【木村泰子×井本陽久】“周りを変える”からの脱却

「今の学校は、主語が教師になっている」と厳しく指摘する大阪市立大空小学校元校長の木村泰子氏と、私塾「いもいも教室」を主宰するイモニイこと井本陽久氏。対談の第2回では、両氏が若者との出会いを通じて学校教育について改めて考えるきっかけとなったエピソードをもとに、本当の意味での「主語が子供の学校」の在り方を考える(全3回)。(司会・教育新聞編集部長 小木曽浩介)

この特集の一覧

全ての教師が試行錯誤できる環境を
――何が学校を閉鎖的にしているのでしょうか。

井本 数年前に教師志望の若者たちと対話する機会がありました。彼らの話を聞いていると、本当に純粋に「子供たちがかわいい」「子供たちのために何かしたい」と考えていることが分かりました。そして、それを実現するために、自分が苦労する覚悟もしっかりと持っていました。彼らがこの気持ちのまま教壇に立って、自分の思うように試行錯誤できれば、大きな教育改革なんていらないと心底思いました。

では、なぜそれができないかと言えば、学校の空気のせいだと思うんです。純粋な思いを持って教師になっても「いやいや勝手にしちゃダメ」と周りから言われてしまう。

さらに学校の中の「教師と児童生徒」という構造のために、気付かぬうちに至るところで「主従関係」を使って子供を従わせることに、まひしてしまいがちです。だから自身でよっぽど気を付けていないと、最初の純粋な気持ちを持ち続けるのは難しいでしょう。

私も教師になった当初は失敗の連続で、その中で「子供たちのためにどうすればいいのか」と試行錯誤を重ねてきました。でも、今の学校現場では、よほどの変人じゃない限り、自分のやり方で試行錯誤し続けるのは難しいと思います。

私は学校でもいわゆる変人、変わり者だったので続けられましたが、多くの人は周りから指摘されたらやめてしまいます。だから、全ての教師が安心できて、失敗しながら子供のために試行錯誤できる環境ができればいいし、そんな教師の背中を押せればいいなと思っています。

今回のコロナ禍においても、管理職が「こうしなさい」と管理すると絶対うまくいきません。むしろ「自分の思うようにやってみなさい」とメッセージを送る方が現場の士気も上がるし、能動的に動けると感じます。

木村 2年前に京都のとある大学で教職課程を取っている学生に、90分間の授業をしました。広い教室に数百人いる学生と対話をしながら進めていくという内容です。大勢の学生の中に、何とも言えない苦しい顔をしながら私の話に耳を傾けている男子学生がいて、とても気になりました。

授業の終盤で質問を募ったところ、彼が真っ先に手を挙げました。彼は私の目を真っすぐ見ながら、「木村先生は学校を変えようと全国を走り回っていますよね。これだけ一生懸命働いても、学校は何か一つでも変わりましたか?今の日本社会は少しでも変わりましたか?」と聞かれたんです。イモニイは、こんなこと聞かれたらなんて答えますか?

井本 私は「学校を変えるって何?」と返すかもしれませんね。そもそも学校の中には一人一人の教師がいて、一人一人の子供がいます。だから「学校が変わる」という表現は、具体的じゃないと思っているんです。

学校は変えられないと考える人はたくさんいます。でも「学校」ってノーマークで自分の思うようにやれる場所はいくらでもあるんです。

例えば授業だって毎回誰かに監視されているわけじゃないから、自由にやっても叱られない。休み時間だって自由に子供たちと話せるし、廊下でじゃれ合うこともできます。

「学校を変える」と考えるとすごく重くなってしまうけれど、もっと現実的に、たくさんあるノーマークなところで、自分で責任をもって、自分の思うようにやってみるだけでいいと思います。

「周りを変えたいから動く」をやめた

木村 なるほど。私は彼から質問を受けた時に、すぐに何も答えられなかったんです。

ただそんな質問を私に投げ掛けるのは、彼自身に本当の目的があると感じて、「なんでこんな質問するのか教えて」と返しました。すると彼は「僕は教師になろうと思っていたけど、その夢はもう捨てた」と答えたんです。

今の日本社会は子供たちを型にはめてそこから外れると「不登校」「発達障害」などとレッテルを貼っていると指摘して、「こんな社会が、誰もが自分らしく生きられる社会とされているのが苦しい。自分も今の社会を生きているのが、とても苦しい。木村先生がこれだけやっても何一つ変わってないし、不登校はどんどん増えて、子供の自殺も減らない。それでも木村先生はしんどくないんですか?」と改めて聞かれました。

