分身ロボットがもたらす学び オリヒメから見える新世界

障害などにより外出が困難な人に、社会参画の機会を広げるツールとして注目される分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」。最近では学校に導入され、まるで教室に本人がいるかのような形で遠隔授業を行うケースも出始めている。分身ロボットを活用した特別支援学校での遠隔授業の取材から、学校教育の新たな可能性が垣間見えてきた。


分身ロボットが新しい仕事をつくる

「いらっしゃいませ。分身ロボットカフェへようこそ」――。新型コロナウイルスの国内感染が広まる前の今年1月、東京・渋谷のスクランブル交差点を見下ろすビルの最上階に上がると、白いマネキン人形のような機体を持つオリヒメが迎えてくれた。

ここは、オリヒメを開発したオリィ研究所が期間限定でオープンした「分身ロボットカフェ」。全国各地のロボット操縦者(パイロット)がオリヒメを操りながら、飲み物を運んだり、会話したりする。最先端のテレワークの、社会実験の場だ。

学校や企業向けに提供されているオリヒメは、重さ660グラム、高さ23センチ、幅17センチの、机の上に載るコンパクトなロボットだ。カメラやスピーカーなどが搭載され、能面を参考にデザインされた顔や腕は、パイロットが簡単に遠隔操作できる。

オリヒメによる接客を体験できる分身ロボットカフェ

「テレビでしか見たことがなかった渋谷で働けることにワクワクしている。お客さんに『楽しかった、ありがとう』と言われたときは、うれしかった」と、店員の柳田幸樹さんはオリヒメ越しに感想を話してくれた。この分身ロボットカフェも3回目を迎えるが、柳田さんは1回目から店員として活躍するベテランだ。

三重県の自宅で生活する柳田さんは高校3年生の時、プールに飛び込んだ際に首の骨を折る大けがを負い、頚髄を損傷。それ以来、首から下はまひし、普段は介助を受けながら、口にくわえた棒を巧みに使ってパソコンで翻訳の仕事をしている。

そんな柳田さんがオリヒメと出会ったのは、「分身ロボットカフェ」の店員を始める少し前のことだ。仕草なども連動するオリヒメだと、相手から自分の存在をしっかり認めてもらえるだけでなく、テレビ会議システムと違って柳田さん自身の顔は相手に見えない。そのため、例えば髪型が多少乱れていても、安心して会話ができるという。

柳田さんは「もし、入院しているときにオリヒメがあったら、家族や友達にオリヒメを連れていってもらって、外に出掛けられたかもしれない。英会話のレッスンも自宅で学べたと思う」と振り返る。

柳田さんの夢は、得意な英語を生かして、オリヒメを介して海外のカフェで働くことだ。そこで分身ロボットの可能性を多くの人に伝えられたら、世界中でそれを必要としている人に届くかもしれないと考えているという。

「障害がある人や難病の人がいろんな仕事ができるようになるだけでなく、こんな時代だからこそ、オリヒメで今までにない新しい仕事をつくりたい」(柳田さん)

オリヒメは現在、ファストフード店での実証実験が始まるなど、アフターコロナの社会で少しずつ活躍の場を広げている。

動き出した途端、その人に見える不思議

そんなオリヒメを、学校現場でも導入する動きが広まっている。特別支援学校の都立光明学園(田村康二朗校長、児童生徒215人)では、都のモデル事業として2年前から、在宅訪問学級に在籍する児童生徒を対象に、オリヒメを使った同時双方向型の遠隔授業が行われている。

学校再開後の7月に取材した肢体不自由教育部門小学部6年生の教室では、音楽の授業にオリヒメを介して参加する山田萌々華(ももか)さんの姿があった。オリヒメに付いたカメラで教室の様子や教員の指示を聞きながら、他の児童と一緒に歌を手話で表現したり、木琴の演奏を楽しんだりしていた。

山田さんが自宅からオリヒメで参加した音楽の授業

昨年度まで在宅訪問学級に在籍していた山田さんは、モデル事業の対象者として、学び合いの機会確保やICTによる学習機会の拡充のため、年に数回、オリヒメを使って教室で行われている授業に参加。さらには教員がオリヒメを抱えて校外へ出て、地域の商店街にある果物屋でやり取りをして買い物学習をしたり、学校の畑での芋掘りを「体験」したりした。

「オリヒメで萌々華さんとやり取りできることを、子供たちはすごく楽しみにしている。教室にいる子供たちも、最初はオリヒメそのものに興味を持っていたが、次第にオリヒメを通して向こうに萌々華さんがいると意識するようになった。接続されて動き出した途端、萌々華さんに見えるから不思議だ」と担任の前田真澄主任教諭は語る。

オリヒメについて萌々華さんは「友達とコミュニケーションできるのが楽しい。オリヒメの手を動かすと、笑ってくれる。いつの日かYouTubeを見ていて興味を持ったサウジアラビアやハワイにも、オリヒメで旅行に行ってみたい」と話す。記者がカメラを向けると、オリヒメの手を動かしてしっかりポーズを決めてくれた。

分身ロボットが広げる新たな可能性

本人が教室にいるかのような感覚で遠隔授業ができるオリヒメだが、課題もある。

一つは、何らかの問題で接続がうまくいかないときの対応だ。光明学園の場合、オリヒメを使った授業にはできる限り情報科の教員が立ち会って機器の状態をチェックし、途中でトラブルが発生すればすぐに対応できるようにしている。しかし、こうしたサポートがない場合は、トラブル発生時に対処できない懸念がある。

もう一つは、授業の目的によっては、テレビ会議システムを使った方が効果的な場合があることを念頭に置いて、活用していく必要がある点だ。

オリヒメを操作し、ポーズを決める山田さん

前田主任教諭は「休校期間中、萌々華さんとはZoomを使って1対1で授業を行った。知識を学ぶことが主目的の場合は、その方がやりやすい。集団の中の1人として、他の子供や教員といろんな活動を通じてコミュニケーションしながら学ぶ授業でこそ、分身ロボットが効果を発揮する」と、効果的な活用法について指摘する。

授業の狙いに応じてテレビ会議システムを使ったり、分身ロボットを使ったりすることが簡単にできるようになれば、オンライン授業でできることがさらに広がる可能性もある。

同校の田村校長は「例えば、特別支援学校に通う子供が、副籍している地域の学校の学級活動に分身ロボットで参加したり、長期入院から退院したばかりの子供が分身ロボットを使って、少しずつ学校生活に慣れていったりといった使い方もできる。分身ロボットは学びの場を移行するためのツールになる」と強調。特別支援教育だけでなく、不登校の子供や新型コロナウイルスへの不安で学校に行けなくなった子供が、分身ロボットを使って授業に参加することもできると指摘する。

また、同校では、田村校長自身が本校からオリヒメを操作し、遠く離れた病院の中にある分教室の教員と会議を行うこともあるという。子供だけでなく、教員が分身ロボットを操作して授業や校務を行う。そんな時代がそう遠くない未来にやってくるかもしれない。

同校では新校舎への建て替えを進めている最中だが、田村校長の頭の中には早くも、オリヒメを使った新しいアイデアが浮かんでいる。

「病院に入院していたり、在宅で学んでいたりする本校の子供が、オリヒメを操作して来校者をもてなすカフェを、新校舎にできる図書館の一角に作りたい。これまで、重度の障害のある人ができる仕事はパソコンでのデータ処理などに限られていた。しかし、分身ロボットによっていろいろな職業に就くことが当たり前のようになれば、特別支援学校のキャリア教育も大きく変わる」と、分身ロボットが切り開く新たな可能性を見据えている。

(藤井孝良)


関連