【日野田直彦×苫野一徳】子供の学びの最適化

武蔵野大学中学校・高等学校の日野田直彦校長は、コロナ危機をきっかけに個別最適化の学びへとかじを切った。一方、「文科省から弾力的な通知が出たにも関わらず、“これまで通り”を取り戻そうと躍起になっている学校や自治体が多い」と、熊本大学教育学部の苫野一徳准教授は指摘する。今回のコロナ危機は、これまでの学校教育を変えるきっかけとなるのか。2人の対談からそのためのヒントを探る。全3回。(司会・教育新聞編集部長 小木曽浩介)

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慣例主義や横並び主義に惑わされないために
――今回、文科省からこれまでとは違う、かなり踏み込んだ通知が出たという印象を持っています。

苫野 日本の教育行政を知るものからすると、今回の通知は非常に弾力的で、ある意味、革命的な内容だと思います。

標準授業時数を死守しなくていい。学習指導要領も弾力的に運用していい。遅れた授業は次々学年まで繰り越してもいい。教科書から学校の授業で重点的に教えるべき箇所を仕分けするということまで、示しています。さらに高校入試の範囲の限定なども含め、ここまでやるかというほどの弾力的な対応をしています。

しかし、なぜか自治体レベルで「いやいや、標準授業時数は絶対死守しなければ」というようなことが起こっている。

私が教育委員を務める熊本市では、本質は授業時数の確保ではなく、指導要領の修得であるとしています。授業時数は本来、指導要領の修得をするための手段でしかないはずですから、本末転倒になってはいけません。

日野田 こうしたことが起こる原因は、いくつかあると思います。例えば、実は文科省のホームページを毎日見ている人は意外と少ない。そして、校長の立場でも教務を理解している人は多くはないという現状もあると思います。

要は文科省の行政文章などをきちんと読み込める、理解できる方が多くはないということです。だったら、今までのやり方のほうがいいという力学が、学校や自治体の中で働いているのです。

苫野 教育行政の二本柱は、「管理・監督」と「支援」です。これまでは、「管理・監督」に重きを置きすぎてきた教育委員会が多いという実感があります。

「困っている学校には教委が徹底的に支援すべき」と苫野准教授は指摘する

環境が整わないとできないとか、みんなでそろわなければできないとか、こっちの学校ではオンライン授業はできても、あっちの学校ではできないから自治体全体としてはやらないとか、いろいろな言い訳はあると思うのですが、困っている学校があれば、教育委員会が徹底的に支援をする。その意志や覚悟が行政には必要です。

もちろん、自治体の予算の問題もあるし、マンパワーの問題もあるでしょう。いくらでもできない理由は見いだせますが、やはり教育行政の基本形態は「支援」にあるんだということを、改めてわれわれが認識し直す時がきているのだと思います。

学校は何のために存在するのか。教育者は何のために存在しているのか。教育行政は何のために存在しているのか。そこに立ち返れば、慣例主義や横並び主義に惑わされることなく、やるべきことはおのずと見えてくるはずです。

心に余裕があるかどうか

日野田 そのためには、文科省や教育委員会が仕事を抱えすぎているので、それをどうにか解消しなければいけないでしょう。

本校の先生にいつも言っているのは、「仕事は腹八分目にしましょう」ということです。今回、コロナ対応で本校がうまくいった理由は、業務的には忙しいけれども、みんな心の余裕を持っていたからだと思います。

日野田校長は「有事の時こそ心の余裕を持つべき」と話す

どうしても忙しいと、お互いキツいフィードバックしかできなくなります。われわれは、生徒の応援者です。教員がいい意味でゆとりを持たないと、生徒の姿が見えなくなってしまいます。

日本の教育界全体に「頑張らなきゃ!」という空気がありますが、頑張るためには2~3割の余力を無理矢理にでも作っておかないと、心理的に追い詰められてしまいます。

苫野 リーダーがそういってくれると、そうした文化ができますよね。ただ、残念ながら、日野田さんのようなマインドセットを持たない学校や自治体のリーダーも少なくありません。その場合、私は、先生方に2つの道を提案したいと思います。

1つは、対話のチャンネルをつくる努力をすること。1人で悶々と抱えることは、健全ではありません。だからこそ、仲間を募り、問題解決のための建設的な対話を仕掛けていく努力はするべきです。その仲間は教員に限らず、もっと外の世界にも見いだしていくことも大事だし、声を上げていくことも大事です。

もう1つは、例えばスクールロイヤーなどとのチャンネルを持つことです。例えば、過重労働があまりにもひどくなった場合、それは法に反する可能性が非常に高い。こうしたことからわれわれを守るために、われわれは市民社会を自らつくっているわけですから、法的な手段に訴えるのは大事なことです。