木村泰子氏

実は正直、彼に図星を突かれたと思いました。その頃私は、全国各地を回って大空小の映画や本を読んでくれた人たちと対面して、「みんなでやろう」と、活動を広げるために奔走していました。でも、広げようとすればするほど大きな壁にぶつかり、「やっぱりできない」という思いを抱いていたのです。

イモニイのいう「ノーマークでできること」も確かにありますが、一瞬で終わるんです。一方で、人とつながってしようとするほど、壁は高くなります。そこで力で押さえ付けられると、みんな無力感にさいなまれるんです。

私自身も、しょせん自分のやっていることが何かの力になるなんて思っていないけど、「もう私はこんな活動をするのはやめて、ハワイにでも行って自分の楽しみに走ってもいいのかな」などという思いが、ふと頭をよぎることもありました。これは今だから言えることですし、そこから吹っ切れて、やり直せたから言えることです。

男子学生に指摘されたことは、私自身が一人で悶々と抱えていた感情そのものだったんです。「実は私もこうやって動いたって草の根運動やし、なんかもうしんどくなってきたんよ。どうやっても社会は変わっていかんし、力を持った人が社会を変えていくんよな。そんな無力感を持ったままみんなに話していたことに、今の質問で気付けたわ」と、彼に答えました。

当時の私は、どこかで他人のせいにしてしまっていたんです。「自分がこんなに伝えているのに、どうして分かってくれへんの?」「校長先生、どうして後ろ向くの?」「学校が子供を困らせてどうするん?」と、不満に思っていることが全面に出ていたように思います。

男子学生の質問をきっかけに自分のそんな姿に気付けて、今がやり直しのチャンスだと感じました。現場から離れ「木村先生、今のアウトやで」と指摘してくれる子供や同僚がいない環境で、どこかでおごりが出ていたんですよね。

だからその彼に「私はあなたの言葉で今からやり直すって決めた。周りを変えるために私が動くのではなく、自分が学べている間は、私は動きを止めない」と宣言したんです。すると彼は「なんか安心しました。僕ももう一度やり直します」と、初めて笑顔を見せてくれました。

「学び」って人に与えたり、人から与えられたりするものではなくて、ちょっと変われた自分に気付くことなんですよね。この年になってもそれができる、こんな楽しくて、幸せなことないじゃないですか。

全ての子供が人と比べるのではなく、自分で自分の土俵を作って、学びの楽しさを感じる。これが本来の意味の「学びの保障」なんじゃないでしょうか。

何にでも許可を求める子供たち

井本 私は籍を置く栄光学園で、中学1年生を見る機会が隔年であります。その新入生たちを見ていて、教師に許可を求めてくる子が激増していることを心配しています。

例えば「ロッカーからノートを取ってきていいですか?」「2番の問題から解いていいですか?」など、あらゆることに許可を求めてきます。この間は数学のプリント問題を解いている時に「補助線を引いていいですか」と聞かれました。良いだろうとは分かっているけど、聞かないと落ち着かないんでしょうね。

井本陽久氏

おそらくこれまでの生活で「勝手に自己判断して動いてはいけない」と学んできてしまったんですよ。そんな姿を見ていると、切ないというかかわいそうというか、とても複雑な気持ちになります。

本来、学びの土台は「自分の考え方で考える」「自分のやり方でやる」です。「できる、できない」はどうでもいい。でも、今の子供たちが学んできたのは、言われたやり方でその通りにやること。そして「できる、できない」で評価され続けてきたんです。

そうして評価されてきた子は「できたい」から、失敗を伴う試行錯誤なんてせずに、「習った通りのやり方でやった方がいい」と判断します。でも、そんなことで子供たちの学びが躍動するわけがないんです。

学校はこれまで何かを身に付ける場だったかもしれませんが、コロナ禍の学校を見ていると「子供たちが安心して自分のままでいられる場所」というのがキーワードになるように感じます。

木村 同感ですね。「学校は何のためにあるのか」という問いに対しても、「正解を教えて」と求めがちです。そうした姿こそが、正解をいくつ覚えるかに重きを置いてきた教育の負の遺産だと思うんです。

