【木村泰子×井本陽久】教師が抱える無力感の正体

新型コロナウイルス感染症を巡り混乱を極める学校現場。「学校とは?」「教師とは?」「学びの保障とは?」と日々、自問する教員は多い。教育新聞では7月25日、大阪市立大空小学校元校長の木村泰子氏と、私塾「いもいも教室」を主宰するイモニイこと井本陽久氏を招き、オンライン対談を開催。両氏と共に、コロナ禍で見えてきた日本の学校教育の矛盾に迫った(全3回)。(司会・教育新聞編集部長 小木曽浩介)

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今の学校は主語が教師に
――コロナ禍における学校教育を、どのように見ていましたか。

木村 子供たちは訳が分からない中で、ある日突然「学校に来るな」と言われました。私自身も3月以降、大阪から一切出ていませんし、講演もキャンセルやオンラインへの切り替えが相次いでいます。そうした状況の中で、とにかく子供たちのことが心配で、いろいろと考えました。

例えば小学6年生は、卒業までの最後の1カ月間を経験できず、とても不安なまま中学校に進み、全くどうなるか分からない中で中学生活に突入してしまいました。中学1年生が一番手厚いフォローが必要なはずなのに、「中学3年生の入試があるから」などの理由で、一刻でも早く登校を再開させようとする動きが出てきました。

そうした状況の中、現在の中学1年生が置いてきぼりにされているようで、これはどう考えればいいのだろうかと悩みました。こういったことを一つ一つ考え、いま一番困っている子は誰なのかと自問自答しています。

学校という一つの組織の中では、本来であれば主語は「子供」でなければいけません。コロナ以前は「主体的・対話的で深い学び」「主語を子供に」という空気があったのに、突然、「授業時間数を確保しなければ」「カリキュラムを進めて、教科書を終わらせなければ」といった風潮になりつつあります。「あれ? いつ『戦後の教育』に戻ったんやろう」と思いますね。

木村泰子氏

確かに、新型コロナウイルスによる休校は想定外だったでしょう。ただ、この状況の中で、教師が一方的にプリントを配って家庭での学習を評価したり、教科書を教えることが学びの目的になっていたり、私だったらお給料を返したくなるような学びが当たり前のように行われていないでしょうか。

つまり、今の学校現場は主語が「教師」になっている。誤解を恐れずに言うと、教師が仕事をこなすために子供たちが犠牲になっているんじゃないかと思うのです。

私はもう現場を離れていますし、現場の教師が試行錯誤している苦しい気持ちも分かります。ただ、もし私がまだ大空小にいて、この想定外の事態にぶつかったとしても、何一つ困らなかったように思うんです。

一斉休校になった時、多くの教師が「テストができないから、通知表を作れない」「卒業式ができない」などと、頭をよぎったと思います。でも、評価について言えば、テストができないから評価ができないというのは違いますよね。まずは毎時間、子供たち自身がどう自己評価をしているのかが肝心なんです。

その自己評価に私たち教師は学ばせてもらいながら、それに対してどう評価するかが本来の評価の在り方なので、テストができないことは何の問題でもありません。卒業式にしても、「見せるため」の卒業式しかやっていないから困るのです。卒業式は最後の授業であり、子供が自分の言葉で何を伝えて学校を出て行くかが大切です。それならば、いくらでも実現する方法はあると思います。

主語を子供にした学校運営ができていれば、今みんなが困っていることでは困らないはずです。今こそ学校づくりにおいて「子供のために何が必要か」「自分たちのどこを、どう変えなければいけないのか」といったことを考えるチャンスが到来していると思います。

子供にとって休校は「ワクワク」

井本 一斉休校以降、学校や世の中の動きを「なんてもったいないんだろう」と見ていました。本来は学校がある期間に学校がないなんて、不謹慎ですが子供にとってはワクワクだと思うんです。誰かに指示されずに、自分自身でやることを決められるチャンスで、本当は楽しみでもあるはずです。

私も学校の中にいる人間なのでよく分かるのですが、教師という立場として学びを保障しなければならず、あれもこれもと教材を出してしまう。せっかく子供たちが自分のすることを自分で決めて、安心して失敗する機会であるにもかかわらず、学校や教師はそうせざるを得ないのです。カリキュラムや保護者の反応など、さまざまなものにも影響されているでしょう。多くの先生が、子供よりも保護者や世間を見ているように思えました。

井本陽久氏

私は昨年度から長年勤務してきた栄光学園の非常勤講師となり、放課後の時間帯に子供が集まるいもいも教室を主宰しています。いもいも教室は一切、そうしたことに縛られていないし、「学校の成績は上げません」とうたっている中で集まってきた子供ばかりです。この休校期間中、彼らには「学校の課題がたくさんあるだろうけど、ほどほどにしておけよ」とあえて言いました。

いもいも教室では普段、対面で授業をしているのですが、休校期間中はSNSやオンラインで子供たちをつなげてコミュニケ―ションを取りました。すると子供たちは大人が思いつかないようなことを考えて、それをどんどん仲間に発信するんです。一人が始めると周りが刺激を受けて、「僕はこんなことをしたよ」と披露し、また別の子がそれに刺激を受けて発信する。

