っています。けれども、社会に合わなくなりつつあるのではないでしょうか。

一斉休校中、宿題をドンと出して「家でやってこい」で終わっていた学校も多くありました。このことからも、これまでの学校の目的が「コンテンツの注入」だったということが良く分かります。

1960年代、70年代まではそれでよかったのですが、コンテンツを注入すれば社会課題が解決できるという時代は、もうとっくに終わっているんです。

それなのに、ズルズルとその時代のままの学校教育が続いてきて、それが今回のコロナによって、「そもそも学校の役割とは何か?」について、みんなが考えることになったのではないかと思います。

苫野 日野田さんがコロナ禍の学校運営で意識していたことは、どんなことなんですか。

日野田 とにかく「生徒と一緒につくる」ということです。そして、「生徒からフィードバックをもらう」ことです。学びの主体者は生徒です。生徒が学びたいようにわれわれがペースメイクし、マイルストーンを置けるようなシステムを作ったぐらいです。

コロナ禍でも「生徒と一緒につくる」学校運営をしていた日野田校長

私は以前より、学校経営に生徒が参加すべきだと思ってきました。今回の休校中や学校再開後も、生徒がいろいろな提案を持ってきてくれました。

例えば、今の状況では文化祭や体育祭、修学旅行ができないけれども、「こういうところで、こういうことならできませんか?」といった提案や、「そもそも授業って何なんですか?」という本質的な問いを投げ掛けてくれた生徒も何人かいました。

そんな提案や問いがあちこちから出てくるようになって、私自身は何かちょっとワクワクしているところです。

苫野 私もまさにコロナ禍における問題の本質のところで、日野田さんと同じことを感じていました。

学校の本質は、来るべき市民社会の担い手、作り手を育てることにあります。

だから子供たちは、本来、学校で「自分たちのコミュニティは自分たちでつくる」「自分たちの学びは自分たちの手でつくる」という経験をたっぷり積まないと、「自分たちの社会を自分たちで作る」市民になりようがないですよね。

今回のコロナ禍で感じたのは、子供たちの声をどこまでちゃんと聞いたのかということです。学校が再開してから、子供たちが本当は何に困っているのか、どのように支援してほしいのかといったことについて、コミュニケーションをとることから始めなければいけなかったはずです。

それなのに、大人の方が焦って、「夏休みは短縮だ」「7時間授業だ」「土曜授業だ」「標準授業時数を死守しなきゃいけない」となってしまった。当の子供たちの声をどこまで聞いて、反映できていたのかは、教育界全体で反省すべきことだと思います。

「みんな同じじゃなきゃいけない」という呪縛

日野田 本校は、夏休みは短くしませんでした。これは生徒とかなり話し合って決めました。文科省からは、今年度は標準授業時数に関して問わないと通知が出ているので、みんなで協力すれば夏休みを短くしなくても何とかできるんです。

ただ、高校3年生だけは受験対策のことで不安だと生徒からも意見がありました。本校はめったに補習や補講はしないのですが、今年だけは高校3年生用に補習・補講のやり方を考えて実施します。あとは、個別対応を充実させることで、対応できると思っています。

苫野 休校中から全国のいろいろな自治体が、相当の割合で夏休みを短縮すると言い出していました。私は今、熊本市で教育委員をしていますが、ずっと教育委員会会議では夏休みの大幅短縮はしないよう提言していました。

最終的に、市内の小中学校は夏休みの短縮を6日間に留めることができました。これは教育委員会会議で激論を交わしながら決まったことです。

全国的にも話題になりましたが、熊本市は休校中も双方向型のオンライン授業を充実させられたので、学習の保障ができていたということもあり、夏休みを大幅に短くしなくてもよかったんです。もっとも、オンライン授業の充実度は学校によって大きな差がありましたので、その点は今後の大きな課題です。

勉強は、ただ無理やり詰め込んだり、時間を延ばしたりすればいいものではないことは、さまざまな研究で明らかになっています。それはむしろ、逆効果になることの方が多い。

特に小学生に関しては、お仕着せの勉強時間が増えれば増えるほど学びを嫌悪するようになってしまいます。また、通常の一律一斉の授業では、せいぜい半分ぐらいの時間しか学習していないという研究もあります。

そうしたことを考えると、必要なことは、夏休みの一律の短縮ではなく、日野田さんがおっしゃる通り、個別対応の充実なんです。

「必要なのは夏休みの短縮ではなく、個別対応」と苫野准教授

加えて、私がもう一つ、感じていたことは「みんな同じじゃなきゃいけない」ということです。だから全ての子供に端末やネット環境がそろわなければ、オンライン授業をやらないという自治体や学校が多かったわけです。

