第二次安倍政権の教育政策を振り返る 教育は再生されたのか

7年8カ月という憲政史上最長となった安倍晋三政権が幕を閉じる。安倍首相は第一次内閣で教育基本法改正や教育再生会議の設置を行い、2012年末に政権の座に返り咲いてからも、教育改革に強い関心を寄せてきた。その中には、在任中に計画から実行に至ったものもあれば、事実上の暗礁に乗り上げてしまっているものもある。安倍政権が取り組んだ主要な教育改革を取り上げながら、次の政権における教育政策の課題と論点を探る。


いじめ防止を目的とした道徳の教科化

第二次安倍政権の発足により設置された教育再生実行会議が最初の議題として挙げたのが、いじめ問題への対応だった。そこで打ち出されたのが、これまでの「道徳の時間」を「特別の教科 道徳」と位置付け、道徳教育を充実させることでいじめをなくしていくというロジックだった。これにより道徳は、小学校では2018年度から、中学校では19年度から、教科書を使った授業が行われるようになった。

また、議員立法によるいじめ防止対策推進法が13年度に施行され、17年には国としての基本方針の改訂や、いじめの重大事態の調査に関するガイドラインの策定を行うなどし、いじめへの対応策が整備された。

持病の悪化を理由に辞意を表明した安倍首相

しかしながら、同法はいじめ被害者の団体などから、第三者委員会の運用などでさまざまな問題を指摘されており、法改正に向けた動きはあるものの、国会議員による勉強会の座長を務める自民党の馳浩衆院議員(元文科相)が示した「座長試案」を巡って紛糾。結論は棚上げされたまま、いまだに改正は実現していない。

迷走した大学入試改革

大学入試をそれまでの1点刻みによる知識偏重型から転換させることで、高校も「受験のための教育」から脱却させることをもくろんだのが高大接続改革だ。16年に取りまとめられた文科省の高大接続システム改革会議の「最終報告」では、高校在学中に受検し、義務教育段階の学習も含めた基礎学力の定着度合いを測定する「高等学校基礎学力テスト(仮称)」を導入することや、大学入試センター試験に代わって、「知識・技能」だけでなく「思考力・判断力・表現力」も評価する「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」の創設などがうたわれた。後に、前者は「高校生のための学びの基礎診断」、後者は「大学入学共通テスト」となる。

共通テストは2021年春の実施に向けて、17年と18年に試行調査(プレテスト)を実施。この結果を踏まえ、国語と「数学Ⅰ・A」では、記述式で解答する問題が出ることになった。

また、共通テストでは、高校の英語教育の抜本的な改革を目指し、従来の「Reading(読む)」と「Listening(聞く)」に加えて、「Writing(書く)」「Speaking(話す)」の4技能を評価することとし、高校3年生のうちに2回、要件を満たしている英語民間試験を受検し、その成績を大学入試で活用する「大学入試英語成績提供システム」の導入も掲げられた。

ところが、共通テストを巡っては、日を追うごとに高校現場などの不安が高まっていった。特に、英語民間試験の活用では、全国高等学校長協会(全高長)が19年7月に、試験の実施日程や各大学での活用方針を早期に公表することや、地域格差、経済格差への懸念などを示した要望書を文科省に提出。

英語民間試験の延期を表明する萩生田光一文科相

これをきっかけに英語民間試験の活用そのものの中止を求める声が広がり、「大学入試英語成績提供システム」に使用する共通IDの申込受付が始まる予定だった11月1日、萩生田光一文科相は英語民間試験の活用を延期することを表明した。

さらに共通テストへの懸念や疑問はこれで収まらず、国会でも取り上げられるようになり、12月には「国語」と「数学Ⅰ・A」の記述式問題の出題も見送られることとなった。

この問題を受けて、文科省では「大学入試のあり方に関する検討会議」が立ち上がり、英語民間試験や記述式問題の導入経緯の検証などを踏まえ、年内には新たな方向性を示す予定となっている。

幼児教育・保育と高等教育の無償化

安倍首相率いる自民党は、17年10月の衆院選で、消費税の10%引き上げによる増収分を、幼児教育・保育の無償化や高等教育の無償化に充てる「人づくり革命」を公約に掲げて勝利した。