彼ら自身は学んでいるつもりはないのでしょうが、その生き生きとした姿に、私自身が学びの在り方について考えさせられる、とても有意義な期間となりました。今後、自分の教室をつくっていく上で、たくさんの影響を受けました。

学校も保護者も自立できていない

木村 いもいも教室では、子供たちがまさに「主体的」で「対話的」で「深い」学びを得ていますよね。こうした学びを学校でも…と思います。

5月に800人くらいに向けて、オンラインでセミナーをしました。参加してくれた先生は、私の話を聞きながらチャットに質問や意見を次々に書き込んでくれました。その内容を見ていて、失礼な言い方になるかもしれませんが、非常に無力感にさいなまれている人が多いと感じたんです。

今回のセミナーに参加してくださっている先生もそうですが、休みを返上して、時にはお金を払った上で、「つながりたい」「何かを探りたい」「元気になりたい」と考えている方が多いと思います。そんな先生は、学校の「呪縛」を取り払ったら、主体的に動く方がほとんどです。

でも、本来なら主体的に動けるはずの先生たちが、このコロナ禍でどんどん無力感を抱えてしまっている。それは保護者も同様で、学校に対する不信感が増しているのではないかと見ています。

学校現場の皆さんは、本当に一生懸命です。ただパブリックである公立学校は、自分たち自身で学校づくりをして、運営していくことに慣れていません。そのため、「これはだめ」「こうしなさい」と、教育委員会の指示通りに動く文化が染みついています。

今回、教育委員会の人たちともオンラインで話す機会があったのですが、二極化している印象を持ちました。例えば、一部の教育委員会は管轄地域全校でのオンライン授業ができないので、不公平が生じてはいけないという理由で、オンライン授業ができる学校に対してまでやらないように指示していたと聞きました。

やりたいことがいっぱいある学校や教師がそれを聞いたら、本当に不信感や無力感でいっぱいになりますよね。そんなモヤモヤを抱えながらプリントを刷って、それを子供たちに取りに来させて、「家庭でやって、保護者に見てもらいなさい」と言わなければいけない。保護者だって「学校でやるプリントを家で親が教えるなんて、親子の関係が崩れます。断ります」とはっきり言えばいいのに、自立できていないからそれが言えない。

結局、教育委員会も学校も保護者も、戦後の教育文化を引きずった横並び主義で、自立できていないんです。そうした状況を理解した上で、葛藤している教師や保護者たちが無力感にさいなまれ、それが不信感に変わっているのかなと思っています。

教師自身が変わる覚悟を

井本 そうですよね。平時でも教師は学校外から批判されがちです。何か失敗するとたたかれますし、社会を知らないと思われています。ただ私が思うに、そんなことは気にしないで、教師は自分が思うようにやればいいのにと感じるんです。

私は子供と向き合うとき、「子供のそのままを見る」ことだけを大切にすればいいと思っています。例えば「こういうふうにならなければならない」と目的を持って子供を見てしまうと、その目的にかなっているのか否かで見てしまい、せっかく子供がキラキラしていても、その輝きに気付けなくなってしまう。

そうではなく、子供が今どう感じているのか、何を考えているのかに興味を持って見る。声掛けも「できたら褒める」のではなく、その子が難なくやれていることを、そのまま言葉にして伝えてあげるだけで十分なんです。さらに興味のまなざしをそこに添えることができれば、完璧です。

教師は変な責任感を横に置いて、ありのままの自分で目の前の子供を見ることができればいいですよね。

木村 その通りですね。こんな異常事態なんだから、いろいろな言い訳は横に置いて、大人はみんな覚悟しないと駄目だと思います。何の覚悟かと言えば、自分が変わる覚悟です。人のせいにせずに自分が変わる。子供のせいにせずに自分が変わる。

その覚悟を全ての大人が持てば、それだけで子供は安心できます。全ては自分なんですよね。

(企画・構成 板井海奈)

【プロフィール】

木村泰子(きむら・やすこ) 大きな反響を呼んだドキュメンタリー映画『みんなの学校』で知られる、大阪市立大空小学校の初代校長。同校では「全ての子供の学習権を保障する」という理念の下、教職員や地域の人たちと共に、障害の有無にかかわらず、全ての子供がいつも一緒に学んでいる。退職後は、全国で講演活動などを行う。著書に『「みんなの学校」が教えてくれたこと』『「みんなの学校」をつくるために』(ともに小学館)など。

井本陽久(いもと・はるひさ) いもいも教室主宰、栄光学園数学教員。栄光学園中高、東京大学卒業後、数学教員として母校に赴任。「鍵メソッド」と呼ばれる独自の幾何教授法や、思考力を重視するアクティブラーニング型授業に約20年前から取り組み、全国の教員や教育関係者が見学に来る。栄光学園の教員でありながら、児童養護施設での学習支援や海外での教育支援にも継続的に関わり、2016年からは私塾「いもいも」教室を主宰。同氏に密着した書籍「いま、ここで輝く。超進学校を飛び出したカリスマ教師『イモニイ』と奇跡の教室」(おおたとしまさ著、エッセンシャル出版社)が出版されたり、週刊誌「AERA」巻頭特集で紹介されたりなど、幅広く注目を集めている。


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