本田圭佑の未来への投資 「新しい学校」をつくる理由

自分で考えて行動するトレーニングを積む「新しい学校」――。ブラジルのサッカークラブ、ボタフォゴFRで活躍する元日本代表の本田圭佑選手が、オンラインスクール「NowDo」を7月に立ち上げた。中高生ならば月額1ドル(約110円)という低価格で、企業経営者や社会活動家らトップランナーの講義を受けられ、同じ志を持った仲間とつながることができるサービスだ。これまでもイノベーションを創造しようとする企業に投資し、自らもNowDo株式会社を経営する本田選手は、なぜこの新しい学校をつくろうと思ったのか。本田選手の右腕として、さまざまなビジネスを展開する同社取締役副社長(COO)の鈴木良介さんに、本田選手が賭ける教育の可能性を聞いた。


若い力が世界を変えていく
――7月末にNowDoがスタートしましたが、手応えはどうですか。

率直に言って、今の中高生の学びへの感度の高さに驚いています。オンラインスクールではいろいろな世界のプロフェッショナルの講義を連日提供していますが、そこで出てくる質問は大人と遜色ないくらい質が高い。子供たちは自分のやりたいことを見つけようと、敏感に考えているのだということが伝わってきます。

先日、本田が緊急でライブ出演したのですが、地方に住んでいる子が「自分の周りは大企業に入って安定した道を進むことしか考えていない人たちが多く、自分もそのレールから外れるのが怖い」と本音でぶつかっていました。

NowDoのCOOとして本田選手を支える鈴木さん(NowDo提供)

中高生がオンライン上で議論したり情報共有したりできるコミュニティーでは、早くも「部活動」がいくつも自然発生していて、その一つである「まちおこし部」では早速、省庁も後援しているコンクールへの応募を目指すと言い出しています。

これまで、同じ向上心やベクトルを持った人をリアルな地域や学校では見つけられなかったけれど、実は仲間は全国各地にいて、オンライン上で出会うことができた。そういう思いを持った若い力が集まると、すぐに行動に移していく。その結果として、これからは彼らがオンラインもリアルも活性化させていくのだと思います。本田も僕も今から楽しみにしています。

「自分ができることは何だろう」
――改めて、オンラインスクールをつくることになったきっかけを教えてください。

もともと、僕と本田が出会ったのは、2010年のサッカーワールドカップ南アフリカ大会の直後です。その南ア大会の際に、本田は現地の孤児院を訪れる機会があり、彼らの多くが大人になっても、犯罪者になってしまったり、エイズにかかってしまったりするという話を聞いて衝撃を受け、「自分ができることは何だろう」と考え始めていました。

ちょうどそのころ、僕はビジネスとしてサッカースクールを始めていたのですが、本田本人から「一緒にやらないか」と声を掛けられたのです。そうして最初は、当時ロシアにいた本田と世界各地でサッカー教室をやるなどして、12年に本格的に事業化し、今は国内で約70カ所、海外でも7カ国で展開するくらいに成長しました。

並行して、僕らは社会課題をスポーツで解決する取り組みにも着手しました。行政と一緒に大学の中に民間のスポーツ施設を建設して、それを地域住民に開放したり、子供たちがスポーツを楽しめる環境を整備したり、スポーツビジネスの可能性を広げるチャレンジをしてきたのです。

ただ、これらはオンラインではなくオフラインの活動で、事業が本格化して5年ほどたったときでしょうか。「このままでは解決できないことが多すぎる」と気付かされたのです。

「教育格差の解消にもつながる」
――具体的にはどういう課題が立ちはだかっていたのですか。

1つはNowDo創設時の問題意識とも重なりますが、教育格差の問題です。端的に言えば、サッカースクールもビジネスなので、お金がある人でなければ子供を通わせられない。そうなると「多くの人にスポーツを通じて夢を与えたい」という僕らが目指したかった世界は実現できません。

さらに、地域格差の問題もあります。どうしても、離島や積雪の多い地域には、サッカースクールも少なければ、いい指導者も限られています。

現実問題として、ちょうど創業時から関わってくれたサッカースクールのコーチたちが退職していったという事情もあります。彼らも食べていくためには、サッカースクールのコーチだけでは経済的に厳しかったのです。副業を認めるなど、さまざまな可能性も検討したのですが、結論として「このままではビジネスとしてサスティナブルではない」と本田にぶつけたのです。

それで、これまでやってきたサッカースクール事業は分社化して、もっと教育に特化することにしました。今では、英語とスポーツを柱にしたインターナショナルスクールの運営、子供の運動能力データを可視化できるウェアラブルデバイスの開発などを手掛けています。

なぜウェアラブルデバイスを開発することになったのかというと、現状では、子供たちの間でもすごく優劣がありますよね。例えば2月や3月生まれの子供たちは、4月や5月生まれの子供たちと比べるとどうしても運動能力で不利になりますが、多くの指導者はそうした点を考慮せずに「もう少し頑張ろうね」と声を掛けてしまいがちです。