大空小ではいつも職員室で、子供や保護者、地域の方々などありとあらゆる人たちと、「学校は一体何のためにある?」と話していました。最後はいつも「正解なんてどこにもないよね」となるんです。

でも、今子供たちに「どうして学校に行くの?」と聞くと、ほとんどが「勉強するため」と答えます。じゃあ、「勉強って何?」と聞くと「賢くなるためにするもの」と言う。「賢い人ってどんな人?」と尋ねると「いい学校に行ける人」、「いい学校に行くと、幸せになるの?」と聞くと「え、違うん?」と返されるんです。

おそらく大空小も、イモニイのいもいも教室も同じで、不登校や自閉症やADHDなどのレッテルを貼られた子供がいっぱい集まってきます。その子たちに教えてもらったことで一つ確信を持って言えるのは、これまでの学校は「主語が先生」だったという事実です。

現在も「子供を育てるのが教師の仕事」だと考えている先生は多く、かつての私もそうした考えの下で、大空小をスタートさせました。でも、それ自体がどれだけ上から目線で、教師のおごりかを思い知らされたんです。

これを「主語を子供」にして考えてみてください。「子供が育つ場所」が学校であり、「子供が育つ事実をつくる」のが教師の仕事だと思えませんか。

これまでの学校の当たり前を、このコロナ禍でどれだけ問い直せるか。100人いたら100通りの自分を持った子供が育つという事実をつくることが、教師の仕事なんです。「子供を育てる」を「子供が育つ」に転換するだけで、教師一人一人が「何ができるんだろう」と問い直しができるようになると思います。

人材教育になりつつある学校

井本 そうですよね。今の学校教育は「これからこんなことが求められるから、こんな人材を育てなければいけない」と、人材教育みたいになっていると感じます。優劣なんて時代や中身が変われば変わる幻想でしかないのに、無駄に優劣をつけて傷つく子を増やしているだけにしか見えません。

いもいも教室のスタッフに共有しているのはただ一つ、「その子の持っているものそのままをいとおしいな、面白いなと心から思えるようになること」だけです。教育の目的を子供に置き「子供をこうしよう」とするのではなく、どの子を見てもその子のありのままを良いなと思えるように、われわれがなろうということです。あくまでも、変わるのは大人側なんです。

「ありのままを認めると、子供たちが自分勝手になって良い方向に行かないのではないか」とよく聞かれますが、まったく違いますね。ありのままを周りの大人に認められた子供たちは、その愛を素直に受け入れて、今度は自分が周りの子供を認めるようになって、子供たちの中で愛がどんどん広がっていくんです。

だから「この子を育てる」よりも「この子に、心から認められる自分になろう」と思う方がいいですね。私もかつては子供を叱ったり否定したりして、失敗を重ねる中で「何かが違う、おかしい」と後悔しながら進んできました。

そうした中で、子供たちにたくさんのことを教えてもらい、余計な価値観がどんどん取れて自由にしてもらい、子供だけでなく自分自身も受け入れられるようになったんです。

(企画・構成 板井海奈)

【プロフィール】

木村泰子(きむら・やすこ) 大きな反響を呼んだドキュメンタリー映画『みんなの学校』で知られる、大阪市立大空小学校の初代校長。同校では「全ての子供の学習権を保障する」という理念の下、教職員や地域の人たちと共に、障害の有無にかかわらず、全ての子供がいつも一緒に学んでいる。退職後は、全国で講演活動などを行う。著書に『「みんなの学校」が教えてくれたこと』『「みんなの学校」をつくるために』(ともに小学館)など。

井本陽久(いもと・はるひさ) いもいも教室主宰、栄光学園数学教員。栄光学園中高、東京大学卒業後、数学教員として母校に赴任。「鍵メソッド」と呼ばれる独自の幾何教授法や、思考力を重視するアクティブラーニング型授業に約20年前から取り組み、全国の教員や教育関係者が見学に来る。栄光学園の教員でありながら、児童養護施設での学習支援や海外での教育支援にも継続的に関わり、2016年からは私塾「いもいも」教室を主宰。同氏に密着した書籍「いま、ここで輝く。超進学校を飛び出したカリスマ教師『イモニイ』と奇跡の教室」(おおたとしまさ著、エッセンシャル出版社)が出版されたり、週刊誌「AERA」巻頭特集で紹介されたりなど、幅広く注目を集めている。


関連
この特集の一覧