全国学力テストの失敗 「指導に役立てるため」のわな

開始から10年以上が経過した全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)。今年は新型コロナウイルスの影響で中止となったものの、中学校での英語実施やCBT(コンピューター使用型調査、Computer Based Testing)の検討などが進められている。そのような中、文科省の「全国的な学力調査に関する専門家会議」の委員でもある川口俊明福岡教育大学准教授は、現状の全国学力調査の問題点を指摘した著書『全国学力テストはなぜ失敗したのか』(岩波書店)を9月に出版する。川口准教授は全国学力テストが「失敗」した背景として「学校現場が指導に役に立つものを求めてきた側面がある」と指摘する。


理論に基づかない全国学力テストの欠陥
――全国学力テストが「失敗」であると考える理由は何ですか。

現在の全国学力テストには、明文化されていないものを含めて、いろいろな目的があると考えられます。競争させることで学力を上げようとしたり、教育政策のために使おうとしたり、指導の役に立てようとしたり。しかし、このいずれの目的も達成できていません。

その理由は、現状の全国学力テストが科学的な大規模学力調査の方法論に基づいたものではなく、何の学力を測ろうとしているのかさえ、はっきりしないという欠陥を抱えているからです。

全国学力テストは全国の小学6年生と中学3年生のほとんど全員が受ける悉皆(しっかい)調査ですが、大規模学力調査は抽出調査が基本で、悉皆調査をするとさまざまな問題が生じます。しかも日本の場合、学力調査の専門家がほとんど関わらない形で実施しています。

全国学力調査の問題点を指摘する川口准教授(Zoomで取材)

もともと全国学力テストが何らかの能力を測るものではなく、学習指導要領の定着を図ったり、学校ごとに競争させたりする性格のものだったので、専門家を必要としなかったのでしょう。現在、文科省の専門家会議には学力調査の専門家が入っているものの、残念ながらその意見が設計に反映されているとは言えません。

――現状の全国学力テストでは、都道府県や政令市ごとの平均点を公表していることが競争をあおると批判されています。

数字を出すこと自体は、それが適切な調査設計に基づいたものであれば否定はしません。しかし私が言いたいのは、そもそもの調査設計がおかしいということです。

現在の全国学力テストの平均点を自治体や学校で比べても、結局、何を測っているかはっきりしていません。もし仮に学校や教師の取り組みを評価したいのであれば、家庭の社会経済的背景(SES)や、個々の入学時の成績などを考慮しなければいけません。

さらに問題なのは大規模学力調査の方法論を、日本の行政トップや政策立案に関わる立場の人たち、それを報道するマスメディアが知らなさすぎるということです。

全国学力テストは学校現場が望んだ
――以前、本紙でも全国学力テストの見直しについて読者アンケートを実施したことがあります。その中では、抽出調査への変更や調査そのものの廃止を求める声も少なくありませんでした。

学校現場の実感として、全国学力テストが必要ないという意見があるのは理解できます。しかし、そもそも現状の全国学力テストの悉皆実施は、ある意味では学校現場が望んだ結果であるということも指摘しておかなければいけません。

これまでの全国学力テストを巡る議論でも、国が指導のために役立つテスト、いわゆる「指導のためのテスト」を作る必要性があると主張してきた教育関係者は少なくないのです。

本来、そうした「指導のためのテスト」は国が作るものではなく、目の前にいる子供の状況をよく分かっている教師が作るべきです。

子供に何をどう教え、評価するかということは教師の大事な資質の一つなのですが、国が「指導のためのテスト」を行うことのおかしさが、きちんと批判されてきませんでした。国が都道府県や市町村を飛び越えて「指導のためのテスト」を作るという状況は、地方分権の考え方からも間違っていると思うのですが、なぜどの自治体や学校も従おうとするのかが不思議でなりません。

国が学力テストを行うのであれば、それは各学校の指導に役立てるためではなく、あくまでも全国的な学力実態を客観的に把握するためのものでなければなりません。

そう考えると、全国学力テストについて「学校の役に立たないからやめよう」と言う批判は筋の悪いものだと言えます。かえって「もっと実際の指導のために使えるテストにすべきだ」というロジックを生み出してしまい、結果的に現在の間違った全国学力テストの方向性を支えることになりかねません。

CBTはツールに過ぎない
――今、文科省でも全国学力テストの見直しに向けた議論が始まっています。その一つにCBTがあると思うのですが、全国学力テストはCBTにすべきなのでしょうか。

そもそも、コンピューターでテストを行うこと(CBT)が前提になってしまっているように感じますが、この状況はおかしいと思います。まずは、何のために学力テストをするのかという議論が必要で、CBTはあくまで目的を達成するための手段の一つに過ぎません。CBTをすることが自己目的化すると、最悪の場合、紙のテストと同じ問題をコンピューター上で解いて、それを印刷して手で採点するという本末転倒な結果になってしまいかねない。

CBTの検討を行っているワーキングチームでも、この点は再三指摘されています。もっとも、専門家会議の下に設置されているワーキングチームの目的は、あくまでもCBTの技術面の検討です。「全国学力テストは何のためにやるのか」といったそもそもの議論は、専門家会議でされるべきだと思います。

CBTはあくまでも道具にすぎません。大切なのは、何のために学力テストをするのか、どのような能力をどうやって測るのか、といったことを一つ一つ明確にすることです。どのような能力を測っているかよく分からない学力テストの数値に振り回されることは、避けなくてはなりません。

テストや社会調査の基本を教師も学ぶべき
――著書では、全国学力テストの問題点だけでなく、社会調査の考え方やテスト理論なども分かりやすく解説していますね。

私は、全国学力テストについてこうあるべきだと発言する人は、テスト理論や社会調査の基本を踏まえた上で議論をしてほしいと思います。それは教師も同じです。大規模学力調査は、学校の授業で利用されるテストとはまったく別物で、理解するにはテスト理論や社会調査などの基本的なことを知らなければなりません。

9月に刊行される川口准教授の新著『全国学力テストはなぜ失敗したか』(岩波書店)

全国学力テストに反対する代表的なロジックに「教育の成果は数字で測れない」といった批判がありますが、こうした発言は「教師は子供を評価しているくせに、自分が評価されるのは怖いのか」といった批判を呼び込みかねません。

ある程度、数値化を望む相手の理論に乗った上で、「科学的な手法を用いて数値化できるものと、数値化できないものがある」という形で反論していかないと、説得力に欠けます。

多くの都道府県や市町村が独自の学力テストを実施していますが、その中には問題の作成を外注しているところも珍しくありません。しかし、「どのような学力を測るのか」「どのような学力を育てたいのか」という点は、学校教育の最も根幹の部分のはずで、それを外注することは、譲ってはいけないものを譲っていることになります。

全国学力テストにせよ、外部の業者の行うテストにせよ、学力テストがどうあるべきかという議論を、教師や地方の教育行政が手放していることになります。果たして、本当にそれでいいのでしょうか。

この本が、そうした問題を考えるための入り口となってくれればと思っています。

(藤井孝良)

【プロフィール】

川口俊明(かわぐち・としあき) 1980年、高知県生まれ。専門は教育学・教育社会学。研究分野は学校教育の効果、学力調査、教育と不平等など。大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了。2019年から文科省の「全国的な学力調査に関する専門家会議」委員、20年から「全国的な学力調査のCBT化検討ワーキンググループ」委員を務める。9月に『全国学力テストはなぜ失敗したのか』(岩波書店)を刊行。


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