しかし、ウェアラブルデバイスで子供の記録を正確にデータとして提供できれば、指導者の声掛けやコーチングも変わるし、子供たちの自己肯定感も向上すると思うのです。

これらの事業を行っている会社は僕が代表をやっているのですが、オンラインスクール事業の主体でもあるNowDoは本田が代表取締役です。彼自身、これまでも自分が解決したい課題を解決してくれそうなスタートアップ企業に投資をしてきたわけですが、どうしても自分の力で世界を変えたいと思って17年に立ち上げたのです。

創設当初は、選手や指導者が稼げない問題や、スポーツ施設が稼働していない課題をITで解決できないかということで、ユーザーとスポーツの指導者や施設をマッチングするアプリの開発から始めました。これらのシステムを開発するのも、最初は外注していたのですがうまくいかず、内製化するために僕と本田で1週間、プログラミングを学ぶテックキャンプに参加しました。

本田は好奇心旺盛の子供のような性格なので、今まで自分が知らなかった世界が目の前に広がるとどんどん突っ走っていくんです。同時に、できあがったものが当初描いていたものと違うと、納得しない。せっかく作ったけれど、リリースしないということなどもあって、一時期は僕以外の社員が辞めてしまったこともありました。

そうやって苦しみながらも去年、新たなメンバーと共に再出発して、今では5つの事業を展開しています。

中高生なら月額1ドルで学べるオンラインスクールを立ち上げた本田選手(NowDo提供)

中でもオンラインスクールのNowDoは、僕と本田が2人でとことん話し合って出てきたアイデアで、2日寝かせた後に「もし自分たちが3年後に死んでも絶対に後悔しないものだと思えたらやろう」となりました。2日後、改めてアイデアへの熱が続いていることをお互いに確認しました。

やはり、これから世界を変えるには、自分たちではなく、今後活躍する次の世代にいろいろな価値を提供し、その人たちが育つプラットフォームをつくる方が、僕らがやりたいことを実現してくれる人が増える。オンラインで低価格にして、誰でも受けられるようにすれば、教育格差の解消にもつながる。そう考えたのです。

「学校とは別の切り口でサポートしたい」
――新型コロナウイルスの影響で、まさにオンラインでの学びが注目されていた時期でもあります。

もともと本田自身がオンラインスクールをやっていたこともあって、コロナ危機があったからこの事業を始めたわけではないのですが、コロナによってオンラインに関するリテラシーが一気に高まったということが、すごくプラスに影響したことは確かです。

中高生をターゲットにしたのは、中高生は何かを変えたり、好奇心を持って学んだりすることが一番できる時期なのに、学校では彼らに広い世界を教えてくれる人たちがいないという問題意識が本田の中にあって、学校の代わりに僕らがその役割を担えれば、これから世界で活躍できる人材を育てられるのではないかと考えたからです。僕らでしか用意できないスペシャルなものがきっとたくさんあるだろう、と。

「もしもこのサービスが、僕らが高校生だったころにあったとしても、当時の僕らは絶対に使わなかっただろう」と本田とはよく話します。

本田も僕も、全国優勝を目指してサッカー一筋の高校生活を送っていて、サッカー以外のことを習うのは許されない雰囲気でした。それで、大人になって何に一番困ったかといえば、ビジネススキルや社会性、もっと言えば、サッカー以外でどうやって生きていくのかを全然知らなかったんです。

僕らは、そういう部活動にひたむきな子供たちも含めて、このオンラインスクールで学んでもらいたいと思っています。きっとそれは、将来だけでなく、日々の部活動にも生かせるはずです。

もう一つ、教える側の問題もあると思っています。サッカーの指導者の多くは、社会に出る前に指導者の道に進んでいます。目の前にいる子供たちのほとんどは将来、Jリーガーにはなれない。それなのに、教える側はサッカーのことしか知らない。そのことがすごく違和感でした。指導者こそ、外の世界を学ぼうとしなければいけないのではないか、と。同じことは、学校の教師にも言えると思います。

僕らは、決して学校教育を否定したり、批判したりするつもりはありません。むしろ、あれだけ十人十色な個性ある子供たちと日々向き合っている教師をリスペクトしていて、学校とは別の切り口でサポートしたいというのが、このオンラインスクールのコンセプトです。

すでに今でも、若い世代で起業しようという動きが活発になっています。そういう子供たちを支援したり、社会全体に発信していったりできるプラットフォームになることがNowDoの目指す価値です。

リアルな学校とのコラボレーションや、海外展開して国際的なコミュニティーにしていくこともやっていきたい。そして教師の方々にも、ぜひNowDoに来ていただきたい。新しい伝え方や方法論を、僕らがフィードバックすることもできると思います。

(藤井孝良)

【プロフィール】

鈴木良介(すずき・りょうすけ) Now Do㈱取締役副社長。1981年、東京都出身。本田圭佑選手と共に2010年から国内外でサッカークリニックなどを開催。12年には本田選手とSOLTILO FAMILIA SOCCER SCHOOLを立ち上げる。NowDoの関連企業の代表取締役として、スポーツ競技におけるセンシング技術を使ったIoT事業ビジネスや認可保育所、インターナショナルスクールも経営する。


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