これは、「均等配分」の思想です。私は今後、「均等配分」から「適正配分」の思想に転換すべきだと考えています。

均等配分は「みんな同じ」、適正配分は「困っているところにより厚く」ということです。これは教育機会均等のために、極めて重要な発想です。

適正配分をしていけば、例えば夏休みも全員一律に短くするのではなく、困っている子に資源を配分していく。そういう発想でやっていく必要があったと思います。

なぜ日本の教育システムは変わらないのか
――休校中、どのような取り組みをオンラインで行ったのですか。

日野田 本校はZoomなどによる生授業をしていません。そもそも回線状況などの問題が出てくるのは目に見えていたので、もともと存在するオンラインコンテンツを活用していました。その代わり、朝礼と終礼はZoomを使って双方向のやりとりをしていました。

私は教育において「困ったことを困ったと言える」ことが大事だと思っています。日本の場合は、「困ったことを困ったと言えない」環境づくりをしてしまうという学校の特性が、少し見受けられると思うんです。

だから本校ではGoogleフォームなどを活用して、生徒からの質問に教員がフィードバックすることに力を入れていました。教員は、「教える」とか「指導する」というよりは、「チューター」のような役割を担っていたわけです。

他にも、生徒を応援するためのシステムとして、2週間から1カ月に1回はアンケートをとって、軌道修正を重ねていました。

苫野 一律一斉に授業をやるのではなく、大事なのは、自分に合ったペースで自分に合ったレベルで学びを進め、そして何よりも先生や仲間からの的確なフィードバックや応援があることです。これまでの教育学の研究においても、それが最も学力の面から考えても重要だということが明らかにされています。

ただ、日本の教育システムがなぜ一向に変わらないのかというと、これはいわゆる教育の「相互依存的アーキテクチャ」と言われるシステムのせいです。

最初に日野田先生が「日本の教育は悪くない」とおっしゃった理由の一つが、これだと思うんです。日本は、どんなところにいても必ず教育の機会が確保されるという、盤石なシステムを作り上げました。これは世界的に見ても誇るべきシステムです。

オンラインで行われた対談は参加者からの質問も多数寄せられた

しかし、これが逆にあだになってしまったところもある。つまり、あまりにも盤石すぎるシステムだから、何か一つを変えようと思ったら、全てを変えなくてはいけないから、なかなか変えられないんです。

だからこそ、このコロナ危機を一つのきっかけとして、大きく軌道修正をしていきたいと、私は思っています。しかし、多くの自治体や学校を見ていると、もう急速に「元に戻そう」という力学がすごすぎて、それに対してどのようにアプローチしていけばいいのかというところは、考えているところです。

日野田 私は、みなさんがちょっと頑張りすぎているのではないかと感じているんです。今の状況は、学校も、教員も、文科省も、誰も答えを持っていない。そもそも答えなんてない状況です。

私はこれまで常に「答えがあるわけではない」ということを前提に取り組んできました。むしろ、生徒の方に答えはあります。だから、生徒と一緒に相談しながらやっていく。土台はあるから、それをどうやって生徒と一緒につくっていくかということを考えるようにしていけばいい。

生徒と一緒に問題解決したという事実が、一番大事なのではないでしょうか。そこに重きを置けば、紙の宿題だろうが、オンライン授業だろうが、一緒だと思うんです。

(企画・構成 松井聡美)

【プロフィール】

日野田直彦(ひのだ・なおひこ) 武蔵野大学中学校・高等学校校長。武蔵野大学附属千代田高等学院校長も兼任。帰国子女。同志社国際中高、同志社大学卒。塾ではトップ講師として、学校では私立学校の新規立ち上げなどに携る。2014年に大阪府の公募等校長制度に応じ、大阪府立箕面高等学校の校長に着任(当時全国最年少36歳)。着任3年目には海外トップ大学への進学者を含め、顕著な結果を出す。2018年、武蔵野大学中学校・高等学校の校長に着任。2020年より武蔵野大学附属千代田高等学院の校長を兼任。著書に『なぜ「偏差値50の公立高校」が世界のトップ大学から注目されるようになったのか !?』(IBCパブリッシング)。

苫野一徳(とまの・いっとく) 熊本大学教育学部准教授。1980年、兵庫県生まれ。早稲田大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。哲学者、教育学者。全国で、教員・一般向けの講演やワークショップ、セミナーなどを多数行っている。主な著書に、『どのような教育が「よい」教育か』(講談社選書メチエ)、『教育の力』(講談社現代新書)、『「自由」はいかに可能か』(NHKブックス)、『子どもの頃から哲学者』(大和書房)、『はじめての哲学的思考』(ちくまプリマー新書)、『「学校」をつくり直す』(河出新書)がある。学校法人軽井沢風越学園理事。今年度から熊本市教育委員も務める。


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