静岡県立掛川西高校は、地元のシンボル、掛川城にプロジェクションマッピングを施すなど、地域と連携したPBL(Project Based Learning)を展開している。これらのユニークな活動を中心となって担っている吉川牧人教諭に、地方の高校が地域や世界とICTでコラボレーションすることの価値について聞いた(全3回)。第2回では、学校を地域に開くことで、生徒の探究はどう進化するのかを掘り下げる。
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生徒の「やりたい」を地域につなぐ
――掛川西高校では、地域と連携したPBLも特色の一つとなっていますね。
実は、本校でこうした取り組みが行われるようになってから、まだ数年しかたっていません。地方の進学校は、地域から応援されてはいるものの、部活動も盛んだし、勉強もするし、なかなか一緒に何かをする余裕がない。地域とは心理的な距離がある場合が多いと思います。それは創立から120年の歴史を持つ本校も同じでした。
しかし、学校としてアクティブ・ラーニングに取り組んでいくうちに、生徒たち自身が地域といろいろなことをやりたいと主体的に提案するようになってきたんです。プロジェクションマッピングもその一つです。それを実現するために、教員はハブになって生徒と地域の大人をつなぐわけですが、いざやってみると予想以上にさまざまな成果が生まれて、地域と連携した実践が徐々に形作られていったのです。
もともと、私は本校でICTの利活用を進める立場にいたのですが、なかなかうまくいっていませんでした。ICTを使える環境があっても、多くの教員はすでに確立された授業スタイルをもっていて、それを変える必要性を感じていなかったのです。
それならば、生徒自身がICTを使えるようになって教員をサポートすればいいと発想を転換して、地域から専門家を呼んで、生徒自身がやりたいことをコーチングしてもらおうと思ったのです。それをきっかけにさまざまなプロジェクトが生まれました。
今では部活動にも広がっていて、食物研究部が地元のスーパーと組んで新しい弁当を開発したり、イタリアの高校生や栄養学の先生と料理を通じたオンラインの交流をしたりしています。また自然科学部が国内外の大学教員の指導の下で研究をしたりしています。
今は、地域の期待と生徒の希望がうまくマッチングしている状態です。PBLを通じて、生徒が地域に開かれていくイメージだったのですが、気が付くと教員自身も同化していました。
――そうした探究的な学びは、この休校中も継続されたのですか。
「総合的な探究の時間」の一環で、掛川市の久保田崇副市長と代表の生徒が、Zoomを使って地域の課題についてディスカッションしました。その中で、新型コロナウイルス感染者の受け入れ拠点になっている中東遠総合医療センターの逼迫(ひっぱく)した状況が話題に出ました。
久保田副市長の話を聞いて、「何か応援したい」と生徒たちの間で盛り上がり、あっという間にクラウド上で企画書が練られました。そして、中東遠総合医療センターの壁面にプロジェクションマッピングで感謝のメッセージを映し出すことが決まり、メッセージやイラストが集まりました。
当然、これを実行するにはいろいろな許可が必要になるのですが、それらは全て市役所がやってくれました。まるであうんの呼吸で、これまで培われてきた学校と地域のつながりが、このコロナ危機においても自然に機能したのです。
旅する世界史の授業
――とはいえ、教員が生徒と地域のハブになることは負担ではないですか。
私は前任校で女子バレー部の顧問として、指導に明け暮れていた時期がありました。全国大会を目指し、見ず知らずの強豪校に連絡して合同練習をさせてもらったり、オリンピアンに来て指導してもらったりしていました。
同時に、小学生や中学生に高校生がバレーを教えるという活動も取り入れていました。地域との連携は、そうした部活動顧問の経験が生かされていると感じます。
掛川西高校に来てからは、学校から期待されている役割がICTやアクティブ・ラーニングの推進に変わったということもあり、私自身、今は授業に力を注ぐようになりました。
私の専門は世界史なのですが、前任校では部活動の指導ばかりで、海外旅行に行く余裕など全くありませんでした。今では毎年のように、海外を「探検」しています。
普通の観光ツアーではなくて、現地の息遣いを感じられるような場所に、ハンディーカムを持って足を運ぶのです。その映像を授業で生徒に見せると、生徒もまるで旅をしているかのような気持ちで考えてくれます。
例えば、日本人にとってイスラームはイメージしにくい。そこで、ムスリムの多いインドネシアの高校に入らせてもらい、生徒が校庭でコーランを詠唱している場面や普段の授業の様子をカメラで撮って来て、生徒に見せました。
映像を見ると、そこに映っているのは、自分たちと同じごく普通の高校生だということを理解してくれます。ちなみに授業内では、実際にインドネシアのイスラームの高校生とZoomでつないで、交流や協働作業なども行いました。
――とても考えさせられる授業ですね。
なぜ歴史を学ぶのかといえば、過去の出来事が現在の私たちが置かれている社会状況とどうつながっているのかを理解するためです。生徒には、現在を理解するために過去を知り、一歩先の未来を予想するために歴史を学んでいるのだということを意識してほしいのです。
そのためには、知識の暗記で終わってはいけません。地理や理科などのさまざまな知識とも融合し、立体的に組み合わされた上で、自分自身の歴史観が形成されなければならないのです。
授業では毎回、生徒がICTを使って小テストを作っています。自動採点もしてくれるので、授業の最初にみんなで問題を解く。すると「この問題良かったね」と生徒たちが主体的に学んでいくようになります。
また、前回の授業の内容について、ペアになって教科書の読み聞かせをする活動も取り入れています。相手がいる読み聞かせは、お互いに理解しようという気持ちが高まります。
それから、私は「ここはテストに出るぞ」などとは一切言いません。その代わり、生徒に付箋を持たせて、重要だと思ったところに貼るように伝えています。そして、授業の最後に生徒たちがペアになって、なぜそこに付箋を貼ったのかを40秒で説明するのです。
こうした活動を行うと、学習内容の大切なポイントを主体的に探し、相手に伝えることで知識も定着します。それだけでなく、協働的な学びをつくっているという一体感も生まれます。
年度末には集大成として、1年間かけて学んだ世界史の中で、興味を持った出来事や人物にフォーカスした3分間の動画を作り、発表する活動をしています。毎日の授業は、生徒が面白いと思えるものを探す旅路なのです。
(藤井孝良)
【プロフィール】
吉川牧人(きっかわ・まきと) 静岡県立掛川西高校教諭。1974年、静岡県生まれ。専門は世界史。「Heroes of Local Government」が主催する「地方公務員が本当にすごい!と思う地方公務員アワード2020」の一人に選出。ICTを活用した授業や地域と連携したPBLを実践する。ライフワークは生徒と共に企画するプロジェクションマッピング。趣味は「海外探検」。モットーは「誇りと感謝」。
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