これはわれわれに与えられた正当な権利です。このような発想が、学校にはちょっと欠けすぎていると私は思います。

オンラインコンテンツ体験会
――今後は、履修主義ではなく修得主義に、また学びの個別最適化を進めるべきとの流れはありますが、具体的にはどのように進めていけば良いのでしょうか。

日野田 私も授業をするのが大好きです。そういう先生に、いきなり個別最適化とかオンライン授業といっても、心の壁をつくるだけです。ただ、どの先生も、生徒が生き生きしてくれたら、やっぱりうれしいわけです。

例えば、数学はほとんどの生徒がよく分からないままに授業が進んでいるような現状があります。それでも「できないお前たちが悪い」と言っていたのが、これまでの日本の教育だったと思うんです。

1クラス50人、1学年に200万人いた時代はそれで良かったと思いますが、今や2分の1程度に子供の数は減り、余力が出てきたはずなのに、そのままだというのはおかしいと思いませんか。

生徒全員を見捨てることなく、できるところまで、それぞれの時間に応じて最後まで学び続ける。これが理想ですよね。それにノーと言う先生はいないと思います。オンラインコンテンツを入れる目的も、「子供の学びの最適化」です。

今回、本校でオンラインコンテンツを取り入れるために、最初に私が探してきたいくつかの良さそうなオンラインコンテンツで、教員みんなで体験会をしました。そして導入後は生徒にも、どのオンラインコンテンツが良かったか、定期的にフィードバックしてもらっています。

こうして小さく、番外編のような形でやってみて、みんなが「やろう!」となったら、みんなで動かす。逆に「イヤだ!」となったら、もうやめる。小さく始めて大きくしていくイメージです。

このプロセスにおいて大事なことは、私から命令するのではなく、先生たちに自己決定権を与え、意思決定してもらうことです。ちゃんとオーナーシップを持ってもらって、校内で合意形成する練習をしてもらうのです。

みんなで合意形成する機会をつくることが、市民社会の育成においては一番大事なことです。それこそ、何かを決めるときに、多数決なんていう“暴力”を使うことは禁止しています。

苫野 日野田さんがおっしゃった体験会というのは、すごくクリティカルだと思います。何かを変えていくためには、まずは知ることが大切です。

例えば、私が長らく提言し、実装に向けて活動しているのは、「学びの個別化・協同化・プロジェクト化の融合」という「学びの構造転換」です。ただ、こう言われても、多くの方はすぐにイメージするのが難しいと思います。なぜなら、私たちの多くは基本的には自分が受けてきた教育しか知らないので、それが当たり前だと思い込んでしまいがちだからです。

「何かを変えていくためには、まず知ることが必要」と苫野准教授

しかし、実は私たちが受けてきた教育は、世界的に見たら非常にローカルなもので、当たり前でもなんでもないわけです。だから、もっといろんな教育を知れば、「そういう学び方もあるんだ」と分かる。まず、知ることが大事だと思うんです。

この「知る」というフェーズをある程度の多くの人が経ると、どどどっと社会の勢いが変わっていく。そのために、日野田さんがされたように、先生たちがいろんなものを体験し、知ることは非常に大切なプロセスです。

オンラインコンテンツも導入し、「学びの個別化・協同化・プロジェクト化の融合」を実現すると、生徒はもっと、こんなにも成長する、自分たちの想像を超える成長をするということを、先生たちが一度知ってしまうと、もう元には戻れません。先生たちにとっては、やはり子供たちの姿が全てです。子供たちの姿が、最大の説得力になるのです。

(企画・構成 松井聡美)

【プロフィール】

日野田直彦(ひのだ・なおひこ) 武蔵野大学中学校・高等学校校長。武蔵野大学附属千代田高等学院校長も兼任。帰国子女。同志社国際中高、同志社大学卒。塾ではトップ講師として、学校では私立学校の新規立ち上げなどに携る。2014年に大阪府の公募等校長制度に応じ、大阪府立箕面高等学校の校長に着任(当時全国最年少36歳)。着任3年目には海外トップ大学への進学者を含め、顕著な結果を出す。2018年、武蔵野大学中学校・高等学校の校長に着任。2020年より武蔵野大学附属千代田高等学院の校長を兼任。著書に『なぜ「偏差値50の公立高校」が世界のトップ大学から注目されるようになったのか !?』(IBCパブリッシング)。

苫野一徳(とまの・いっとく) 熊本大学教育学部准教授。1980年、兵庫県生まれ。早稲田大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。哲学者、教育学者。全国で、教員・一般向けの講演やワークショップ、セミナーなどを多数行っている。主な著書に、『どのような教育が「よい」教育か』(講談社選書メチエ)、『教育の力』(講談社現代新書)、『「自由」はいかに可能か』(NHKブックス)、『子どもの頃から哲学者』(大和書房)、『はじめての哲学的思考』(ちくまプリマー新書)、『「学校」をつくり直す』(河出新書)がある。学校法人軽井沢風越学園理事。今年度から熊本市教育委員も務める。


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