3~5歳の子供の幼児教育・保育無償化を19年10月から実現。大学修学支援法の成立により、住民税非課税世帯などの低所得世帯の学生らを対象とした授業料減免や、給付型奨学金制度を柱とする「高等教育の修学支援新制度」を20年4月からスタートさせた。

幼児教育・保育の無償化では、並行して待機児童問題を解消するための受け皿確保の整備も進めているが、無償化によって新たな保育ニーズが起こることへの懸念や、保育サービスの質の確保、保育士の待遇改善、人材確保などが課題となっている。

また、「高等教育の修学支援新制度」は、制度のスタートからくしくも新型コロナウイルスの影響による家計急変などのセーフティーネットとして機能することとなった一方で、専門学校の4割は要件を満たしていないなど、本当に支援を必要としている学生に行き届く制度として真価を発揮するか、これから正念場を迎える。

教員の長時間労働にもメス

安倍政権下では、さまざまな業種で働き方を巡る議論が巻き起こった。教員の長時間労働もクローズアップされ、中教審初等中等教育分科会に設置された学校における働き方改革特別部会では、学校の主な業務を「学校以外が担うべき業務」「必ずしも教師が担う必要のない業務」「教師の業務だが、負担軽減が可能」の3つに整理し、過大な業務のスリム化や、ICTの活用による客観的な勤務時間の把握、スクールサポートスタッフや部活動指導員などの外部人材の積極的な活用を求めた。

さらに、こうした働き方改革に実効性を持たせるため、公立学校教員の超過勤務時間(在校等時間)の上限を1カ月45時間、年360時間以内とした文科省の「上限ガイドライン」を、文科相が策定する「指針」に格上げ。さらに、自治体の条例によって1年単位の変形労働時間制を導入できるようにし、夏休み期間中などの休日のまとめ取りを可能にする改正給特法が19年の臨時国会で成立した。

1年単位の変形労働時間制を巡っては、教員の長時間労働の改善にはつながらないとして反対する声も上がっている。学校再開後、6割の教員は変形労働時間制導入の前提条件である指針の上限を超える超過勤務を行っているとのNPOの調査結果も示され、今後、各自治体で導入に向けた条例改正がどこまで進むかは不透明な状況にある。

突然の一斉休校と残された課題

こうしたさまざまな改革が並行して進む中で突如、新型コロナウイルス感染症が世界中に新たな脅威をもたらした。

国内での感染拡大が深刻化した今年2月27日、安倍首相は突然、全国の小中高の一斉休校を要請。学校現場に混乱を招いたり、家庭に負担の皺寄せがいったりして、教育格差の拡大が懸念されている。

長引く休校期間中、学びの保障としてオンライン授業が注目され、文科省では学校における1人1台の学習者用コンピューターの環境整備を進めるGIGAスクール構想を前倒しし、世界の中でも遅れをとっていた日本の学校のICT環境は、一気に世界トップクラスに引き上げられることとなった。

マスクを着用しながらタブレット端末で学習するなど、新たな学習の在り方が模索されている(9月1日、埼玉県飯能市立加治小学校で)

一方で、新型コロナウイルスを契機に、新たな議論も出てきた。その一つが、休校期間中ににわかに注目を集めた「9月入学」への移行だ。「9月入学」は世界の多くの国の基準に合わせることになり、国際化が進むというメリットを強調する意見も出ているが、移行に伴う膨大なコストや社会経済への影響も指摘されている。

また、感染防止対策として教室内での3密を避けるため、少人数学級の導入を求める声も学校現場を中心に高まっている。

安倍首相が辞意を表明したのは、これらの課題について検討することとしていた教育再生実行会議の議論がスタートしたタイミングだった。

萩生田文科相は安倍首相の辞意表明に際し、記者クラブの代表取材に対して「教育再生実行会議は教育政策上、極めて大きな役割を果たしてきたと思うので、できる限りでも続けていただきたい」と話している。ポスト安倍候補がこれらの山積する教育課題にどんなビジョンを示すか、注目が集まる。

(藤井孝良)


関連